第24話 牢獄と王族
俺は独房に放り込まれた。
ただの独房ではない。鉄格子で囲われるだけではなく、扉は二重扉。何か用があるときには二人がかりで、まず一人が外側の扉を開け、もう一人が中に入るとその扉の鍵を閉めてしまう。その上で中に入った方が内側の扉を開けるという手法を用いることで、脱獄を難しくしている。しかもそのように人が入って来ることは稀で、基本的には壁の上にある小さな窓から食事や水などが放り込まれるようになっていた。加えて、エルフの村とは違って魔導石対策も完璧で、シャラムンが用いた魔法陣の他にも数種類の方法で魔導石に対する対策がなされていた。“ゼラー”にとってはまさに絶望の独房だと言えるだろう。
場合によってはここで数日、相手の出方を伺うことになる。環境がどんなに劣悪であっても、俺にとって問題となることはないが、ヘルネに俺が一人捕まることを認めさせたのは一過性の“洗脳”なので、あまり長い期間ここに閉じ込められていると、彼女達が心配のあまり変な暴走をする可能性があることは気になった。
なので相手にはなるだけ早くリアクションを起こして欲しい。その思いが通じたのかは分からないが――俺が捕らえられたその日の夕方に、訪問者がいた。
「控えろっ!“ゼラー”!」
そう言って鉄格子の前に姿を現したのはジャクス。その後ろから何人かの人が入って来る。俺は素早く“知識”レベル10000を使って、その正体を探った。
“王位継承順第一位 リーカス皇太子”
“王位継承順第二位 サドル王子”
“王位継承順第三位 フェアリ王女”
“王位継承順第四位 メクス王子”
皆三十代から四十代ほどの、この国の次代を担うと思われている王族たちだった。
――まさか王位継承順一位から四位が雁首並べてやって来るとは思いもよらなかった。さすがに少し驚く。いつの間に俺はここまでマークされるようになってしまったのだろうか。ジャクスが皇太子の名前を出した時点で、黒幕を探る必要もないかと一瞬考えたが、やはり捕まっておいて正解だったようだ。
「頭が高ぁいっ!この方達を一体どなたと心得るかっ!本来ならばお主のような“ゼラー”、遠目に見ることも敵わぬ御方達ぞっ!」
ジャクスが俺を怒鳴りつけてくる。俺はひとまずそれに従った。
「――お主が、巷で噂の“ゼラー”か。確かにこの世の理を恐れぬような、不遜な顔をしておる」
リーカス皇太子が俺に話しかけてきた。
「噂――はて、何のことだか分かりかねますな。俺はしがない“ゼラー”に御座います。陛下にも国家にも、楯突くようなことをした覚えは毛頭ありません」
「ふん、面の皮の厚い男よの。我が国――いや、大陸全土で“ゼラー”の間に不穏な動きがあることくらい、調べはついておるわ!」
リーカス皇太子の隣にいた、サドル王子が紙を読み上げる。眼鏡をかけた神経質そうな男だ。
「深森にあるエルフの村を、“ゼラー”が襲撃したという噂が飛び交っています。また、ギシャレ山脈では優れたステータスのドワーフが、“ゼラー”達に鉱山を奪われたとか。その他大陸各所から同様の報告があり、更にこのオートランドでも、デウリス商会の“ゼラー”が一晩にして高ステータス持ちになったなどというにわかには信じられない情報が……」
「そこに来て、お主の噂を掴んだわけじゃ」
リーカス皇太子は重々しく頷いた。
「やっていることはそれまでと比べものにならないほど些末じゃが、プライドが高く落とすこと不可能と言われた高級娼婦を手に入れるなど普通の“ゼラー”にできることではない。お主も、一連の流れに関して何か知っておろう。痛い目に会う前に、喋る方がよいぞ……」
言いながら、意味深に後ろを見る。そこには、筋肉ムキムキで残忍そうな形相の男が二人いた。拷問人という奴であろうか。にやにやと下品な笑いを浮かべながら、手に持った棍棒や鋏、ナイフをこれ見よがしに見せつけて来る。
「――俺は“ゼラー”の陰謀なんて何も知りません、ヘルネが俺に惚れたのはたまたまです。俺みたいな“ゼラー”でも落とせたのだから、惚れさせられなかった方に問題があるのでしょう」
