番外7 王子と不死者(下)
毎日投稿一カ月達成記念短編第七弾です!
前話の続きですのでご注意ください。
「やあ、それじゃあ出発しようか」
翌朝、宿の玄関で待ち合わせ、彼は青年とともに山道を登った。
「おい、あの“ゼラー”、本当にプルリ草を採りに来たぜ!」
「ははっ、ペアを組んでる方も馬鹿としか思えないな!」
昨日絡んで来た冒険者達が、少し先からこちらを囃し立てて来る。気にはならなかったが、青年の方がどう思っているのかは興味があった。ちらりと横目で見ると、やはり気にした様子もなく黙々と歩を進めている。
比較的ゆっくりしたペースでその後も進んでいると、速足の冒険者達はいつの間にか見えなくなった。
「――急ぐことはない。プルリ草は夕日が差した時に独特の光を放つ。その時が一番見つけやすいから、大事なのは山を登るスピードではなく、山を下るスピードだ」
ぽつりと呟いた言葉に、青年が反応した。
「詳しいね、もしかして経験があるのかい?」
「――昔、少し」
大昔、この辺りは来たことがある。そのときに見た夕日に映えるプルリ草は美しかった。魔物や邪竜の地へ抜けるルートにここを選んだのも、そういう記憶が関係していないと言えば嘘になる。
「ふふふ、ますます僕は自分の目に狂いがなかったと知れて嬉しいよ」
「さあな、案外大法螺を吹いているだけかもしれぬ」
そんなことを話しながら山を登り続ける彼らの耳に、張り裂けるような咆哮が聞こえた。
「――何だっ!」
穏やかな雰囲気は一瞬でなくなり、二人とも油断なく周囲を警戒する。顔を見合わせ小さく頷き、音のあった方へ静かに進んで行った。
「邪竜……」
青年が、あっけに取られたように呟く。家の高さほどの怪物が、目の前にいた。本来の邪竜ならその数倍の背丈はあるから、おそらく子供なのだろう。その周囲には、先程の冒険者達が担いでいた荷物と、血と、炭が転がっていた。
「襲われたか――それにしてもまさか邪竜が出るとは……」
大人の邪竜はあまりにも巨大であり、山奥にいてもその姿を観測するのは難しくない。麓まで下りて来ることはまずなく、邪竜の姿を確認すれば入山しない、という決まりを作るだけで冒険者や村人の安全を守るには充分だった。
しかし今回は何故か子供の邪竜のみ。おそらく群れを何らかの理由ではぐれたのだろう。
「――村に知らせないといけないな。見つからないようにいったん下山しよう」
青年の言葉に首肯する。種族の特性で、“死”からは解放されているが場合によっては数年間意識を失うようなこともある。レベルが一周した現在、子供の邪竜程度になら勝てるとは思うが、無理に争う必要は感じなかった。
だが――次の瞬間、
「危ないっ!」
邪竜の視線が自分達の方に見えた。見つかった、と思ったときには邪竜の口から炎が放たれ、青年とともにもんどり打って斜面を転がった。
「――無事か?」
彼の問いに、青年は小さく頷く。
二人は山の斜面を転がり落ちて、小さな藪の中にいた。
邪竜の姿がよく見える。きょろきょろと首を回して周囲を伺っており、自分達も見つければ黒焦げにするつもりらしい。
「――困ったな、これじゃあ麓に下りられない」
青年が呟く。二人がいる場所は藪の他には人の頭ほどの大きさの岩が転がっており、身を隠すほどのスペースはない。うかつに顔を出せば格好の的である。
「焦らず、邪竜がどこかに行くのを待つのがよいだろう。本来はもっと山の奥に住む生き物だ。放っておけば案外向こうからどこかに行ってくれるかもしれん」
そこからは、じりじりと時間が過ぎた。太陽はとうに空の天辺を過ぎるも、邪竜がどこかに行く気配はない。勿論立ち止まっているわけではないのだが、周囲をうろうろとうろつくばかりで、最初に出会った場所から遠く離れるようなことはしなかった。
「あの邪竜が迷子ならよくできた迷子だな。迷った場所から動こうとしていない」
「ふふっ、いい冗談だね。そんな顔をして冗談も言うんだ」
「貴方こそ、こんな状況で笑えるとはいい度胸だな」
軽口で気分を紛らわせるが、状況は決して楽観できるものではない。もしもこのまま邪竜が動かず夜になれば、他の魔物が徘徊を始める可能性がある。そうなってはいよいよじり貧だ。辛い時間が過ぎて行った。
状況が変わったのは、もはや夕暮れになるかという頃である。
「――いなくなった……?」
二人の視界から、邪竜が完全に消えた。しばらく待ってみても、戻って来る気配がない。
「……今しか、なかろう。下山するぞ」
彼の提案に、男もうんと頷く。そして、茂みからそろりと抜け出――
突然、目の前がこんもりと盛り上がった。
「――待ち伏せっ!!」
邪竜におびき出された。それに気づいたときにはもう、邪竜の口の中に炎が見えた。
