第29話 激突
翌日の夜。すっかり日も暮れてしまう中バリゼー塔へと向かう集団があった。
主だった連中は結局全員付いて来るあたり、血の気が多いというか、俺に対する妄信というか御苦労なことである。まあ、俺をけしかけるだけけしかけておいて来なかったら確かに不愉快なのでそういう意味では適切なのかもしれないが。
バリゼー塔はオートランドでも有名な廃墟だ。街の外れにありかつては見張り台として活用されていたのだが、立派な城壁が建築され、そちらに見張りの塔も建てられた。すると街の外れにあるバリゼー塔には使い道がなくなり、やがて打ち捨てられていったということである。
そんなバリゼー塔を背景に、一人の男が立っていた。
幽霊のようだ、というのが第一印象。まるでバリゼー塔でかつて働いていた者が成仏できずに留まったかのような、存在感が薄いにも関わらずプレッシャーを放って来る、とんな印象。
その男が、さっと手を振る。
それだけで、俺と一緒に来た面々が根こそぎ気を失った。
「殺さないんだな」
「そうしても生き返らせるだけであろう。ならば意味はない」
「確かにその通りだな。ところで、ミエラはどうした?」
「こちらで快適に過ごしておる。お主の命を奪った暁には解放しよう」
「殺せると思っているのか?」
「思っているさ、回復魔法を自分にあらかじめかけておくような戦術を取っても、殺し続ければいつかは種が尽きる。此方にとっては殺せばいいだけの話なのに、お主にとっては殺さず彼女の居場所を吐き出さねばならぬ。随分と条件に違いができたものだのう」
改めてこちらの不利を具体的に指摘することで、精神的に優位に立つことを狙って来た。知ってはいたものの、やはり直接的な戦いだけでなく搦め手を攻めることもお得意のようだった。
「そんな力を持っている割に、随分とせこい真似をするんだな」
「人生経験が豊富と言ってもらいたいものだな、お主がどうやってその反則じみた力を手に入れたのかは知らぬが、私は純粋な努力と練習によってのものだ。レベルを001から順に上げて行き――そして私はあるとき、レベル上げを極めれば再び000に戻ることに気がついた。そして他の分野でも試して行き――遂には全てのステータスにおいてそれを成し遂げたのだ」
「な、――」
どんな手品を使ったのかと思っていたが、それにはさすがに驚いた。
「そんなことをするなんて――いったいどれほどの時間をかけてあんたは」
「天地創造のときから、ずっとだ」
思わず息ができなくなるほど、その言葉は衝撃的だった。
この世界ができて何年経っているのか知らないが、百年や二百年ではない。
「我が名はディフジァコローヮレン。天地創造と伴に生まれ、今や忘れ去られし種族の最後の一人だ」
聴き慣れない発音でそう名乗った男は、自らの身の上を語る。
「天地が創造されたときに生まれた種族は“死”を持っていなかった。しかし、やがて彼らは永劫の人生に飽き、一人、また一人と去って行った。私もそうなるはずだったが、レベルを上げることを極めるとゼロに戻るという現象に興味が湧き、それで遊んでいるうちに随分世界も賑やかになって来たから、もうしばらく退屈が先延ばしされたのだ」
誇るでもなく、憂うでもなく、ただ淡々とディフジァコローヮレンは言う。
この世界ができてから今日まで、よくぞ生きてきたものだ。
「――そんなあんたが、何故俺を狙う?楽してあんたと同じ位置に辿り着いたのが気に入らないのか?」
「否。お主が私と同じ力を手にしたとしても、別に文句はない。お主を狙うのは別の理由だ」
「教えてくれるつもりは――ないってわけか」
「無論。この場でお主に後れを取るとは思わないが、いかなる場合でも用心に越したことはない――一つ言わせてもらえば、お主がここで負けるのも用心が足りなかったからだ。不用意に力を使い評判を立て、人間関係も簡単に調べられてしまう。その結果人質を取られ、こうして不利な戦いに臨まされているわけだ」
「一理あるとも言えるが――俺が負けると決まったわけじゃないぜ」
