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第19話 高台問答

 稼ぎ頭である高級娼婦は、娼館と契約しているとはいえほぼ自由に行動することができる。とはいえ伴も連れずに夜の街を歩くのは本来危険な行為であり、ヘルネはこっそりと裏口から抜け出した。

 勝手知ったる道を抜けると、見晴らしのいい高台に出る。

 眼下にはオートランドの街が一望できた。日もすっかり沈んでしまったというのに、明々と照明が灯り、人々が活発に活動していることが伝わって来た。

 いったいこの街にはどれほどの人が住んでいるのだろうか。貧しく力のない“ゼラー”から、果ては王族に至るまで、様々な人間が住み、生き、世界を動かしている。そんな中で自分という存在は、なんだかちっぽけな物に思えてきた。

 ふと、そこで人の気配を感じる。

 いつの間にか、自分の横で、街を見ている人間がいた。


「あら、こんなところで、貴方も街を見ているのかしら」


 表面上はにこやかに語りかけながら、素早く相手のステータスウィンドウを確かめる。立場上変な男に狙われることもないわけではないヘルネは、護身術も一通り極めており普通の男性に後れを取ることはなかった。何かの戦闘系ステータスが高い相手でなければ、予期せぬ事態が起こっても対応できるということで、見知らぬ男に対してはステータスウィンドウをすぐに確認しておくことが癖になっていた。

 はたして――相手のレベルは、全て000。いわゆる、“ゼラー”であった。

 少し拍子抜けする。だが、所詮はそんなもの、何か事件や冒険が湧きおこるような、特別なことは何もない。


「ああ、ここは見晴らしがよさそうだと思って。碌に全貌を眺めたこともなかったからな」


 男は特に気負った様子もなく、ヘルネに対して返答した。彼の方は相手のステータスウィンドウを確認しようという気にならないのだろうか。自分は“ゼラー”にとっては雲の上の存在であるはずなのだが、彼は別に謙ったり、警戒したりするような素振りは見せなかった。

 ふと――戯れを思いつく。


「そうね、“我いと高きこの地に至り、君の全てを平らげん”といったところかしら」

「ああ、“さらば汝を我が臣として、我は天空の覇者とならん”だったかな?」

 



 驚いた。

 “我いと高きこの地に至り、君の全てを平らげん”とは、今から百五十年ほど前にキヘリ丘の戦いと呼ばれる戦争で、キヘリ丘の上に陣を構えた名将ゴダールが眼下の敵陣に対して放った鬨の声である。これに相対したシャーク王子は“さらば汝を我が臣として、我は天空の覇者とならん”と返し士気の低下を止め、決戦はシャーク王子側が地勢的な不利跳ねのけて勝利。本当にゴダールを臣下に迎えてしまったという逸話である。歴史を学んでいればいずれは知ることのできる内容だが、一言一句間違えず、知識Lv000の“ゼラー”が言える内容では到底なかった。

 何のことか分からず戸惑う彼を少しからかってみようと思っていたヘルネは、逆に興味を覚え、もう一つ謎かけをしてみることにした。


「よくご存じね――ならば、“陸あらば 庭としたいと 欲向かい 肺腑は望む 次なる息を”」

「“次なる息に 吹かれし所 三々五々それぞれに、 長、見むとする 夢続き”でいいかな?」


 今度は古詩の形式に則りつつ、その実は“算術”。完全数、という数を語呂に合わせて歌ったものだが、即興で返歌を詠い上げてきた。算術の力に加え、言葉遊びや古詩も嗜めないと出来ない技である。


「あなた、“ゼラー”じゃないの?とてもそうとは思えないわ、どうしてかしら?」

「“君がためならこの命、いかにレベルを問いましょう。明日に日が差すその時までは、貴方の前ではLv100”ってことさ」


 同じくキヘリ丘の戦いで、忠義を尽くす姫のために自らよりも数段レベルの高い相手方将軍を夜襲、見事討ち取った騎士の言葉を返して、その男はにこりと笑った。




「ユリィ、今帰ったわ!」

「お帰りなさいませ――ってヘルネお姉様!その御方は?」


 一月や二月の付き合いでは、男に指も触れさせないと評判のヘルネが、見知らぬ男と腕を組んで帰ってきたのだからユリィの驚きは尋常ではない。しかし、当のヘルネは全く気にした様子もなく、にこにこと笑っている。


「彼はヒカルって言うの!とても面白い殿方よ!今日からしばらく、ここで過ごしてもらうことになったから、貴方、彼が過ごせるように色々と整えて頂戴」


 眼が白黒するとはこのことである。先ほどまで男に貢ぐなんてあり得ないと言っていた彼女が、どう見てもヒモにする気満々でヒカルという男を連れてきた。全身から楽しそうなオーラを振りかざす彼女は、さながら恋する乙女である。色事で数々の男を手玉に取って来た伝説的な高級娼婦とはとても思えなかった。


「その方、“ゼラー”ではないですか!そんな方を部屋にお泊めになっては……」


 当人の前で言うのもはばかられるかと思ったが、ヘルネの事を思えばとやかく言ってられない、何がどうなったのかはわからないが“ゼラー”をヒモにするなどすれば彼女の名声にも傷がつく。さすがにユリィの口から言えば我に返ってくれるだろうと彼女は期待したが、


「そうね、ヒカルは“ゼラー”よ。でもどんな仕組みかはわからないけど、とっても知識があるし色んなことができるの。だから関係ないわ」


 暖簾に腕押し。まったくヘルネは考えを改めてくれそうになかった。

 その後も押し問答したり、“ゼラー”なのになぜか優れた知識を持っているヒカルに驚いたりしながら、最終的には先輩であり師匠でもあるヘルネに対して、ユリィも折れざるを得なくなってしまったのだった。

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