第12話 決闘
翌日、早速決闘の場は用意された。
「さあ、おのおの準備はよいか?」
立会人を務めるのは村長のリフレミン。果たして公正な立会人を務めることができるのか疑問に思いながら、俺はシャラムンとの決闘に臨んだ。まあ、不公正な立会人にも納得できるような結果を見せてやればいいだけのことだ。
森の中の開けた草原に、俺とシャラムンが向かい合う。見守るのは村のエルフ達、その中には勿論ヤーシェハマンも含まれていた。
「お兄様!私は何も聞いておりません!どうして景品のような扱いをされねばならぬのですか!?」
今日になって村中に知れ渡った決闘の内容は、シャラムンが勝てば俺は所持している魔導石をシャラムンに渡す、俺が勝てばシャラムンはヤーシェハマンに対する兄としての保護監督権を俺に譲り、俺を自由にするというものだ。エルフの中ではまだ未成年であるヤーシェハマンに対するシャラムンの保護監督権は大きく、移動の自由、婚姻の自由等を管理している。平たく言えば俺が勝てばヤーシェハマンを嫁にして連れて行っても文句は言われないということだ。当然ながらヤーシェハマンに取っては気分のよいものではなかったようで、シャラムンは妹からの非難に少し気まずそうな顔をした。
「――我が妹よ、勝つと分かっている決闘に何を賭けようと、所詮は蜃気楼に映る木のようなものだ」
「そういう問題ではございません!」
なおも食い下がるヤーシェハマンに、シャラムンは面倒くさそうに応じる。自分が勝つと信じ切っているからそのような態度を取れるのだろうが、それにしても本当に彼は“ゼラー”を舐めきっている。
「大した自身だな、シャラムン」
俺の問いかけに、シャラムンは馬鹿にしたように笑った。
「ふん、一度成功した手品が二度と使えるとは思わないことだ。お前のタネが魔導石だと分かった今、怖いものなど一つもない。これまでコケにしてくれた分も含めて、たっぷりお返ししてやるぞ」
どうやら、魔導石対策をしっかりと済ませてきたようだ。
魔導石には確かにいくつか弱点もある。魔導石の起動を狂わせる妨害魔法や、魔導石の効果を減衰させる場の構築など、シャラムンほどの魔法の使い手ならば一日あれば方法を考えることは容易いだろう。それならば決闘など受けずに、その用意をしてから捕らえられている俺のところに来ればいいのにそれをせず、軽々しく決闘を受けてしまうのが彼の“ゼラー”を馬鹿にしているところだ。
――もちろん、そのツケはこれからしっかりと払ってもらう。
「それでは、これよりエルフのシャラムンと、“ゼラー”ヒカルによる決闘を行う!!」
リフレミンは決闘開始の掛け声を上げた。即座に俺とシャラムンは動く。
「ふん、手品はこれで終わりだ!」
言いながら、シャラムンは魔法を起動する。この世界の魔法は基本的に無詠唱――呪文を唱えないタイプの魔法だ。正確には、心の中で呪文を唱えるだけでよい。これに、周囲に触媒となる物質を用意したり、魔法陣と呼ばれる特殊な図形を描くなどの要素を加えることもある。俺はもともとのレベルが高すぎるせいでそういうことをしなくても大抵望んだことはできるが。
さて、無詠唱ということは本来、相手が何をやってくるかを考えることも決闘の重要な要素となる。また相手の読みを外すようなフェイントを組み合わせるような戦術も考えられる――が、これもまた、俺には無意味。なぜなら、俺には相手の魔法を解析することができるからだ。
というわけで、シャラムンの魔導石封じの手段を俺は素早く解析する。
結果は――魔法陣!
