第33話 旅支度
「ええっ、ヒカルとシュリが二人で南の国へ行くの?」
ミエラに話をしたら随分と驚かれた。
「別にシュリの短剣術が必要なほど今は切羽詰まってもいないだろう。レガスの“格闘術”Lv010もあるし、ヘルネやユリィだって多少の心得はある」
レガスはデウリス商会時代からの仲間だ。もう老人と言っていい年齢にありながら、俺の育成でもって格闘術というステータスが花開いた。人の才能はどこに埋もれているかわからないものである。ジャイコスとともに他の街へ行っていたのだが、先日帰って来ていた。これまでシュリ一人で商会を守っていられたのだから、今度はレガス一人でも大丈夫であろう、という理屈である。
「でも、この前みたいなこともあるし……」
ミエラが不安そうな顔をした。確かに彼女は攫われた張本人である。何でもないかのように振る舞ってはいたが、内心ではまだ思うところがあったのかもしれない。
「――わかった、じゃあこれも預けておくから」
俺は懐から魔導石を取り出した。魔力全開で作ったものではないが、それでもLv010程度の魔法を用いることのできる超一級品だ。以前商会を立ち上げさせたときにはここまで援助をするつもりはなかったのだが――俺も長い間ここにいるうちについつい甘くなってしまったらしい。こっそりといくつも魔導石を作っていた。
「……これは、魔導石!?ヒカル、どうしてこんなもの――ううん、いいや。ヒカルのやることにいちいち驚いていたら、身が持たないもの」
最後は呆れたようにミエラが言った。
「ミエラはまだ魔導石をあまり見たことがないかもしれないけど、これは充分な威力のあるものだ。シュリ一人が抜けている分は、楽に補えるだろう」
俺がそう言うと、ミエラは何か言いたそうな顔をした。
「それだけじゃないんだけどな……ううん、なんでもない。ヒカル、ありがとう!気を付けて行ってきてね!」
「相変わらず酷い男ね、貴方」
ヘルネにも挨拶しておこうと思って彼女の所を訪れ、さっきの話をするといきなり呆れられた。
「なんだよ、そんなに変なことをした覚えはないんだけど」
「ミエラが貴方達の旅に難色を示したのは、シュリの戦力がどうこうじゃなくて貴方に行って欲しくないからよ」
「結局戦力としてだろ?」
「お馬鹿。恋愛対象としてに決まってるでしょ」
「……そうかなぁ」
「“ゼラー”から救ってくれただけでも最高なのに、この間は攫われたあの子を救出大作戦でしょ、まったく、どこの王子様だか英雄だか。惚の字が付かないほうが不思議なくらいよ」
力強く言い切られてしまった。
「――と言うか、ヘルネも俺のこと気に入ってると思ってたんだけど」
「私は別に独占欲はないから。ないがしろにされたら怒るけど」
微笑んでいるのに周囲の空気が下がった。本気で怒らせたら絶対に危険なタイプだ。彼女の機嫌は損ねないようにしよう。
「――私としてはヘルネお姉様一筋でいていただきたいんですけどね」
側で話を聞いていたユリィから突っ込まれた。どうやらこちらからは嫌われてしまっているようだ。まあ、前からいい印象ではなかっただろうが。
「もう、ユリィもそんなこと言わないの。とにかく、ずっと離れていたら心配になるから、なるだけ早く帰ってきてね。私だってヒカルのすごさは知ってるけど、世の中何があるかはわからないんだから」
「――分かったよ。用事を早く済ませてとっとと帰って来る」
しかしいつの間にかヘルネも俺の嫁みたいになってきていた。彼女のヒモだった頃はまだ、どこか行きずりの関係というか……いずれ別々の道を歩むような雰囲気があったはずなのだが、徐々に掘りを埋められているというか……いや、深く考えるのはやめて、俺は彼女の部屋を出た。
「準備は順調か?」
「うん……大して、持って行く物もないし……」
シュリの様子も見に行く。少なくとも記憶に残ってる中では彼女にとって一番の長旅になるわけだが、気負った様子は特になかった。どちらかと言えばまだ戸惑いの様子が強い。
「本当に……私が王女なのかな……」
「さあ、どうなんだろうな。グフリーマン達はそう信じてるみたいだったけど。シュリは、女王になってみたいか?」
「……分からない」
シュリは言葉を選ぶタイプの人間だ。熟考してから口を開き、不用意な発言はしない。
「そう、か。まあ、何か困ったことがあったら俺が助けてやる。“ゼラー”だけどな」
「ふふっ、この商会の中にはヒカルが“ゼラー”だからどうこう、って思う人はいないよ。知っているくせに」
「ああ――そうだな。そうだ――これ、やるよ。怪我しないように気を付けて開けてみて」
俺は布にくるまれたそれを、シュリに手渡した。
「……短剣?」
以前、ドワーフのミルルルが牛耳る鉱山にいた時に鍛えた短剣だ。俺が“鍛冶”Lv10000をフル活用しただけのことはあり、歯こぼれも全くないし、とても頑丈だ。
「今使っているものの他に、一本くらい予備があったほうがいいだろう?品質には問題ない、持っておいて」
「……ありがとう、大事にする」
シュリはそう言ってほほ笑んだ。




