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第36話 エルドゥ宰相

 外観こそ違えど、宮殿などという建物は権力者の権威をアピールするためのものであることには変わりがない。窓も多く、風通しのよい南国向けの建物であるにも関わらず、どこかオートランドの宮殿を感じさせるのが、俺達が今いるイルタニャの宮殿だった。

 結局、昨日の今日でエルドゥは会談に応じた。まあ行方不明の王女が戻って来たとあればすぐに会おうとするのは別におかしなことではない。大事なことはそこでどんな反応をするかだった。

 俺の“知識”では油断のならない人物と出ている。充分に警戒して当たるべきだろうが、そもそも向こうがシュリをどう扱いたがっているのかが見えてこない。捜索していたとあれば、おそらく正統な王権の継承者が必要なのだろうが、傀儡として欲している可能性が充分にある。自身の権力基盤を十全なものにするために、都合のいい者を王に立てるなど古今東西よく聞く話だ。

 ならばそれを見破ってとっととオートランドに戻ればいいのだろうか、大まかにはそのような方針でいいと思うのだが、何が起こるか分からない。気を引き締めて俺はシュリの後に続き、宮殿の中を歩いた。


「こちらにございます」


 グフリーマンの案内で、一際大きな扉の前に立つ。

ゆっくりと開かれる扉の奥は、思ったほど広い部屋ではなかった。壁際には本棚が立てられ、本や書類が詰まっている。そして中央には大きな机がおかれ、その向こうで一人の男が立ち上がった。


「シュリバーサ殿下、お久しゅう……」


 言葉が続かないように固まる男。歳は四十過ぎと言うが、肌のつやはよく、くっきりとした黒髪と相まってまだ三十代の前半に見えた。エルドゥ宰相、その人である。


「――初めまして、シュリです」


 シュリははっきりと応えた。国のトップに相対しているとは思えないほど堂々としている。そして、言外に見覚えがないことと、今の自分はあくまで“シュリ”であることを伝えた。

 エルドゥは少し困った顔をしながら、横にいるグフリーマンに視線をやる。


「シュリ様、この方がエルドゥ宰相、貴女様の幼少期の教育係でもあります」

「――覚えていません」


 シュリは表情を変えずに言った。重苦しい空気が場を包む。

 その沈黙を破ったのは、エルドゥの芝居がかった口調だった。


「――貴女が手放されたときは……本当にこの身が張り裂けそうな思いでした。私が、貴女の才を開かせることができなかったばかりに……私は何度も止めたのです!まだ才気がないと断ずるには早いと!シュリバーサ様には何か素質があると!実際、四歳の頃に能力開花の兆しが見えたこともあった!しかし当時の掟では“ゼラー”のまま七歳を迎えた王族は捨てられねばならなかった……先王陛下は忠実にそれを再現され……そして……ああ、全ては私の教育係としての力のなさ!お許し下さいとは申しません、どうかお恨みください、私はこうして、シュリバーサ様が生きていてくださっただけでもう救われたのです……」


 身振りを交えながら、舞台の役者のように言うエルドゥ。わざとらしさもあったが、グフリーマンは心を動かされたらしくつられて目に涙を浮かべている。シュリはと言えばやはり表情を変えていなかったが、覚えていないことに対する申し訳のなさのようなものがちらりと見えた気がした。

 いや、お前がそう思うのはお門違いだろう。


「――シュリは、捨てられたときに記憶をいじられたと聞いています。それをした者に心当たりはありませんか?」


 俺は口を開いた。その言葉に、初めて俺の存在に気づいたかのようにエルドゥがこちらを見る。


「宰相閣下、この方は城島ヒカル殿。オートランドのゼラード商会の主人にして、シュリ様の今の雇い主です」

「――おお、貴方が!」


 また大げさな身振りで両手を広げる。


「貴方がいなければ、シュリバーサ様が生きてここに来られたかも分からないと聞いております!深い感謝を申し上げます」


 俺が“ゼラー”だからと言って、こちらも馬鹿にした態度は取らない。シュリが俺を敬っていることや現在の立場など、前もってグフリーマンから聞かされていたのだろうか。


「いえいえ、私は所詮“ゼラー”ですし、大したことはしておりません」


 何か言いたげなシュリは、目配せして抑えておく。俺のことを侮っておいてくれたほうがボロが出やすい。


「ご謙遜を。“ゼラー”の身でありながら、商会まで運営されているというその手腕、誠に恐れ入ります。やはり人をレベルだけで判断していたこの国の旧習は間違っていた。今、貴方と会えてそれを確信できました」

「それはどうも。ところで、話を戻しますが、シュリの記憶を改竄(かいざん)した者に心当たりはありませんか?」


 お世辞は適当に聞き流して、改めて本題を聞く。しばらく空を見つめて何か悩むような顔をしてから、エルドゥは口を開いた。


「シュリ様が宮殿から追われた頃、家臣の中で“洗脳”を使いこなしているのは――ジーク氏ですな。表の仕事だけでなく、“洗脳”の使い手にしかできないような汚い仕事も用いていたはずです。今は隠居して、悠々自適の生活を送っているかと」


 その言葉に何か違和感を覚えつつ、俺は応えて言う。


「――なるほど、ならその人の所へ行けば、シュリの記憶を戻せるかもしれないってわけだな。あんたもシュリが記憶喪失のままじゃ、話を先に進められないしとりあえず今日のところは、先にそっちへ行かせてもらうぜ。な、シュリ」

「うん、ヒカルの言葉に同意する。私もまずは自分が何者なのかはっきりさせたい」

「ええ、ではグフリーマン達に案内させましょう。グフリーマン、よろしく頼むぞ」

「――お任せください。ジーク様の居場所ならよく存じております」


 そして、要注意人物との一回目の会談は、特にトラブルが起こることもなく終わったのだった。

 その後に、更なる要注意人物との会談を残して。

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