決闘会場の草原に、水を染み込ませて魔導石の効果を防ぐ魔法陣が描かれていた。また、雨垂れ石を穿つと言うように、“水”自体が“石”に対して相性がいいこともあり、魔導石に対して二重の防御をかけている。実戦では使いづらい手段だが、あらかじめどこで決闘を行うかは分かっていたことなので昨夜一生懸命魔法陣を描いたのだろう。
「さあ、魔導石を使ってみろ!」
挑発するように、シャラムンが叫ぶ。
「――っ!何だこれはっ!」
俺はさも相手の術中にはまったかのような声を上げた。実際にはそもそも魔導石なんて使っていないから意味はないのだが。
それを見て、シャラムンは満足げに笑う。
「さあ、今度こそ吾輩の魔法を食らえ!」
魔法が飛んでくる。幸い、距離があるので俺はかろうじてよける。魔法は、使わない。
今回、俺はあくまで“魔導石を使う‘ゼラー’”という風を崩さない。実は魔法が使えるとあっては、シャラムンに勝っても彼の絶望は半減するかもしれないからだ。故に、このままでは俺は分かりやすい魔法を使えない――
「ちょこまかと!!魔導石を防がれた時点で貴様の負けは確定だ!おとなしく吾輩の魔法を受けるがいい!」
「誰が負けを認めるか!俺はまだ動けるぞ!」
叫び合う間も、次々と魔法が飛んでくる。視認することはできないタイプの魔法だが、俺は“直感”、“体術”や“反射神経”Lv10000を用いて紙一重のところで避ける。周囲の人間には、運よくかわし切っているとしか見えないはずだ。
「減らず口を!いつまでも持つものか!」
怒りに震えながらもLv012は伊達ではなく、魔法を放つのには冷静そのものだ。いつまでもかわし続けるのは至難の業である――しかし、俺はただ単にかわしているわけではない。反撃への準備は、徐々に整えられてきていた。
草原の上を縦横無尽に駆け巡る俺に、シャラムンは魔法を延々と撃ち続ける。俺は時に転がり、時に飛び跳ねながらもそれらから逃れていた。そして――遂にその時が来る。俺は、それを全身で感じ――
「いいかげんに、これで終わりだ――!!」
シャラムンが放つ渾身の魔法。俺の逃げ道を完全に防ぎ、周囲で誰もが俺の敗北を確信した――はずだった。
「――終わるのは、お前だ。シャラムン」
だからこそ、魔法が効かず立っている俺を見て――周囲の空気が変わる。
「な――、」
シャラムンは驚きのあまり息ができないようだった。無理もない、完全に準備を済ませてきたはずだったのが、使えないはずの魔導石を使われてしまっているのだから。
「残念だったな、シャラムン。あんたの魔法陣は無効化された」
「――っ!なぜ吾輩の対抗手段が魔法陣だとわかった!それに無効化したなどと、“ゼラー”が何をぬかすか、あり得ん!」
「まあ一個ずつ説明しようじゃないか。まず、あんたが魔法陣を組んだことについてだが、手品ってのはタネを見破られてからのことも考えておくもんだろう?俺は魔導石に対抗する手段ってのもきちんと勉強しておいたのさ。そのなかで、あんたが使ってそうなものを戦いの最中に絞り込み、魔法陣に行きついたってわけだ。あとは何を使って描いたかだが、草原の広範囲に渡って魔導石が使えなくなっていたことを踏まえると、草原自身に描かれている可能性が高い。しかし、足もとを見ても何もわからなかった――ということは、水を用いて草原に染み込ませるように魔法陣を描いたと考えるのが現実的だろう」
シャラムンは悔しそうに俺を睨みつけている。自分が立てた作戦がまさか戦闘中に“ゼラー”に見破られるとは思ってもみなかったのだろう。もちろん、これは俺が後で作ったでっち上げの解説なのだが。
「さて、魔法陣の作り方が分かればあとはそれを破る方法を考えるだけだ。水ってのはシンプル過ぎて逆に破りにくい。地中まで染み込んでしまっているしな。しかし――逆に言えば、何か液体を更にかけて、染み込んでいるものが“水じゃない”ような場所がどこかに出来れば、魔法陣は機能を失う――」
「だが、貴様は液体なんて持っていなかったはずだ!」
「持っていない?生き物ならだれでも、体の中に大量の液体を持っているじゃないか」
そう言って、俺は――ぐちゃぐちゃに濡れた自分のズボンを、シャラムンに見せた。
しばし――あっけにとられるシャラムン。
「き、貴様――誇りというものがないのか!?」
ようやく口から捻りだしたのは、悲鳴のような問いだった。まさか漏らして勝利を取りにいくような相手に、今まで出会ったことなどなかったのだろう。
「おいおい、変なことを聞くねぇ」
しかし俺は、その問に対してにやりと笑った。
「“ゼラー”など畜生も同然、だろ?ションベン漏らして何がおかしい」
「糞があああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」
怒りに震えるシャラムンが再び魔法を放つ。しかし、その魔法はもはや俺に対して何の効力も持たない。全てキャンセルされて、押し戻される。
「そういえば、まだ俺の魔導石を見せていなかったな」
俺はそう言って、このために作り上げたダミーの魔導石をシャラムンに見せた。
Lv10000の俺が全力で作成した魔導石の効果は、10000の平方根――すなわち、Lv100程度の魔力を放てる、世界で唯一の特注品。
それを見て、シャラムンは自分が何と戦っていたのか始めて理解した。
「――あり、えん……」
愕然と、それだけ呟くシャラムンに対して――俺は、シャラムンがこれまで俺に浴びせようとし続けてきた魔法を、撃ち放った。