第94話 対面
初めて、ちゃんと顔を見た気がする。
俺達をずっと追って、ずっと苦しめて来た魔法使いは、どこにでもいるような、俺と同じくらいの年の女性だった。
美人とは違うが、どことなく抜けているように見えるところに、先入観なく会っていれば可愛らしさなんてものを感じていた可能性もあるような――そんな雰囲気は、しかし。
まったくもって当てにならないことを、他ならぬ俺自身が知っている。
「『まったく――なんで、なんでここに来れるんですかねえ……』」
ヤティが訳してくれた彼女の言葉は、驚愕と、それから呆れを伴った感情を伺わせた。それに対する答えは俺だって、本当のところは分かっちゃいない。だけど、窮地に陥った俺は、かつて大蛇狩りを手伝った少女に助けられた。最初は深い仲になんてなるつもりのなかった二人の女性は、俺と一緒に命を懸けてくれた。同じ部屋に押し込められたというだけの縁だった元“ゼラー”達は、そこから救った貸しをそれ以上にして返してくれた。
俺だから分からなかったのか。
俺だけが分からなかったのか。
気付けばたくさんの人に守られ、助けられ――そして俺はここまで来れた。
最悪を越えて、なお俺は今、ここで立って戦いに臨んでいる。
そんなことを全て伝える術を俺は持たない。代わりに――俺は先程倒したミルルルの剣を、魔法使いに見えるように掲げる。俺がここにいるだけで何よりの証明にはなるだろうが、念のために彼女にはしっかりとそれを見せてやった。
「『魔導石に不意を討たれましたか……』」
溜息を吐くあたり、俺達の策もどうやらばれているらしかった。ちらりと視線をずらすと、倒れているミエラが視界に入ってくる。彼女の安否は――今は考えない。何故なら、力を取り戻したら死んでいても生き返らせることができるから。
俺は、魔法使いに向き合う。
「俺の力を返してくれないか?そうすれば身の安全は保障しよう」
ヤティの訳を聞いた彼女は少し何かを悩む素振りをしたが、すぐに首を振った。
「『それで貴方が約束を守る保障もないですし、過ぎた力を振り回すような人間にその力を返すことは私にはできませんね』」
「あれはやり過ぎたと反省してるよ」
「『一国どころか世界規模のことをやらかしておいて、反省しているの一言で済まそうとするあたりが理屈の通じない化物だって言ってるんです!』」
ヤティの訳を通してだが、表情や口調で彼女の怒り狂ったかのような気分が伝わってくる。
「どうしても譲る気にはなれないか?ミルルルを倒した今、流れは俺達にある。譲ってくれないなら、このままお前を殺して最後は息の根を止めることになる」
「『ところがどっこい、私を殺したら貴方の力は二度と戻って来ません、そういう魔法になっています』」
「ハッタリだ。かけた魔法の効果は術者の死亡によって解かれる。力を戻してくれないなら、俺はお前を殺す」
「『それで力が一生戻って来ないと知って後悔すればいいと思いますけどね、まあもっとも――そもそも貴方達が私に勝てるというのがっ
ヤティが訳し終わる前に、魔法使いはいきなり炎魔法を放った。
どうやらスポーツマンシップに則るつもりはないらしい。俺とヤティはそれぞれ両脇に飛んで回避する。ヘルネ達三人も俺たちの側に来て、五対一の陣形ができた。
「『言葉も通じないのに連携しようなんて無茶もいいところですねえ!それともいちいち通訳してこちらにも作戦を筒抜けにしてくれるんですか?』」
その内容をヤティが訳してくれることがなんとも言えない皮肉を醸し出しているが、まあ彼女の言うことは理にかなっている。
だけどそれでも、俺達が負けるとは限らない。
「いくぞみんな!あいつを倒して、ミエラを助ける!」
俺の号令はヤティが訳さずとも、その気持ちを全員に共有させた。
そして俺達は魔法使いに突撃する。