「貴様っ!」
ジャクスが簡単に挑発に乗る。一方のリーカス皇太子はさすがに落ち着いたもので、表情を変えずに唇を動かした。
「残念じゃ――やれ」
「俺も残念ですよ――折角機会を差し上げたのに。
――チェンジムーブ!」
そして俺は移動魔法を使った。
すぐには、誰もが起こったのか気が付かなかっただろう。
先ほどまで、俺と鉄格子を挟んで話しており、今もなお、俺と鉄格子を挟んで話しているのだから。
どちらが独房の中にいるのか、彼らが気付いたのは一瞬の時を経てからだった。
「「「「「へっ!?」」」」」
王族や将軍とは思えないほどの、間抜けな声が聞こえる。
「き、貴様何をした――!」
「移動魔法で御座います」
慌てたようなリーカス皇太子に、俺は慇懃無礼に答えた。
「バカなっ!魔導石の使用は封じられているはず!ならば“ゼラー”に魔法など使えるはずもない!!」
焦ったようにジャクスが叫ぶ。まだ現状を理解できていないようだ。
「なんだか分からぬが牢を破ればよいだけのことっ!」
五人の中で一番魔力レベルの高いメクス王子が、風魔法で鉄格子を切り裂こうと魔法を撃った。この牢は“ゼラー”用なので魔導石対策はしてあっても魔法そのものには弱点もあるはず、そう読んでの行動はなかなかのものだったが、残念ながら俺がいる。メクス王子の魔法は完璧に打ち消された。
「馬鹿なっ――」
メクス王子が何か言いかけて、そのまま言葉にならない。
「ここから出しなさい!――あなたたち、何をしているの!」
フェアリ王女が拷問人に向かって叫ぶ。実は拷問人二人は独房の中に入れず、あえて俺の側に置いておいた。理由は簡単。
「罪人が何を言っている!ちっとばかし痛い目に合わないと気が済まねえみたいだな!」
「おう、やっちまおうか!」
拷問人二人には、王族達が囚人に見えるように“洗脳”をほどこした。
独房の中の面々が、絶望に顔をゆがめる。
「いやあどうやらこの二人には貴方達が囚人に見えてしまっているようですね。いったいどうしたことか、こうなれば皆さんを解放できるのは俺しかおりませんが――しかし、今、ちょっと考えております。無辜の“ゼラー”を捕まえて、大いに痛めつけようとする方達など王位に着かせるのは、民のためにもならないのではないか。それよりはここで一生過ごしていただくほうが世のため人のため、そう思えてなりません」
俺の言葉に、彼らはようやく自分達の命運が俺の手に握られているということを理解した。
「そんな……まさか“ゼラー”にこんな力が……」
「サドル殿下?現実を見ないと話が始まりませんよ?」
俺の言葉にも、サドル王子は目の焦点が合わない。
メクス王子もフェアリ王女も、そしてジャクスも、呆然とした様子で立っている。
唯一まだ生気があるリーカス皇太子が、悔しそうに口を開いた。
「――何が、望みだ。金か?栄誉か?」
それに対し、俺は彼らにとって最も屈辱的な望みを答える。
「王位継承権を返上してください。返上した人から解放します」
「――なっ!」
リーカス皇太子は口をあんぐりと開け、しばらく固まった。他の四人について言えば、そもそも何を言っているのか理解していないかもしれない。
「そ、それをして貴様に何の得が――」
「さっきも言ったでしょう。無辜の民にあらぬ罪を着せるような人が玉座に座るかもしれないと思うと我慢できないだけです。だから貴方達は隠居してください」
わなわなと怒りに震えるリーカス皇太子。だが、牢の中と外という絶対的な立場の差は、どうにもしようがない。
「ま、まて俺はどうなる!」
ようやく意識が現実に戻って来たジャクスが叫ぶ。彼は王族ではないので、王位継承権を放棄することはできない。
「ああ、あんたは王位継承権ないもんな。じゃあそのまま一生ここで過ごしてもらおうか」
「ひっ――!」
「――嘘だよ。別にあんたみたいな小物は興味ない。皆さんが王位継承権を返上したら一緒に解放してやるさ」
そして、俺は周囲の王族達をぐるりと見回した。
「さて、皆様方、いったいいかがなさいますかな?」
 




