第93話 死闘
攻防は一進一退に見えつつも、ミエラのハッタリを失ったヘルネ達が徐々に押されていた。メヒーシカにとっては、相手からの飛び道具をほぼ警戒しなくてよくなったのが大きい。相手の主要な攻撃方法は皆近距離で行うものであるが、距離を詰めたときに魔法の反撃を食らえば受けるダメージも大きくなる。結果、よほどのことがない限り近づけなくなるのだが、距離が空いていても魔法ならばチャンスがあるのに対して、“短剣術”や“格闘術”などでは完全に攻撃方法を防がれてしまうことになる。
三対一の数の差は、意味をなさない。メヒーシカにとっては、時間さえかければ負けのない戦い。
ただし、万一ミルルルが魔導石に対する油断から破れてしまっていた場合、城島ヒカルがまた逃亡しないとも限らない。ここまでやってきたことを無駄にしないためにも、メヒーシカもまた、ここで決めてしまいたかった。
だから決着を急ぐ。搦め手でも罠でも使って、残りの三人を一刻も早く倒したい。
「さあさあ――お仲間は虫の息ですよぉ……放っておいてもいいんですかねぇ。それに、城島ヒカルの所に魔導石を置いておくという度胸は大したものですが、ミルルルがそれを見破っていたら、今頃は彼の命もないでしょうねえ……本当に、うまくいくと思ってるんですか?相手はあのミルルルですよ?強さの程はよく知っていますよね――」
囁くように、脅かすように、叫ぶように……声色を変えながら、三人の敵の心理をメヒーシカは揺さぶっていく。魔法使いのする戦いではないと思うのだが、この際贅沢は言っていられない。
「黙りんさい。そうそうヒカル殿が負けるものか」
“格闘術”Lv010の老人が口を開く。
「貴方は他の二人と違ってミルルルと戦ったことがないですからねぇ……無知とは幸せですが、それに縋るのは愚か者のすることですよ?」
「じゃああんたは、ヒカル殿の何を知っておると言うのかね?」
そう返されて、メヒーシカは次の言葉をうまく選べなかった。
城島ヒカルの何を知っている。確かに彼の力の強さは知っているし、それなのに何故“ゼラー”に見えるのかの理屈も分かっている。けれど、個人としての城島ヒカルという人間については、あのジーシカの首脳会議で見た姿しか知りえなかった。
「……横暴で、傲慢、その上あってはならないような強い力を持っている存在。この世に生かしてはおけない男――それがあの男、城島ヒカルです!!」
そう叫ぶメヒーシカだが、それには三人とも心を乱さない。ヘルネが、静かに口を開く。
「――確かに、ヒカルにはそんな一面がなかったとも言えない。特に貴女の知っている頃のヒカルは私達でも少し心配になるような部分もあったから――でも……」
「それだけで城島ヒカルを知ったような気になって、ここまで命を狙って来たなら、貴女だってやっぱり無知な愚か者だ!」
言葉を突いだ少女が、“短剣術”の才を全て注ぎ込むかのような突きを繰り出してくる。
「性懲りもなくっ!!」
メヒーシカは炎を放つと、さすがに少女は体を捻りながらそれをかわす。しかしその後ろから、炎魔法の軌道に入らない形でヘルネが迫ってきた、手に持つナイフを見るやメヒーシカはそこにピンポイントで石つぶてを放ち、彼女の手からナイフを取りこぼさせる。
――と、いつの間にか“格闘術”Lv010の老人がいなくなっていることに気づいた。慌てて周囲を見ようとするメヒーシカが振り返った瞬間、目の前に迫るその男。そのまま肩を掴まれ、地面に組みふせられそうになる。炎魔法では炎が自分にも移ってしまうと考えたメヒーシカは、咄嗟に水魔法を放ち水圧で吹き飛ばした。
反動で自分も逆に飛び、短剣使いの少女がそこをすかさず斬りかかる。しかしそのまま水魔法を二連発し、彼女とヘルネも後退させた。そこで距離を取られてはまた均衡状態に戻ってしまう。今度は逆にメヒーシカが続けて距離を詰めて、土魔法で石つぶてを飛ばす。避け切れないものを短剣やナイフで防ごうとして、二人の動きが一瞬止まった。
「もらった――!」
メヒーシカは、そこで炎魔法を撃とうとし――
――自分のものではない、焦げるような臭いに慌てて体を捻った。
さっきまで首があった所を炎の蛇が飛んでいく。放たれた方に顔を向けると、ずっと追い求めていた敵の姿があった。
「城島……ヒカル……」
ヒカルは何か言うが、それはメヒーシカの知る言葉ではない。代わりに、ヒカルの側に控える少年がその言葉を訳す。
「また会えて嬉しいってよ、魔法使い」