番外4 シュリの決意
毎日投稿一カ月達成記念短編第四弾です!
(ああああああああ、どうしよどうしよどうしよどうしよ!!!!!!!!)
シュリは心の中で悲鳴を上げた。
シュリは“ゼラー”である。生まれたときから、全てのステータスのレベルが000。
それはとても屈辱的なことだったし、そのおかげで不利益も何度も被った。今もデウリス商会というところで、奴隷同然に働かされている。
しかし、彼女は希望を失っていなかった。“ゼラー”だから、“ゼラー”であるからこそ、やるべきことはなんだってやろう、そう思って、小さなことにも気をつけていた。
その一環が、一度見た他人のステータスウィンドウであっても、何度も確認すること。
ステータスは変わる。他人のステータスが上がったことにいち早く気付くことができれば、何らかの利益になるかもしれないと思ってやっていた。そして今朝、日課として同部屋の“ゼラー”のステータスを確認していた彼女は、同じく“ゼラー”として働かされていたミエラが“算術”Lv001になっていたことを確認したのだった。
毎日の労働はとても厳しいが、今日のミエラはそれすらも機嫌よくこなしているように見える。本人もレベルが上がったことには気付いているようだった。
原因として考えられるのは、一つ。シュリは横目で、新入りの“ゼラー”の顔を見る。ヒカルという彼と、ミエラが最近毎晩こっそりと部屋を抜け出していることには気付いていた。これも彼女の注意深さの表れであるが、とはいえ尾行して見つかる危険を冒すほどではないので、そのままにしておいた。おそらく逢引きだと思っていたのだが、この結果を見ると――よもや二人でレベルを上げる特訓をしていたのではないか、と疑念が湧いて来た。
勿論、特訓したくらいでレベルは簡単に上がるものではない。そのことはシュリ自身“ゼラー”としてよく知っている。ヒカルが何か秘密を持っているのだとしても、それならヒカルが“ゼラー”であることが不自然だ。そういった理屈から、たまたまミエラのレベルが上がったのかと思ったが、それなら彼女が言いだしそうなものである。たった一つのレベルの違いとはいえ、“ゼラー”から脱却すれば待遇には大きな違いが生まれる。秘密にしているのはやはり何らかの意図があるのではないか、と考えられた。
そんなことをしている間に、日が暮れる。内職の時間も終わり、皆が横になって眠りに入る頃――今日もヒカルとミエラがこっそりと部屋を出た。
シュリは後を追う。もはや見つかるのがまずいとか言ってられる状況ではない。そして、彼女が聞いたのは、
「じゃあ今日も計算の問題だ。レベルが上がったのだから、難易度も難しくするぜ」
「はい、ヒカル様」
「様付けなんてしなくていい、いつも通りで」
「でも、レベルを上げてもらった恩が……」
「堅苦しいのはやめよう。どうしてもやめてくれないなら、もう特訓はなしだ」
「――わかった、ヒカル」
「オーケー、それじゃあ第一問だ。一本の縄があり、等間隔に結び目が入っているとする……」
ミエラがやはりレベル上げの特訓をしていたことと、彼女を導いたのがヒカルであるということに確証を得られる会話だった。
心臓が早鐘を打つ。
ミエラのレベルが上がった。
もしも、自分もヒカルに特訓をつけてもらえば――自分も“ゼラー”から脱却できるのではないか?
頼みたい。土下座してでも。プライドなんかどうでもいい。ヒカルに縋って、“ゼラー”から脱却したい。
しかし――同時に恐怖を感じる。
そんなことをできてしまうヒカルは何者?
そして、代償を求められたときに自分は何を払うことができる?
(ああああああああ、どうしよどうしよどうしよどうしよ!!!!!!!!)
シュリは心の中で悲鳴を上げた。
翌朝。
結局何も言いだせないまま、シュリは仕事に駆り出されていた。
体を酷使している間は余計なことを考えなくていいが、少しでも余裕ができると思考が昨日のことに飛んでしまう。ちらりと横目で見るとミエラとヒカルはいつものように仕事をしていた。特に目立った変化はなく、あれだけ見ると何も起こっていないように思えるのだが、生憎とミエラのレベルが変わっているのは夢でもない。今日も彼女は“算術”Lv001だ。
(……いったいどうしたらいいんだろう――)
自分の背丈ほどの荷物を運ばされているときに余計なことを考えたからか、思わずバランスを崩しかけた。慌てて踏ん張り、なんとか支えていったん荷物を置く。
「おい!チンタラしてんじゃねぇ!!」
監督官であるデュラに見とがめられ、鉄拳が飛んで来た。数歩分飛ばされ、尻もちをつく。その顎に、更に蹴りを入れられた。
「――!」
声も出ない。口の中が切られた。そんなシュリを、デュラは見下して言う。
「いいか!おめーが生きていけるのは誰のおかげか、よ~く考えるんだ!今度さっきみたいな腑抜けたまねしたら、承知しないからな!!」
「はい……すみませんでした」
血にまみれた口をぬぐいながら、シュリはそれしか言えなかった。
悔しい。
辛い。
なまじ要領のよい方なので最近は直接的な暴力を受けることはなかったのだが、久し振りにその屈辱感を思い出した。
思えば、ステータスウィンドウをこまめに見るようになったのも、こんな理不尽な思いをしたときからだったか。腹の底が煮えくり返るような怒りを感じる。
さっきまで、自分は何を考えていたのか。
“ゼラー”である以上に屈辱的なことなどないって、どうして忘れていたのか。自分だって――お姫様みたいな女の子に、なりたいって思ったはずなんだ。子供の頃に夢見た将来は、決して家畜のように扱われる生き様じゃなかったはずなんだ。
過去の自分に――いつかこの屈辱から逃れてやると誓った自分に――顔向けできるようになるためには、すでに道は決まっているじゃないか。
その夜――皆が寝静まり、二人の“ゼラー”が部屋を出て――その後ろを尾けて行く影があった。
やがて、ミエラとヒカルがいつもの訓練場所に来て、訓練を始めようとする。その二人に、一人の少女が声をかけた。
「ねぇ――その特訓、“ゼラー”から脱却するためのものよね?
――私も、参加していい?」
そして少女は、“短剣術”Lv010になった。




