第1話 転生
俺、“ブラックバイトクラッシャー”こと、城島ヒカルは、真っ白なもやの漂う世界にいた。
「そうか――俺、死んだのか」
まあ、あんなことをやっていれば、恨みを買うこともあるだろうが、まさか本当に刺されるとは思っていなかった。その後の事を考えれば、人を殺すなんて割に合わないと思うのだが、人間は常に合理的に動けるものだとは限らないらしい。
「そうです――城島ヒカルさん、貴方は死にました」
と、そんな俺に語りかけて来る者があった。声は女性の声をしているが、その姿は見えない。
「えっと……どなたですか?神様?」
「まあ、そんなものだと思っていただいて構いません」
はあ、死後の世界も神様もあまり信じていなかったのだが、実際に体験してみるとまあ、なんというかやっぱり特に感慨はなかった。
「えっと、それで、俺これからどうなるんですか?ずっとこのまま?」
「それがお望みならそうしますが、それは最悪クラスの地獄コースですよ」
なるほど。よく考えればこんな何もない空間に放置されて何十年も、何百年も放置されたら発狂するってレベルじゃない。悪いことをしなくてよかったと心から思った。
「とはいえ、よいことをしてきたとも言い難いですよね、貴方」
神様からの突っ込みが入る。確かに、まあ社会的にはいいことの部類に入るかもしれなかったが、俺自身の意識としては別にいいことをしてきたつもりはない。自分が強者だと思っている人の幻想を潰すのが楽しかっただけだ。
「そういう人って、天国に行かせるのも不自然だし、地獄行きってのもおかしいし、微妙なんですよねぇ。だから私が出張ることになるわけです」
とは神様の弁。なるほど、全ての人が死んだときに出て来るなら大変だと思ったが、どうやら大抵の場合は天国と地獄への振り分けが上手くいくみたいだ。
「そういうことです。大相撲の決まり手発表システムみたいなもんですね」
その例えはマニアック過ぎる上に的を射てるかも微妙ではないだろうか神様。やはり神事の側面を持っているから相撲が好きなのか。
「はあ、それで俺はこれからどうなるんです?」
色々気になることはあったが、そもそも神様の私生活なんぞに深く首を突っ込んでへそを曲げられてしまってはかなわない。こんな世界に置き去りは嫌だ。俺はもう一度、今後の進路について質問した。
「それなんですが――天国も地獄も行かせるわけにはいかないので、それ以外のところに生まれ変わってもらいます」
「はい?」
素で聞き返してしまった。生まれ変わりなんてものまであるのか。
「はい。あなたがいた元の世界は科学万能で、空気読んで生まれ変わりみたいな奇跡っぽいことするのは控えるようにしているので、もっとファンタジーな世界に行ってもらいます」
神様に空気読んでもらってたんだ俺らの世界。すげーな。
「本気出したら奇跡も起こせるんですけどね。量子力学とかで微妙に穴を残しておきましたし」
物理はよくわかんないっす。
「まあ元の世界のことはどうでもいいでしょう。もはや貴方とは関係のないことです。これからは新しい世界で生きなさい、城島ヒカル」
神様がそう言った途端に、もやが光り輝き、俺は意識を再び失った。
目覚めたのは、大きな草原だった。
これだけ見ると、地球の草原と変わらないように思えるが、先ほどの話が夢ではなかったのなら、俺は今異世界にいることになる。
「城島さん――聞こえますか?」
神様の声が聞こえた。俺ははいと答える。
「感度良好、おっけーです。いつまでも世話を焼くつもりはありませんが、この世界で生きて行くために最低限のことは教えておかなければなりませんからねーまあ、大抵大丈夫なようにはしておきましたけど……、はい、城島さん、まずは“ステータスウィンドウ”と呟いてみましょう。心の中だけで結構ですよ」
神様に言われた通りに、ステータスウィンドウと呟いてみる。すると、俺の眼の前に半透明の板が現れた。まるでゲームみたいだ。
「そこには様々な“ステータス”が表示されます。今は城島さんだけですが、近くに他の人がいる場合は他の人のステータスも見ることができますよ。これは、この世界の人全てが使用できる能力ですから覚えておいてくださいね」
神様の説明を聞きながら、俺は自分のステータスを見てみる。そこに書かれているのは
体力:Lv.000
魔力:Lv.000
知識:Lv.000
戦闘力:Lv.000
生命力:Lv.000
カリスマ:Lv.000
……
見事に、Lv.000のオンパレードであった。
「神様ああああああああああああああああああああああああああっ!」
「落ち着いてください城島さん」
「落ち着いてられますかあっ!折角ファンタジー世界に転生したというのに!魔法とか剣とか使って色々やりたかったのに!レベル0って!あ、もしかして訓練したらすぐレベルが上がるとかですか?」
「いいえ、城島さんの場合どんなに訓練してもレベルは上がることはありません」
「じゃ、じゃあこの世界の人はみんなレベル0で、レベル1以上が少数派とか」
「確かにレベル0が一番多いですが、どこかの項目ではレベル1以上持っている人が多数派ですね。あと全てレベル0の人は基本的に差別されます。虐められます。虫けらのような扱いをされます。レベル0に人権はありません」
「神様ああああああああああああああああああああああああああっ!」
俺は泣いた。いくらなんでももう少し配慮というものがあっていいだろう。これから先、俺はどうやって生きて行けばいいのか。
「――だから城島さん、話は最後まで聞きなさいってば……それ、カンストですから」
「……はい?」
カンスト。どこかで聞いたような言葉だ。
確か、ゲームのスコアやレベルなどで、例えば3桁しか表示されない場合、999の次が1000と表示すべきところ、000となるような現象だったか。
「そう、その現象が城島さんの全てのレベルにおいて起こっているんです」
「えっと……じゃあ俺の本来のレベルって……」
「全て、Lv.10000が正しいです」
「ふぁっ!?」
思わず変な声が漏れた。
「信じられないなら、試してみましょうか?“ワイルドムーブ、トナリ山脈のふもと”と呟いてください。あ、さっきも言いましたが、これから私が呟いてくださいって言った言葉は、声に出す必要はないです。心の中だけで大丈夫です」
俺は言われた通りに心のなかで呟いた。直後、体がぐにゃりと曲がったような気がした。
「これはとても高位の移動魔法です――」
神様の声もゆがんで聞こえる中、俺の体は“トナリ山脈のふもと”へと移動した。




