終章 レベル0に見えますが実はカンストしてるんです
どこかの国の、どこかの街の、どこかの店で。
「そんな――この店のやり方は、“ゼラー人権宣言”に反してますっ」
「そうよ、いったいどういうつもりなのかしら」
まだ十代くらいの兄妹が、上役らしき男に文句を付ける。だが、その男はひらひらと手を振った。
「“ゼラー人権宣言”だかなんだか知らんが、俺の若い頃は“ゼラー”なんてもっと酷い扱いを受けてたもんだ。とりあえず寝床があるだけでも、貴様ら“ゼラー”にとってはありがたいと思ってもらいたいね」
「家畜扱いが奴隷扱いに変わったことを、自慢げに言われても……」
「ええ、今までの人達がこんな扱いに満足していたとは思えないわ」
しばらく前に、ジーシカ王国が中心となって採択された“ゼラー人権宣言”。
各国の首脳に加え、ドワーフやエルフの若き指導者も、それに共鳴した。“ゼラー”とて一人の人間であることは間違いなく、最低限人としての尊厳を保障されなければならないという崇高なその精神は、しかし末端に行きわたるにはまだまだ時間がかかる。
仮に、弱者を守るための仕組みができたとしても、その仕組みが十全に動くとは、まったくもって限らない。この兄妹も、その父親からそのことはよく聞いていた。
だから、自分達がやる。
仕組みが働いていないところに行っては、それを守らないほうがかえってリスクを伴うことを、結果にして証明する。
「ええい、ごちゃごちゃうるせえな!!お前たち、このチビどもをつまみだせ!どこか折ってしまっても構わん!」
痺れを切らした上役が、後ろに控えさせているごろつきのような男達に指示を出す。彼らは、待ってましたとばかりに下品な笑いを浮かべながら少年と少女ににじり寄り――
一瞬で、返り討ちにあった。
屈強な男達が、泡を吹いて倒れ伏している様を、上役の男は何が起こったのか分からないような表情で見る。次第にその顔が、恐怖に青ざめていった。
「馬鹿な……なんで……」
「うーん、Lv000に見えるのは、実は表示桁数オーバーで本当はLv5000だ……なんて言ってもよくわからないよね?」
「くすくす、そうね……私のヘルネお母様だって、きちんと意味を理解しているわけではなさそうだと言うのに……」
「僕のミエラ母さんくらい、“算術”レベルが高くないとなあ。“この世界の人々は、4桁以上の数に対する認識力が弱い。だからLv999以降のカンストの理論が守られる”だっけ。父さんが言ってたの」
倒れている男達のことなど、気にも留めないような二人の会話を聞いて、男は心底震えていく。意味はあまり分からないが、目の前にいる二人がなにやら異常な力を持っていることはわかった。
「ば、化物――」
「いやだなあ、化物じゃなくて人間ですよ。ただ、ちょっと“ゼラー”の扱いが酷い所には、お願いに行くことにしているだけなんです」
「“ゼラー人権宣言”もあることだし、もう少しちゃんと労働条件を考えていただけないですか、ってね?ねえ、どうかしら?ちゃんと考えていただけるならば、私達もこれ以上手出しはしないわ」
「勿論、また酷いことをやってるなんて噂を聞いたら、僕達は何度でもやって来ますけどね。例え世界中のどこに居ても」
「心配しなくても、私達は誰かを守るためにしか力を使わない――貴方が、守られるべき者を作りださない限り、貴方の何かが奪われる心配は無用になるわ」
淡々と迫る二人に、男はたまらず、叫ぶように同意した。
「わかった!わかった!例え“ゼラー”であっても、他の奴らと同じように扱う!だから許してくれえええええええ!!!!!!!!」
それを聞いて、二人は満足そうに頷いた。ようやく脅威が去ったことを悟った男が、脱力しながら小さく呟く。
「まったく……なんなんだよお前ら……“ゼラー”じゃねえのかよ……」
それを聞いて、妹の方が微笑みながら口を開いた。
「そうね、実は私達――」
そして、母親の違う兄妹は、声を揃えて言う。
「「レベル0に見えますが、実はカンストしてるんです!」」
これにて、“レベル0に見えますが実はカンストしてるんです”は終了です。もし、新しい構想が生じたら続きを書く可能性もゼロとは言いません。けれども、少なくともしばらくの間はこの物語に幕を閉じることといたしましょう。
皆様、ここまでお読みいただいてありがとうございました。
なお、短編集を別個に作りました(http://ncode.syosetu.com/n2584dp/)。短編の構想ができた場合は、本編ではなく短編集の方に新作を公開いたします。こちらもよろしくお願いいたします。
また、長編の方は新作“魔紋のみあるレベル0”を開始いたしました(http://ncode.syosetu.com/n2444dp/)。まったく違う世界で繰り広げられる、もう一つの“レベル0”の物語も是非よろしくお願いいたします。