第32話 捨てられた王女
「話せば、長くなります」
まずは状況を説明してくれという俺達の要求に、グフリーマンもことを急ぎ過ぎたと分かったのか少し落ち着いて語りだした。
「我が国には今、正当な王位の継承者がおりませぬ。玉座は空白で、いつ本格的な争いが起こるやもしれません。しかし――実は先王陛下におかれましては、“ゼラー”であったが故に捨てられた王女殿下がいらっしゃるとの話があり、我々家臣の一部は商人として諸国を巡りながらその方の行方を追っていたのでございます」
「それが、シュリってわけか」
「はい、目元、鼻の高さから唇の色つやまで、先王陛下と王妃様によく似ておられます」
「――だ、そうだが、シュリ、今の話を聞いてどう思う?」
「……私には、そんなこと言われても――物心ついたときからずっと“ゼラー”だったし……」
確かに、王族として生まれたのならもっとその頃の記憶がはっきりしていてもよさそうなものだ。生まれたときは“ゼラー”であっても、小さい頃にそうでなくなる例は多い。特に、王族ともなれば“育成”レベルの高い教育者を雇っていても全然不思議はないだろう。それらに任せて、どうにも芽が出なければ本当に“ゼラー”として匙を投げられるわけだが、それには数年かかるはずだ。まったく記憶がないというのはおかしい。
「失礼ですが、シュリバーサ様は、」
「シュリって呼んでもらえませんか?その名前が自分の名前だと思えないんです」
「――シュリ様は、いったい何歳ごろからの記憶がおありですかな?あるいは、何年前からの――」
「“ゼラー”として生きていくのはそれだけで大変です。年を数える余裕なんてありません」
「……そうですか。失礼いたしました。ただ、我々の言いたいことは――シュリ様は捨てられる際に、“洗脳”を施されている可能性があるということです。王女の記憶を持ったままどこぞに捨て去るのは、国防の観点からも問題がありますから」
それなら理屈は通らなくはない。“洗脳”レベルが高い人間なら、他人の記憶をいじることも不可能ではないだろう。そうなると、俺の“洗脳”で逆に記憶を取り戻させることができるかもしれないという話になる。だが、“洗脳”は本来相手の考えを自分の好きなようにいじくる能力。俺がシュリにかけられた“洗脳”を解こうとして彼女に“洗脳”を使っても、実際には俺の都合のいい内容を彼女の脳に書くだけになる、という危険性もある。
「とりあえずの話は分かったが、俺からは二点気になることがある。一つはシュリが本当にあんたたちの王女なのかということだ。王位継承者がいなくなったので適当な神輿を探してて、最近まで“ゼラー”だった彼女なら王女だと言って誤魔化せると考え、話をでっちあげたとしてもありないことじゃない。“洗脳”を解くと称して国に連れ帰り、逆に王女としての記憶を植え付けようとしているとかな。それからもう一つは“ゼラー”だったらとっとと捨てて、いざ王位継承者がいなくなれば連れ戻そうとするその傲慢さだ。率直に言って不愉快極まりない」
“ゼラー”の俺にここまで言われて、機嫌でも悪くするかと思ったがグフリーマン達はただ悲痛そうに顔をゆがめるだけだ。
「おっしゃること、反論のしようもございません。我が国が“ゼラー”だった王族にどのような仕打ちをしてきたか……シュリ様は生きて“ゼラー”の定めから逃れてくださいましたが、“ゼラー”の過酷な生活でそのまま命を落とす人の方が遥かに多かったことでしょう。しかし――我が国は今、新しい宰相閣下の元で生まれ変わったのです。悪弊を捨て、よりよい国であろうとする今のイルタニャ王国にシュリ様が戻って来てくだされば、より人々は一致団結することでしょう」
“イルタニャ、宰相”で“知識”Lv10000を用いて調べる。
“エルドゥ宰相 エルタニャ。四十一歳。国王亡きイルタニャ王国で指導者として確固たる地位を築く。大胆な改革と大衆向けの政策で人気が高いが、その実は狡猾にして冷酷であり、権力欲の強い人間である。また、……”
わーお。
相変わらず俺のLv10000は素晴らしい。本来ならこれ、直接対決しないと分からないような情報だ。しかも一回騙されて監禁されたりとか、そういうイベントをすっ飛ばして人となりが分かってしまうのはいいのだろうか。まあ悪くても使うけど。
とりあえず今のイルタニャは決して安全なところではないようだ。特に、死んだも同然の扱いをされていたシュリにとっては。ならば、ここで彼女を行かせずにおくというのも一つの手だが……自分が王女であるなどと言われれば気にならないことはないだろう。俺もそろそろ退屈していたことだし、ここは攻めの一手だと思えた。
「シュリ、この人達の言っていることがどこまで本当か分からないが、真実を確かめて見たくはないか?」
「え――いいの?ヒカル」
「ああ、だけどお前一人じゃ心配だからな、交易ルートの開発も気になるし、俺も一緒について行かせてもらうぜ。グフリーマン、あんたも捨てた王女がほいほいと戻って来ると考えるほど他人のことを舐めちゃいないだろう。これくらいが落とし所だと思うが、どうかな」
「私としてもまずシュリ様に足を運んでいただかねば話になりませんからな。よろしいでしょう。まずは商人の一人としてでも構いませんから、ぜひともイルタニャへお越しください。よろしくお願いいたします」
そう言ってグフリーマンと他の男達が頭を下げ、話はまとまった。
 




