第22話 再会
「“氷の姫君”を落とした“ゼラー”がいるって巷で噂になっていたから、ヒカルだと思って探しに来たの。他にそんなことのできる“ゼラー”がいるなんて思えないしね」
落ち着いたミエラとヘルネ、俺の三人はヘルネの部屋で茶を飲みながら話をしていた。
今はミエラから、立ち上げた商会のその後の話を聞き、彼女がどうして俺を探しに来たのか教えてもらっているところだった。
「それにしても――今噂の“ゼラード商会”まさかその立ち上げ人が貴方だったなんて思わなかった。本当に貴方は愉快な方ね」
ヘルネがそう言いながら、腕を絡ませてくる。ちらりとミエラを横目で見ているあたり、彼女をからかっているのは明白だったが、当のミエラは露骨に不機嫌な顔になる。
「ヒカル、それで私達のところに顔も出さずにヘルネさんといちゃいちゃしてたの?さぞ楽しかったでしょうね?」
「いや、これには色々と訳があってだな……」
実はそんなにない。ついつい長居していたが別に必要なことだというわけでもなかった。
「ごめんなさいね、私がちょっと“歓迎”しすぎちゃったのかしら」
ヘルネもそう言って意味深に笑うのはやめてもらえないだろうか。ミエラが俺を見る目が余計に冷たくなる。
「そうよねー、どうせ私たちのことなんかどうでもいいんでしょっ」
「いやそういうわけでは……わかったわかった、これから商会に行くから――」
「あら、私とあんなに熱い夜を過ごしたのに、私のことは捨てて行ってしまうつもりなのかしら?」
「変な言い方はやめてくれ!ヘルネとはまだ何もなかっただろ!」
「“まだ”?“まだ”ってことはこれからヘルネさんと“何か”する予定あるの、ヒカル?」
二人の板挟みにされて、俺が頭を抱えていたとき、ヘルネの部屋の扉をノックする音があった。
「ヘルネお姉様!大変です」
見習娼婦のユリィが慌てた様子で立っている。
「落ち着きなさい、ユリィ。いったいどうしたのかしら?」
ヘルネに促されて、ユリィは興奮と恐怖に上ずった声で言った。
「ぐ、軍隊です!数百名の国軍兵士が隊列を組んで、ここを目的地に向かって来ているそうです!!」
ヘルネと始めて会った高台に登ってみると、遠くに不自然な人の集まりが見える。先頭には、数名馬に乗っている者もいた。どうやら、それがここに向かっているという軍隊らしかった。
「目的地がここなのは間違いないのかしら?」
「はい、その……人心を惑わす“ゼラー”を討伐する、ということが理由らしいので……」
恐る恐る、といった風に俺を見ながら、ヘルネの問いにユリィが答える。わざわざ軍隊に出兵させるほどまでとは、俺も偉くなったものだ。
「ちなみに、指揮は誰が取っているのかしら?」
「ジャクス将軍だそうです……」
ヘルネは肩をすくめた。
「とんだ御贔屓もいたものね。まるで子供じゃないの。このあたりの色街がどういうところか、分かっていないのかしら。貢いだ女に何もかも絞り取られても許せる度量、あるいはそうなる前に自制をかけることのできる器量。せめて片方くらいは持っている人だと思っていたのにね――」
少しだけ、ヘルネの瞳の中に怒りの色が見え隠れする。危ない男を早いうちに切りきれなかったとあれば、彼女のプライドにも傷がついたのであろうか。
「しかし、ジャクス将軍ってのは、あそこまで権限の大きい奴だったのか?前に会ったときには随分若いと感じたけど……」
「確かに、国軍内では出世がとても早い人だったけど、それにしたって不自然ね。もっと権力のあるだれかが、彼にあれを率いることを命じただけかもしれないわ」
ふむ。俺の力をもってすれば、あれくらい蹴散らすことは難しくないが、黒幕がいるというのなら方法を考えないといけない。“読心術”や“尋問”、“洗脳”のLvも10000なので、その気になれば黒幕の特定くらいはどうとでもなるかもしれないが、それで見つけてもしらばっくれられては面白くない。言い逃れのできないところまで、黒幕を追い詰めて一網打尽にするほうが性に合っている。
「お、お姉様……逃げないのですか?」
そうこうしているうちにも、軍隊は着々と俺たちの方へ迫ってきていた。ユリィが怯えたように言う。
「今逃げたところで、他の人や周りの店に迷惑がかかるかもしれない。そんなことになっては“氷の姫君”にとっては恥になるだけよ。確かに引退も考えていたけれど――ここまで築いてきた名声を崩しておめおめと逃げるだけの引退なんてまっぴらごめんよ。最後は華麗で優雅に決めたいってくらいのことは、私だって思ってるんだから」
そこで――ヘルネは寂しそうに笑った。
「ユリィ、貴女は逃げなさい。先のない私の巻き添えを食うことはないわ。しばらくどこかに潜んでいれば、貴女のように将来のある人は、きっと放ってはおかれないわ」
「――いやです!私が姉と決めるのは、後にも先にもただ一人!始めてお会いしたときから、そう決めております!どうして妹が一人、姉を置いて逃げられましょう」
「姉妹と言うならなおさらよ、昔教えてあげたでしょう。ロールファン王国の双子の姫君は、王家の血筋を守るため、内戦で敵味方に分かれて戦ったのだわ」
――なんかお涙頂戴劇が隣で始まっている。
ミエラが俺の顔を覗き込んできた。
「ヒカル、すごい嫌そうな顔してるね……私がデュラに呼び出されたときと、同じ顔してる」
「――ああいうの、嫌いなんだよ」
俺は不機嫌なまま、ぼそりと呟いた。誰かを守るために、自分を犠牲にするってのは好みに合わない。
「――じゃあ、ヒカルはあのときと同じようにするの?」
……さて、どうするか。
 