「ヘルウォーター!!」
レベルのことを隠すとか言っていられる状況ではない。現状使用可能な最高の水魔法を
、邪竜が放った炎に向けて打ち放った。
爆音が響き、しぶきが飛び散る。二人は衝撃でもんどりうって転がった。
「――今の、魔法だよね」
「説明は後回しにさせてもらおうか、来るぞ」
邪竜は怒り狂った形相でこちらに向かって来た。やはり一発では倒せない。レベルが一回りしても敵わないほどの魔物の強さに、改めて感心した。
「ヘルファイヤ!」
今度は炎魔法を放つ。向こうも合わせて火を吹いて来た。両方がぶつかり、致命傷にならない。
「――くそっ!」
思わず毒づく。
「駄目なのか?」
「ああ……障害物なしで魔法をぶつけられたらどうにかなるのかもしれぬが、奴は炎を放って魔法を弱めてくる。そうなると私の魔法では致命傷にならぬようだ」
「――わかった」
何がわかったと言うのか、振り返る前に青年は飛び出していた。
「僕が囮になる!君は魔法を確実に決めてくれ!」
木の枝を振り回し、邪竜の前に飛び出る。邪竜の意識がそちらに向き、炎を放った。青年は華麗にステップを踏んで避ける。
「ほら、こっちだこっちだ!」
邪竜を挑発するかのように木の枝を振り回す青年。怒りに狂う邪竜が、再び口を開き――
「ヘルファイヤ!」
炎魔法を今度こそ、と思いながら放つ。しかし、直前に振り向いた邪竜が、やはり炎を合わせてきた。攻撃が当たらない。
「もっと僕に引きつけられてから撃て!こっちのことは気にするな!」
青年が叫んで、再び邪竜の注意をそらしにかかる。邪竜は火を吹き、あるいは殴り潰そうとするが青年は必死にそれを避けていく。
――なんで、あんなことができるのだ。
その姿は凛々しく――そして美しかった。
とても、とても長い間――天地創造の時から生きていて、あれほどの者に出会ったことがあっただろうか。
無意味に犠牲になろうとする奴はいた。自己満足の塊にしか見えなかった。
しかし、今目の前で戦っている青年はどうか。自分の対処できる範囲を明らかに越えているような敵と戦いながら……しかし彼は自分が犠牲になろうとは微塵も思っていない。
ならば、助けなければ。
数万年生きて来て、始めて得られたような本当の信頼に――応えなければならない。
青年の足には徐々に疲労が溜まってきている。だが、諦めずに邪竜の意識をそらし続けていた。
次の瞬間、足が絡まり、青年が地面に倒れ込む。そして邪竜の意識が、完全にこちらから外れた。
――今だっ!
「ヘルファイヤ!!」
放った炎魔法は、邪竜の側面にぶつかり――そして邪竜は断末魔の悲鳴を上げた。
「大丈夫か」
青年を助け起こしに行く。
「へへっ、最後に倒れたおかげで、完全に意識がこっちに来たな、どんなもんだい」
「――まさか、わざとか?……呆れた男だ」
そう言って――くくっと笑う。
青年も、はははっと笑った。
「見るがいい。これがプルリ草だ」
いつの間にか夕日が差し込んでいた。それに呼応するかのように、周囲に紫色の光が立ち上る。それぞれの下には、同じ色をした小さな花が咲いていた。
「――随分幻想的な光景だね」
「ああ、そうだな」
邪竜に勝った興奮が、プルリ草の美しい光によって蒸発させられていくようだった。
「そう言えば、まだちゃんと名乗っていなかったね」
「ああ、そうだったかな」
「僕の名前はチャリーズ。オートランドの王子だ」
「王族だったのか」
「ああ、もっとも継承順は第五位。王位を継ぐことはまずないだろうから、気ままな立場でこんな社会勉強もできるのさ」
「謙遜だろう、お主がよほど強い意志でやろうと思わねば、第五位だろうが第十位だろうが王族は王族、そんなに簡単に外には出れぬだろうよ」
そう言うと、チャリーズは少し照れたように笑った。
「まあ、いろんな経験を積んでおきたいっていうのはあるね。何のためかは置いておいて」
やっぱり、面白い奴だと思った。
こんな人間が、どこかの王になれば――それは、今まで見たことがない王になる気がする。
それならば――退屈も紛れるかもしれない。
「殿下――我々は、これから色々とお話しすべきだと思えますな」
「ふふっ、そうかもしれないが、僕はまず君のことを教えてほしい」
これは失礼、と軽く舌を出し、彼は名乗る。
今はもう、どの種族にも使われていない、古代の言葉の発音で付けられた名を、名乗る。
「我が名はディフジァコローヮレン、天地創造の時からこの世を歩む者に御座います」
以上、毎日投稿一カ月達成記念短編祭りでした!
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