第17話 復活
自分が殺したはずの“ゼラー”、ジャヂ。彼が眼の前に立って短剣を構えているのを見て、ミルルルの混乱とパニックにはいっそう拍車がかかった。
しかし驚愕はこれでは終わらない。
「俺も頭領に挨拶をしなきゃな」
「わたしも、頭領には世話になったしね」
「俺もだ、またお会いすることになるとはお互い思いませんでしたがな」
「私も」
「俺も」
覆面をしていた“ゼラー”達が、一人、また一人と覆面を脱いでいく。
出てきた顔は、彼女がかつて不要として処刑した“ゼラー”のものだった。
各自が、短剣を構えてミルルルを取り囲んでくる。
「何でっ――お前たちっ――ボクが殺したっ――」
混乱のあまり、言葉がろくに繋がらない。しかしそんな彼女を無視し、彼らは徐々に輪を狭めて来る。
「わあああああああああああああああああああああああああっ」
ミルルルは闇雲に剣を振り回し――
ぶしゅう
今度は、ジャヂの首が跳ね飛ばされた。
先ほど、ヒカルに完璧にあしらわれたトラウマから、今度もそうなるのではないかと不安があった彼女は、そこで冷静さを取り戻す。
死んだはずの人間が蘇ってきたことも、何がなんだかさっぱりわからないが、一度は自分に無抵抗に殺された相手だ。また殺せばいいだけのこと。そう考えを取りなおし、彼女は“ゼラー”達の輪を崩しにかかる――
「“デスヒール”」
聞いたことのない呪文だった。
しかし、その響きに嫌な予感がした。
たった今切り捨てたジャヂ。その死体をおそるおそる横目で見る。
別れていたはずの首と胴体が、いつの間にか繋がっていた。
そして、彼女の見ている前で、指がぴく、ぴくっと動く。
やがてその動きは腕や足、そして全身に広がり――
再び殺したはずのジャヂが、ゆっくりと立ち上がった。
「やあヒカルさん、また助けていただきましたな」
「なに、これくらいどうってことはない、ほら、みんな死んでも生き返らせてやるから、遠慮なくミルルルに向かって行くんだ!!」
それを聞き、蘇った“ゼラー”達が一層士気を高めミルルルへ向かってくる。
「なんだ……なんなんだよ……」
ミルルルは、憔悴しきった目でそれをぼんやりと眺めた。
一人一人の力量は、ヒカルを除けば大したことはない。
短剣はそれぞれヒカルの持っているものと同等の力があったとしても、それを避けて殺すことなど彼女にとっては造作もないことだろう。
ただ――それは彼らが復活しなければの話。死んでも死んでも生き返って来る人間との戦い方など、剣術の世界にもどこの世界にも存在するわけがない。全てヒカルの手の平の上で、どうしようもないことを叩きつけるように理解させられた気がした。
残された道は、ただ一つ。
「ヒカル!!この借り、ボクは必ず返すからなっ!」
捨て台詞を吐いて、ミルルルは坑道の壁に思いっきり体当たりした。
薄い壁が破れる。そこでできた空洞に転がり込むと、中には細いながらも道が続いていた。
ドワーフならではの採掘力や土との相性を生かし、通常使われている坑道以外にも大小様々な道を彼女は用意していた。いわば緊急避難路的に使えるその道を、一目散に移動する。土中での移動速度は人間の比ではない。それでも彼女は恐怖から、全速力で移動を続けた。
やがて、出口が見える。鉱山の外に出た彼女は、しばらくぶりに見る太陽の光に目を細めた。山中で生活する彼女にとって、本来太陽というものは好きなものではない。しかし今ばかりは、恐るべき謎の“ゼラー”から逃げ切れたことを祝福してくれているように思えた。
「くっそ~……ヒカルめ。いつか必ず復讐してやるからな!」
今はこの鉱山を諦めるしかない。“ゼラー”に鉱山を奪われたとあっては、ドワーフの中で恥さらしになることは避けられず、しばらくは彼女の立場は大幅に低下することだろう。だが、それは今だけの話。いつか必ず、ヒカルの謎を解き弱点を見極めて、再び彼の手から鉱山を取り戻してやる、その思いを忘れないようにも、ここで屈辱を晴らすと一声叫んだのだが――
「くっくっ、そうか、それなら楽しみにしているぜ、ミルルル」
耳元から聞こえてきたヒカルの声に、ミルルルは腰を抜かした。
慌てて左右を見るも、ヒカルの姿はない。しかしそれからしばらくの間、彼女は満足に睡眠を取ることもできなかった。
風魔法を使ってミルルルに最後の脅しをかけ、俺は今回の計画の終わりを感じた。
やってることはいつもの通り、“ゼラー”をゴミのように扱う相手を見つけ、その誇りをへし折ることだ。今回はミルルルが鍛冶のステータスや剣術のステータスにおいて高いものを持っていたため、こちらもそれに対抗して、ミルルルが捨てたクズ鉄から短剣でありながら彼女の“竜の牙”に勝るものを鍛え、剣術においては俺が相手をした。そして、最高位の回復魔法である“デスヒール”、死者すらも生き返らせるというこの魔法を用いて彼女にこれまで殺されてきた“ゼラー”達を蘇らせ、恐怖と敗北感を与えて彼女を追い払った、ということになる。
まあ、当たり前だが完勝と言えば完勝だ。とはいえ、ここで油断するわけにはいかない。
もしも俺がこの場を去れば、残るのはせいぜい強い短剣と、それらを扱うことのできない“ゼラー”のみだ。もしミルルルが仲間のドワーフとともに奪還を図れば、簡単に成功することができるだろう。
だから、俺はまだ理解が追いついていない、一度も殺されていない方の“ゼラー”達に向かって声をかけた。
「おいおい、何をぼうっとしているんだよ。俺たちを虐げてきたドワーフは、この鉱山を気前よく譲ってくれるみたいじゃないか。なら活用しなきゃ大損だ!運用の仕方を勉強しようじゃないか。大丈夫、ずっとここにいた俺達なら、きっとうまくやっていけるさ!」
実際には俺はそこまで長くここにいたわけではないし、ついでに言うといつまでもここにいる気もないのでどの面でそんなことを言うのだということになるが、幸いなことにそこまで頭の回る者もこの場にはおらず、混乱していた皆は俺の声に反応してぼうっとした頭を巡らせ始めたのだった。
生き返らせた方の“ゼラー”達には今後自分達で運営していくことの計画も大まかには話して理解を得ているし、後はオートランドで商会を立ち上げさせたときのように、適度に育成して任せていけばなんとかなるだろう。俺はそう考え、この鉱山を立ち去るまでのスケジュールを脳内で組み立てていった。