第3話 オートランド
大陸最大の城塞都市、オートランドの城壁門前。
神様とのチュートリアルを終えた俺は、とりあえずここに目的地を定め、移動魔法で飛んできた。やはり、この世界で過ごすには大きな都市に行き色々なことを学ぶに限る。
俺の“知識Lv”は確かに10000であり、そこからこの都市の情報も仕入れることができたのだが、これは巨大な百科事典を持っているようなもので、いちいち目標を持ってアクセスしないといけないわけだった。なので、実際にこの世界の人と混ざって生活することは絶対に意味のあることなのである――だが、
「なんだ貴様、“ゼラー”、か。ここはお前のような奴がくるところじゃないんだよ!失せろ!」
いきなり門番にはじき出された。“知識”で調べると、どうやら“ゼラー”とは、全てのレベルが0の、まあつまり俺のような奴のことを指すらしい。なるほどこの世界では立場が弱いと神様に教えられていたが、それを俺は身をもって知らされることになったようだった。
さて、ここからどうするか。俺の本気をもってすれば、この門や城壁を壊すことはたやすい。しかし、それでは面白くもなんともない。俺は、別にこの世界で王や英雄になりたいわけではないのだ。俺がやりたいことはただ一つ、自分が強者だと思っている奴に、できるだけ劇的な方法でひと泡吹かせてやることだ。さっきの門番程度を、ちょちょっと可愛がってやるようでは全然面白みが足りない。
もっとえげつない奴を、もっとえげつない方法で。
さあどうしよう、と考えている俺に、話しかけて来る者がいた。
「ねえ、君、オートランドの街に入りたかったのかい?」
でっぷりと太った男が、にやにや笑いを顔に浮かべながら俺に話しかけてきた。
俺は即座に、“知識”でこの男の情報を探る。俺にしか見えない半透明の板に、すぐに彼の正体が書かれた。
『大商人デウリス。甘い言葉で“ゼラー”をかどわかし、奴隷として使役することで労働コストを下げ、オートランドでも屈指の商人として名を馳せている。各レベルは以下の通り……』
経済力レベルと商才レベル、話術レベルが少し高かったが、大した人間ではない。
しかし――俺の相手としてはこの上なくふさわしそうな相手だった。
とりあえず弱弱しい“ゼラー”を装うことにする。
「えっと、俺、村でいじめられて……オートランドまで行けば、いっぱい人がいるから、俺みたいな奴でもなんとかなるかもって思って……でも、ここでも門番さんに……」
おどおどと頼りなさそうな青年を演じる。この手の演技は“ブラックバイトクラッシャー”の頃に散々鍛えたものだ。はたして、デウリスもまんまと俺の罠にはまってくれた。
「そうかい、それは大変だったねえ。安心しなさい、私と一緒に、もう一度門をくぐろう」
そう言って、デウリスは俺の背中を優しくさすりながら、前に進むよう促す。雰囲気はどこからどう見ても親切なおじさんで、腹に黒いものを潜ませているようには思えなかった。俺も“知識”がなければ騙されていたかもしれない。
「私だ、通してくれ」
デウリスがそう言うと、今度は門番はぱっと道を開ける。
「彼もいっしょだ、いいね?」
意味ありげに目配せしながら門番に言うデウリス。どうやらこうやって“ゼラー”を手持ちにするのは彼の常套手段のようだった。
ともあれ、晴れてオートランドの中に入ることのできた俺。視界に飛び込んで来るのは、大小様々な建物と道を行きかう大量の人達。勿論元の世界の大都市に比べれば、高層ビルもなくのどかなものだが、それでも活気に俺は圧倒された。
「どうだねオートランドは、希望に満ち溢れているところだと思わないか?」
デウリスは呆ける俺ににこやかに語りかけてくる、そして彼は遂に秘めていた毒針を出してきた。
「ねえ君、この町にきて仕事を探すのも大変だろう。仕事が見つかるまで、私のところでゆっくりしていかないかね?」
俺はその申し出に、元気よくはい!と応えた。
デウリス商会の本部兼、デウリスの自宅である豪邸に連れてこられた途端、デウリスの態度は一変した。というか、デウリスとは家に入った時点ですぐ引き離された。
代わって俺の前に現れたのは、屈強な男達だった。全員黒い服を身にまとい、威圧感を漂わせている。
「おい、新入りの“ゼラー”、たっぷりこき使ってやるから覚悟しな!!」
「え、俺、デウリスさんに連れて来てもらって、その」
勿論こうなることはわかっていたが、俺はさも混乱しているふりをする。
「ごちゃごちゃ抜かすんじゃねえ!!豚が!!」
腹を殴られた。体力レベルもカンストしているため、実は全然痛くないのだが、俺はさも苦しそうにうめき声を上げる。
「とっとと他の“ゼラー”に仕事を教えてもらえ!今みたいな目に会いたくなけりゃ、変な気を起こすんじゃねえぞ!!」
男達はそう言って俺の前から去って行った。
「大丈夫だった?」
しばらくすると、物陰から女の子が出てきた。ステータスウィンドウで見てみると、彼女も“ゼラー”のようだ。薄汚れた格好を知っているが、素材はなかなか可愛らしいように思える。
「私はミエラ。あなたと一緒に仕事をする“ゼラー”よ。これからよろしくね」
「仕事……?」
「そうよ、ご飯と住む所をもらえるのだから、その分私達は仕事をしなければならない、わかるでしょう?」
「なるほど、確かにその通りだね」
ミエラの眼は嘘や建前を言っているように見えなかったので、俺はとりあえず同意しておいた。貧相な体格に、擦り傷や切り傷だらけの体、清潔とはほど遠そうな格好のミエラを見れば、与えられる“ご飯”と“住む所”が決して充分なものではないことが容易に想像できたが、どうやら彼女はそんな生活環境にも感謝を持って過ごしているようだった。その前がよほど酷い生活をしていたのか、ドが付くほどのお人よしなのか――まあ、関係ない。
彼女が仮にこの生活を気に入っていたとしても、俺には俺の主義ってものがある。デウリスは間違いなく絶望させがいのある相手で、そのためにはミエラが路頭に迷うことになってもやむなし、だ。まあ、もし情が移れば彼女一人くらい、どうとでも助ける方法はある。先のことはあとで考えるとして、しばらくの間“先輩”になるミエラは、性格面等で問題なさそうで、俺は幸運を喜ぶことにした。