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第25話 凱旋

 うろうろ、うろうろ。

 おろおろ、おろおろ。


 ヘルネは自室の中で落ち着かなく動き回っていた。“氷の姫君”と呼ばれるほどの気品も今はなく、焦燥が顔に表れている。


「ヒカルのことが心配なのはわかるけど、あまり気を張るのはよくないわ」

「貴女こそ!ヒカルは恩人なんでしょう!どうしてそんなに落ち着いていられるの!?」


 見かねたミエラが彼女に声をかけるが、かえって彼女を刺激するだけだった。


「……ヘルネさんだってヒカルがただの“ゼラー”じゃないことはわかってるんでしょう?私は、彼が戦う姿も見たことがあるから――」

「私は、見たことがないの!貴女はそれでいいのかもしれないけれど、私が知っているのはただの知性的で華奢な男!そのヒカルが戦えるなんて聞いたって……ああ、こんなことなら、やっぱり私もヒカルと一緒に捕まっておくべきだったんだわ……」


 泣き出しそうになりながらヘルネは嘆く。

 そんなときに、またしてもユリィがヘルネの部屋に飛び込んできた。


「ヘルネお姉様!またです!王国軍兵士600名ほど、こちらに向かって来ています!」

「あらあら、やっぱり私にも用があるのね。まあ、ヒカルと同じ所に行けるならそれもいいかしら――」


 自棄になったようにヘルネは言うが、ユリィはそれに首を振って答える。


「それが、様子が変なんです!どうも、兵士たちの先頭にいるのは――ヒカルさんみたいです!しかも捕縛も拘束もされていません!」




 娼館の外で出迎えたヘルネ達が見たのは、まるで一隊を率いているかのように先頭で馬に乗り、揚々と向かってくるヒカル、その後ろで怯えたように従うジャクス将軍と――


「皇太子殿下!?それに――他の王族の方々も!」


 空いた口が塞がらないとはこのことだ。まさか雲の上の人々が出向いて来るとは。しかもなんだか様子がおかしい。

 そんな人達のことなど、まるで意識しないかのようにヒカルはこちらに手を振り、颯爽と馬から降り立った。


「やあ、待たせたな。ただいま」

「――ただいまって……あの、えっと――後ろの方達とか……」


 あまりの混乱に、ヘルネも何を言っていいのか分からなくなる。しかし、当のヒカルは落ち着いたもので、


「後ろ?ああ、この方達なら、これから重大な発表があるらしいぜ」


 そう言って、にやりと笑った。




「ほら、さっき言った通りにお願いしますよ。俺はいつでも先ほどの状態に逆戻しできるんですから。それは散々やって見せましたから、よくご理解いただいていると思いますけどね――さあ、早く」


 ヒカルはリーカス皇太子達に語りかけた。皆、屈辱にまみれた顔をしている。だが、ヒカルが少しすごむだけで、それは恐怖に上書きされた。

 リーカス皇太子が観念したように口を開く。



「――ヒカル殿!このたびはわしの勝手な思い込みと判断により、無辜の民である貴方を国賊呼ばわりし、あらぬ不名誉を与えたこと、誠に申し訳ありませぬ!本来民を守るべき皇太子がこのようなことをしでかしたこと、慙愧の念に堪えません!かくなる上は!皇太子の地位を返上いたします!」



 何事か、と集まっていた野次馬が、一斉に驚愕の声を出す。


「わ、私も同じく王位継承権を返上いたします!」

「同じく王位継承権を返上いたします!」

「同じく王位継承権を返上いたします!」


 続いて、王子と王女三名が同じく王位継承権を返上することを宣言する。正式な手続きに則ったものではないが、大衆の前でこうも宣言してしまえばもはや確定したようなものである。


「そうですか、そこまでしていただくのはなんだか申し訳ないですねぇ。しかし高貴な方々の決断に俺がどうこう言うのはかえって不敬に当たるというもの、俺からは何も申し上げません」


 ヒカルは申し訳なさそうな顔でそう言った。しかし、近くでその顔を見たヘルネには彼の眼が冷酷に笑っているのが見て取れたのだった。






「ふふふ……はははははははははははっ!なんだいこれは!あの“ゼラー”がらみだと思ったから様子見で参加していなかったら、いつの間にか皇太子に繰り上がっていたよ。いったい何が起こっているというのやら」


 宮殿の一室で、チャリーズ王子は笑っていた。

 否、彼が王位継承順第五位だったのは過去のこと。上位四名がそろって王位継承権を返上したので、今や彼は王位継承順第一位。正式な立太子の儀はまだなものの、もはや皇太子と呼んで差し支えない身分だった。


「それで――これからどうなさいますかな?」


 問うのは、いつぞやの幽霊のような男。“ゼラー”であるにも関わらず、チャリーズ皇太子一の側近として、知る人ぞ知る存在である彼だった。今日も臣下の中では唯一、皇太子の部屋に入れてもらっている。


「あの“ゼラー”、これまではこっちの利になるように動いてくれたけど、それがいつまでも続くとは限らない。王族に対しても容赦がないことが分かった以上、不確定要素は排除するに越したことはないだろう。――現状、対抗できるのは同じくレベルを極めて0に戻った者、ディフジァコローヮレン、君だけだ。やってくれるか?」


 皇太子が呼ぶその名は、人間、エルフ、ドワーフどこの言葉にも無いような不思議な発音。その呼びかけに、男は小さく頷く。


「承知いたしました。かの男、城島ヒカルは必ずこの手で暗殺してご覧に入れましょう――」

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