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第31話 シュリ


 ゼラード商会には、シュリ、という少女がいる。

 細かいことにも気を配る人物で、デウリス商会に“ゼラー”として働いていた頃は、俺とミエラの秘密の特訓と、それに伴うミエラのレベル上昇にいち早く気付き、自分もレベルを上げて欲しいと申し出て来た。

 さて、なんで俺がいきなり彼女の話をするのかというと――


「シュリバーサ殿下、どうか、どうかぜひ我らとともにイルタニャ王国へ御戻りください」


 いきなりゼラード商会を訪れたかと思ったら、シュリの前に跪いてそんなことを言う男達がいたからだ。




 ゼラード商会に戻って来てからしばらく経ち、そろそろまた別の所に行ってみようかと思っていた今日この頃、商会を訪れる怪しげな集団がいると聞いて俺は顔を出しに行った。

 前にディフジァコローヮレンがミエラを攫って行った例もある。少し神経質かもしれないと思いつつも、俺はその集団と面会することにした。




「私、グフリーマンと申します。貴方がこの商会の立ち上げ人ですか、噂はかねがね」


 代表の一人が俺に挨拶する。流暢だが、発音にほんの少し訛りがあった。“語学”Lv10000を用いて調べてみると、オートランドから遠く離れた南の国の人々がこちらの言葉を使おうとすると、このような訛りになるようだった。


「城島ヒカルだ。別に大したことじゃない。たまたま運がよく、立ち上げた商売が軌道に乗っただけだ」

「いえいえ、ご謙遜なされなくても。優れた人材がここには多くいると伺っています。噂によると直前まで“ゼラー”だった者が、一夜にして高いレベルを持つようになったとか……」

「ははは、そんなこともあったかもしれませんな」


 別に詳しく説明する義理もない。曖昧に言葉をぼやかす。しかし俺が“ゼラー”であることはステータスウィンドウで見て分かっているだろうに態度を崩さないあたりは、一筋縄ではいかない人間なのかもしれなかった。


「さて、我々は南の方の国から来ております。もしこちらの商会で、南方とのパイプを作ることを考えておられるのでしたら、何かお役に立てるかと思うのですが……」

「なるほど、興味深いお話ですが、上前をどのくらい持って行かれるつもりですかな?」

「このくらいではどうでしょうか」


 グフリーマンが示した金額を見て、俺は考える。もう少し交渉の余地があるし、それを俺が行うよりは商会の皆の経験値にしてもらう方がいいだろう。


「少々お待ちを。私は見ての通り“ゼラー”ですので、もっと適した人間をお呼びしましょう」


 こういうときは言い訳がしやすい。俺はドマスとジャイコスを呼びに行かせた。




「ヒカルの旦那、お呼びですかい?」

「ヒカル、呼ばれて来たよ!」

 ドマスは“経営術”Lv010、ジャイコスは“交渉”Lv010。ともにもとはデウリス商会の“ゼラー”だったが、俺が反旗を翻した際にレベル上げを手伝った九人のメンバーだ。ジャイコスは先日まで別の街で商談をまとめに行っており、昨日ようやく再会を果たしたばかりだったが、疲れをまったく感じさせない元気な様子だった。


「おお、二人ともよく来てくれた。こちらは南方からこの辺りまで、広い範囲で商売をされているグフリーマンさんだ。南方との交易ルートを手配してくれるらしいので、詰めの契約については二人に判断してもらいたい」

「承知でやす」

「オッケー」


 二人揃って俺の指示に従い、グフリーマンと改めて挨拶する。その後の交渉も堂に入ったもので、少し甘さはあるものの特に口出しする必要は感じず、問題なく話はまとまるかと思えた。

 空気が激変したのは、お茶を入れてシュリが持って来たときである。




「失礼します」


 人数分の茶を湯呑に入れて、シュリが部屋の中に入って来た。“短剣術”Lv010の彼女だが、いつでも荒事があるわけではない。有事のとき以外は、様々な雑用で商会に貢献していた。

 その彼女を見た瞬間、グフリーマン達の目の色が変わった。

 シュリは見た目としてはまあ可愛い容姿をしているが、しかし彼らの眼の色が変わったのはそれが原因ではないだろう。そんな弱点があれば、色仕掛けでどんな商談をまとめられるかわかったものではない。広い範囲で活動できるだけの力のある彼らが、そんな初歩的な罠に負けるような商人だとは思えなかった。


 ――では、何故?

 容姿の美醜以外で、初対面の人に注目される理由――考えられるのは、以前会ったことがあるか、会ったことのある人間に似ているかのどちらかである。

さてどちらか……と注意深く観察しようかと思ったが、向こうの方から案外早く動いて来た。


「商談の途中にすみません、失礼ながらそちらの女性にどうしてもお聞きしたく……」

「はい?なんですか?」


 突然の指名に、シュリが驚いたように首を傾げる。おさげ髪が揺れた。




「“貴女は、シュリバーサ殿下ではございませんか?”」

「“私、私は――”えっ、あれっ――」


 言語が、変わった。

 グフリーマンは彼の国の言葉でシュリに語りかけた。“語学”Lv10000の俺には聞き取れたが、シュリには無理なはずだ。しかし、彼女は同じ言葉で返答し、それに自分でも気付いて混乱した。もしかすると、幼少の頃に使っていた言葉なのではないだろうか。

 一気に様々な疑問が出て来るが、おそらくその答えはグフリーマン達が持っているのだろう。俺は彼らに向き直った。


「うちの仲間のことを何かご存じのようだが、一体どういうことですかな」

「――この方は、おそらく我々の探し求めていた王女殿下です」


 グフリーマンは重々しく口を開き、シュリの方へ体を向けた。


「シュリバーサ殿下、どうか、どうかぜひ我らとともにイルタニャ王国へ御戻りください」


 グフリーマンと、それに従う男達が一斉に跪く。シュリはそれをただおろおろと見ていた。

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