第34話 盗賊
馬車に揺られてどんぶらこ。隣に座るシュリのおさげが揺れる。
俺とシュリはオートランドの街を出て、グフリーマン達とともに南へ向かっていた。彼らは本職がシュリの探索とはいえ、商人としても活動してきたのだから急にそれをやめてしまっては損害も大きそうだが、そこは器用というか何というか、既にオートランドで余計な物は売りさばき、イルタニャまでの行程で需要のありそうな物を買っておくことも済ませていた。なので他の馬車には荷物がたくさん積まれている。スペースに余裕があるのはシュリの乗る馬車のみだった。
さすがに王女に肩身の狭い思いはさせられないということだろう。また、シュリの希望で俺は昼間、彼女の馬車に一緒に乗ることになっていた。流石に夜も同じところというのはグフリーマン達に止められたが。グフリーマンはシュリの身の回りの世話をする女性を付けるとも申し出たが、自分はあくまで王女としてではなく商人としていくのだからとシュリはその申し出を断った。そのせいもあって、昼間は俺と一緒に馬車に揺られている。
「酔ったり気分悪くなったりしてないか?」
「うん、平気」
言いながら、俺が渡した短剣をくるくると回すシュリ。短剣術Lv010は伊達ではなく、その動きには無駄が見られなかった。
「精進してるんだな」
「……できれば、もっとレベルを上げたいから」
上げてほしい、とは言わなかった。
俺なら彼女のレベルを上げることができるが、他の仲間に抜け駆けするようでずるいと考えているのだろう。今はデウリスのところにいた九人は全員どれかのLvが010ということで横並びになっている。これを崩すなら、どこからも文句の言われないようにやるしかない。
「そうか、頑張れよ」
だから俺も手助けは申し出ず、ただ応援の言葉を送った。
しばらく、シュリの短剣が空を切る音だけが響く。沈黙を破ったのは、隣の馬車にいるグフリーマンだった。
「今日は少し早いですがここで野宿します。見晴らしもいいし、守りやすい場所なので」
「守りやすい場所?そんな言い方をするなんて、誰かに襲われるのか?」
「盗賊が出ます。商人や、場合によっては貴族などが狙われたり」
これまでは移動魔法を使って移動して来たので、あまり気に留めていなかったのだが、確かにそういう輩もいるだろう。
「わかった、野営の準備をしよう」
俺は頷き、彼らと一緒に準備を始めた。
この世界の月は元の世界の月とほとんど変わらない。大きさとしては太陽と同じくらいに見える衛星が、空の真ん中に上る頃。本来ならば眠りに就いておくべきなのだが、俺は不穏な気配を感じていた。
盗賊か。
今野営しているのは小高い丘の上。周囲を見渡すことができ、見る限り変な物は見えないが、こっそりと魔法を使うと周囲の茂みに人が潜んでいるのが分かった。どう考えてもまともな相手ではない。
「グフリーマン、何かあの辺りで動かなかったか」
「さあ……気にしすぎではありませんかな、私は何も見ませんでしたが」
番をしているグフリーマンに言ってみるも、真面目に取り合ってもらえない。このあたりはやはり俺を“ゼラー”と思い侮っているのか。しつこく食い下がれば見に行ってくれるかもしれないが、そんな風に神経のたるんだ状態で偵察に行けば返り討ちに遭うことが目に見えている。どうするかと思った時、俺の後ろから声が聞こえた。
「私が見に行く」
振り返ると、シュリが短剣を構えている。
「あ、シュリ様のお手を煩わせるほどでは……」
「ヒカルは私の恩人。それにただの“ゼラー”じゃない」
グフリーマンの制止も聞かず、シュリは坂の下へ躍り出た。僅かな時を経て、金属と金属のぶつかる鋭い音が聞こえる。
「何っ!!」
誰もいないと高をくくっていたグフリーマンは驚愕の声を上げる。彼が混乱している間に、俺は仲間を起こす。
「皆起きろ!敵だ!!」
そしてそのまま、シュリが戦っている場所へと飛び込んで行った。
「はあっ……、はあっ……」
シュリは顔を覆面で巻いた人間と向き合っていた。
素早くステータスウィンドウを確認。相手のレベルは剣術、短剣術が一番高いがそれぞれ008。シュリなら勝てる相手だ。ならば気をつけねばならないのは、
カキン!
飛んで来たナイフを、俺は小石を投げることで撃ち落とす。思った通り、伏兵がいた。飛んで来た方向に目を向けると、何が起こったのか理解できていないような男が一人。懐に飛び込み、殴って気絶させる。カンストした力を使うのは必要最低限だ。
「シュリ、周りは俺が片付ける。お前はその相手だけに集中しろ」
「……わかった、ありがとう」
目は相手に向けたまま、シュリは小さく返事する。俺は周りにいる盗賊を魔法で察知しながら、一人ずつ片付けていった。
野営地の方から叫び声が上がる。どうやらあちらにも何人か向かったらしい。だが寝起きとはいえグフリーマンの仲間は皆レベルが高い。俺とシュリの方にもある程度引きつけておけば負けることはないだろう。
そうこうしているうちに、シュリの周りにいる敵はあらかた片付けた。覆面の男は焦ったようにシュリに攻撃を仕掛ける。大柄なナイフが武器だが、シュリはしっかりと短剣で受け止めた。
両者が激突し、大きな音が鳴り、火花が散る。
小柄なシュリにナイフを止められても、男に動揺はない。シュリの短剣術ステータスを確認したのだろう。そのまま流れるようにナイフを振るっていく。しかしシュリもしっかりとそれについていった。
数合打ち合わさっても、両者譲らずじりじりとした空気が続く。しかし次の瞬間、シュリの短剣がぽきりと根元から折れた。
目を見開くシュリ。俺が渡したスペアは馬車の中だ。経験を稼いでもらうつもりだったがここまでだろう。俺はシュリを庇うように二人の間に割って入ろうとして――
そうなる前に、飛んで来たナイフが盗賊の首に突き刺さった。
「シュリ様!!御無事ですか!!」
グフリーマンがこちらに駆けて来る。向こうの敵は倒したのか、あるいはシュリの方が優先すべきとこちらに来たのか。いずれにせよ、シュリは彼に命を救われた形になったのだった。




