第21話 将軍と皇太子
ヒカルとミエラが再会を果たしていた頃。宮殿の一室。
高位の将軍や貴族達が仕事の合間に休憩に使うような部屋で。
「あの女――馬鹿にしやがって」
ジャクス将軍は、腸が煮えくりかえるような怒りを覚えていた。
勿論、ヘルネのことだ。高級娼婦というのが容易に手に入らないものであることは、彼自身も勿論よく知っている。手のひらの上で転がされるのを楽しむ位の度量がないと、色遊びはやってられないのだ。
しかし、ものには限度というものがある。自分の求愛には顔も見せずに、よりにもよって“ゼラー”と過ごしているなど、さすがに彼の誇りが許せるものではなかった。
「何が“ゼラー”だ。何が大切な人だ。ふざけやがって――」
ふつふつと怒りが、口から洩れる。その声を聞き、立ち止まる男がいた。
「“ゼラー”だと?その話、詳しく聞かせてもらおうぞ」
仮にも将軍たる自分に対するその偉そうな物言いに、むっとして顔を上げるジャクスだったが、相手を見てすぐさま平伏した。
「リーカス皇太子殿下!このような場所にどうして……」
「王国のために日々身を粉にして働いてくれる貴族や将軍達の様子を見にわしが参るのがそんなに不自然かな、ジャクス将軍。それよりも今言っていた“ゼラー”のことを詳しく教えてくれ」
相手は王位継承順第一位の王子――すなわち皇太子殿下その人である。御歳今年で40歳、まだまだ壮健で、最近では病気がちの陛下に変わって執務を執り行うことも多く、かつては武名も広く轟いた名実ともに次期国王陛下。そんな雲の上の人間から直に名前を呼ばれ、ジャクスはすっかり恐縮した。
「は、しかしその私事でございまして……しかも大変恥ずかしい内容で……」
「構わぬ。他言はせぬしその内容でお主の昇進が有利になることはあっても不利になることはないと、我が名において約束しよう。さあ話してくれ」
皇太子にそこまで言われてしまっては、黙っているわけにはいかない。恥と思いながらも、ジャクスは先ほどあったことを話した。
「ふむ……」
話を聞き終えて、リーカスは顎を撫でながら考え込んだ。やはり彼を失望させてしまったのではないかと、ジャクスは内心冷や汗を垂らす。チャリーズなどと違って、リーカスは他の多くの人々と同じく“ゼラー”嫌いだ。そんな“ゼラー”に恥をかかされたジャクスを見下してもおかしくはなかった。
「あの、殿下……」
沈黙に耐えきれず、ジャクスが口を開く。
「おお、よくぞ話してくれた。自らの汚点もそのように隠すことなく話せる者はなかなかおらぬ。貴殿は優れた人物だな」
思わぬ高い評価に、ジャクスはほっと息を吐く。そのジャクスに、リーカスは声を潜めて言った。
「実はな、ジャクス。ここのところ、不自然な“ゼラー”の噂がちらほらと聞こえてくるのじゃ。デウリス商会で有名なあのデウリスが、“ゼラー”のせいで体調を崩したとか精神を病んだとか。他にも国の中――さらには他国やエルフ、ドワーフの住む土地においても、“ゼラー”が何らかの活躍をしたという噂が後を絶たぬ。だが――お主と同様に、“ゼラー”に敗れたというようなことは恥であると考え、口を閉じる者も多いからな。実態がつかめずにおったのじゃが――やはり、この国、ひいては世界中で、何かが起こっていることは間違いないようじゃ」
リーカスの目が、キッと開かれる。武名を轟かせた武人の迫力が伝わってきて、ジャクスは思わず息を飲んだ。
「放っておくわけにはいかぬ。“ゼラー”共が立場をわきまえず、下手な夢を見るようなことがあれば――この国すら乱れかねん。杞憂に終わるかもしれぬが――少しでも危険があれば事前にそれを食い止めるのが政というものじゃ」
そう言って、彼は立ちあがった。
「その、“ゼラー”を捕らえるぞ。何らかの事情を知っておることは間違いない!ジャクス、お主も
その男にやられっぱなしでは不愉快じゃろう。顔を知っているのもお主だけじゃ。総大将にしてやる。わしの権限の範囲内なら軍隊をいくら動かしても構わん、たった一人の“ゼラー”に対して血眼になった汚名はわしが被ろう。だから――なんとしてもその“ゼラー”を捕まえるのじゃ、よいな!!」
「かしこまりました!必ずや、御身のご希望に応えてみせましょう!」
ジャクスは興奮に身震いした。女を取られたことに対するただの復讐なら、大がかりにすれば逆に世間の嘲笑を買う可能性があるが、皇太子殿下直々の下命とあらばその危険もない。自分をコケにした“ゼラー”と女に対して、暗い殺意の情動が湧きあがるのを彼は抑えることができなかった。




