第97話 最後の切り札
ヒックスが二人を連れて行った宿の前には、戦い合った跡のようなものだけが残っていた。それを見たヒックスとユリィは戦いの跡らしきところを辿って行ったのだが、どうやら途中で別のものを戦いの跡だと勘違いしてしまったらしく、全然見当違いの方向へと進んでいた。行けども行けども誰とも出会えず、一度戻ってみようと話し合った二人がようやく見つけたのは――メヒーシカを拘束したゼラード商会の仲間達と、今にも彼女を切り捨てようとする城島ヒカルその人であった。
「待って――待ってください!」
「お姉様、お待ちください!!」
ヒックスとユリィの急な乱入に、一同は呆気に取られたような顔をする。それは、拘束されているメヒーシカにしても同じだった。
「貴方達――どうしてここに来たんですか?」
「おねーさん達と、俺達の仲間がトラブってるみたいだから、心配して来たんだよ!」
「俺達の、仲間……ですか」
それを聞いて、メヒーシカはどこかぽかんとしたような、気の抜けたような表情をした。
「貴方のような少年も――この男を、城島ヒカルを仲間と言うんですね――」
ヒックスに語りかけているようで、その実、独り言のように小さく、向かうところのないような声だった。だが、ヒックスの勘はここを逃してはいけないと告げていた。メヒーシカの命は首の皮一枚つながったものの、先程までの緊迫した様子を思えばいつ彼女の首が飛ばされても不思議はない。だから彼は、何が起こっているのか分からないまでもとにかく言葉を続ける。
「そうだよ、俺はこの人と直接喋ったことも関わったこともほとんどない、けれど、その人に助けられて、泥沼みたいな人生を変えてもらった人を知ってる。そして、その助けられた人に――更に助けられて、やっぱりクソみたいな人生だったのが変わった奴はもっといっぱいいるし、その中の一人が俺だ。だからおねーさんが俺の仲間と戦って、殺し合うなんて、絶対にしてほしくなかった。なかったのに……おねーさんも、ゼラード商会の人達も、どっちも大切なのに……」
最後まで言葉は続けられなかった。気持ちばかり溢れて来て、それを表す言葉が思い浮かばない。メヒーシカは、それをぼんやりと眺めながらぶつぶつと独り言を呟いていた。
「本当に……ああ、なんなんですかね……もっと孤立した、どうしようもない奴だと思っていたんですけど――ジーシカでも、仲間に見限られるどころか、命懸けで守ってもらうし――途中、追いついたと思っても、すんでのところで助太刀が入るし……そして最後はこっちがこのざま、ですか。城島ヒカル……もしも本当に、それに足る人物だというのなら――」
焦点の合わないような目で、ぶつぶつとしばらく何かを呟いたメヒーシカは、やがてその瞳に生気を戻すと、視線をヒカルへと合わせた。
「城島ヒカル――私の話を聞きませんか?お互いに手出しができなくなるような、落とし所をこれから提案します」
その言葉を、ヤティがヒカルに訳す。ヒカルはそれを聞いてにやりと笑った。
「『期待できそうなことを言ってくれるじゃないか魔法使い。いいぜ、話せよ』」
「今から――私が、貴方に力を返します。その上で、その力を貴方がこれから、無制限に利用できない理由を説明しましょう。
「私は――ここに来る途中のあらゆる街で、出会った魔法使いに片っ端から、貴方に対する対策を伝授しました。正確には、レベルがゼロであるにも関わらず、何故か異様な力を持っている者に対する対策です。つまりは――今私が貴方に対して使った魔法の使い方を、他の多くの魔法使いにも伝えたということです。ジーシカの魔法使いにも、オートランドの魔法使いにも、ティエルヤドーの魔法使いにも……彼らにはその話をさらに拡散して欲しいとも伝えてあります。
「これがどういうことかお分かりですか?そう、貴方が力を回復しても、もしまた目立つようなことをすれば、何度だって今回と似たようなことが起こるということです。そして――今回と同じように、下手人を特定できるかも分からない、追いつめられるかも分からない。下手をしたら、永遠に力を失うハメになるかもしれない。貴方がそういう目に遭いたくなければ、力を使う範囲を自衛のため程度に限定することです。今回みたいにおおっぴらに世界を侵略するようなことをしない限りは、充分目立たないことでしょう。
「当然、私を殺す意味もなくなります。他の誰が貴方を狙うかも分からないのですから。
「本来ならば私が殺されて終わりにしようかと思っていましたが――ヒックスの話を聞いて、私にも死ぬなと言ってくれた人がいるのを思い出しましたし、貴方に理が通じるかもしれないと、僅かながら思えてきました。まあ、後はミルルルくらいは生き返らせて欲しいところですね――さあ、以上で私の最後の切り札はお終いです。城島ヒカル――どうしますか?」
メヒーシカの言葉が、ヤティによって全て訳されてヒカルに伝えられる。それを聞き終えた彼は、一つ大きく息を吸って――そして答えた。
「『提案に乗ろう魔法使い。俺は今後、誰かを守るためだけに力を使う。それすらもお前が嫌うというならば――あとは守られるべき人が、俺に守られる前に誰かに守られるような仕組みを、お前たちで作ればいい』」