「力は同じ、それでもなお負けぬと言うならば、それは若さゆえの根拠のない自信というものだ。そのようにして身を滅ぼす者も何度も見てきたが――お主も所詮はその類か。どのようにしてその力を手に入れたかは気になるところだが……私は些事と本筋を間違えるほどは愚かではない。全力でその命、頂戴する!」
「できるものなら、やってみろ!!」
そして、俺達は攻撃魔法を放つ。まずは“ヘルファイヤ”をお互い用いようとし、瞬時にそれに相性のいい“ヘルウォーター”をやはりほぼ同時に、上書きするように放つ。それ以上の更新はできないままに両者の魔法が正面でぶつかり――
そして、戦いは一瞬で終わった。
「が――がはっ!?」
何が起こったのか分からないような顔で仰向けに倒れているのは、俺ではなくディフジァコローヮレンの方だった。
お互いのヘルウォーターが激突した瞬間、俺の放った水は相手の水を飲み込みながら、そのまま彼を押し流した。水圧で死なないようにした加減込みで。そう、どこからどう見ても、俺の魔法の方がディフジァコローヮレンの魔法より格が一つも二つも上だった。
兆候は、最初にヘルファイヤとヘルウォーターが激突したときからあった。あのときも俺のヘルウォーターがヘルファイヤをかき消した。それは水と炎の相性の問題かと思ったが、その後に罠が仕込まれた小屋が爆発したときも、俺の風魔法が身を守ってくれて俺は無傷だった。そこから考えられるのは一つ。俺の魔法の方が相当強いのではないかと考えられたのだ。それすらも相手の罠である可能性も考えられたので確信は持てなかったのだが……
そして肝心の理由。俺が相手よりも強いとして、その原因が分からなければとても安心できないのだが、先ほど話を聞いて漠然とした予想も確信に変わった。
「なぜ俺に負けたのか信じられないような顔をしているな……理由を知りたいか?」
倒れたディフジァコローヮレンは、眼だけこちらに向ける。
「あんた――レベルが000に戻ったのは一回だけだろう?」
何を当たり前のことを、というような顔をする。それに対して、俺は確信を込めて言った。
「俺のレベル000は、十回目だ」
この世界で表記されるレベルは、レベル000やレベル010のように基本的に三桁で表される。すなわち――レベル999を越えて最初にレベル000に戻ってきた場合レベルは1000ということになる。しかし、レベル000に見えるのはレベル1000だけではない。レベル2000であっても、3000であっても、そして、俺のレベル10000であってもだ。
つまり、見た目は俺と同じレベル000だったが、その実態はレベル1000であり、俺のレベル10000とは雲泥の差があった、ということ――分かってしまえば、あとはいつもの通り圧倒的レベル差で勝てる相手なのである。いつもの敵よりは多少強いだけの。
「なんだ……それは」
愕然とした顔で呟くディフジァコローヮレン。彼が天地創造のときから続けてきたことを、すでに十回も行っているなどと言われて信じられるものではないだろう。
なので、俺は彼に言う。
「信じられないって言うんだったら、立ち上がってまた魔法を撃ってみればいい!何度でも返り討ちにしてやるさ!」
「――若造がっ!」
怒りに震えながらディフジァコローヮレンが“ヘルファイヤ”を放つ。それに対して俺も“ヘルファイヤ”で応戦。彼の炎が俺の炎に飲み込まれ、そのままディフジァコローヮレンを飲みこむ。そこで俺は死なないように加減を加えた。
「――まだまだっ!」
俺に加減されたことには気付いているだろうが、それでも炎の中からディフジァコローヮレンは今度は土の弾を放ってくる。しかし俺は同じ魔法で全て撃墜し、更に彼に攻撃を加えた。
それからしばらく、ディフジァコローヮレンは様々な魔法で俺を攻撃してきたが、俺は全く同じ魔法でそれを迎え撃ち――遂に彼も両膝を地面に着け、自分の力が及ばないことを認めざるをえなかったのだった。




