第91話 囮
メヒーシカは冷静になろうとしながら、でもほんの少しの苛立ちを抑えられず、小さく舌打ちをして周りを囲む四人を睨んだ。
“格闘術”、“短剣術”、マルチタイプに魔導石。路上だったり、近くの建物の屋根の上だったり、様々な場所から、じっとメヒーシカを見つめて来る四人。
正面から向かって来てくれればメヒーシカにとって負けるはずのない戦いなのだが、相手もそれは分かっているのかなかなか近接して攻撃を放ってはこない。遠巻きにしてこちらの行動を待たれている。かといっていっそミルルルを追おうと、移動の態勢に入れば格闘術使いの老人や短剣使いの少女に回りこまれたり、後ろから攻撃されそうになる。それを魔法で防ぐと、また蜘蛛の子を散らすようにぱっと逃げられるのだ。時間をかけてこちらの消耗を狙っているのか、魔法を警戒しているのか。魔導石使いのミエラに至っては一度も魔法を使っていないありさまだ。
「ああもう――貴女たち、イライラさせてくれますね……城島ヒカルの力を取り戻したいんでしょう?私を捕らえて秘密を吐き出させないと、彼の力は戻ってきませんよ?」
挑発をするも、誰も乗って来ない。ただ遠巻きに彼女を観察してくる。腹が立って土魔法で石つぶてを撒き散らしたが、皆充分な間合いを取っているため誰も傷つかなかった。
そしてそんな派手なことをすると周囲の民家から人が顔を出す。ここはオートランド、住民を味方につける道具はメヒーシカは何も持っておらず、逆にヘルネ達は顔見知りのいる可能性もある。人質にできればいいが、相手の戦力が増えれば敵わない。だからまたメヒーシカは駆けて場所を変える。四人はぴったりとそれに付いて来る。
しばらくそんな風にオートランドの路上で小競り合いを続けていたメヒーシカは妙なことに気が付いた。四人のうち、ミエラの疲労が激しいように見える。何度目かの土魔法に当たったのか、血も出ているようだ。よく考えれば四人の内で身体能力が一番低そうなのが彼女なので不思議はないのだが、何か気になった。
――そう言えば、ミエラはまだ魔導石を一度も使っていない。
他の三人については、短剣で切りかかってきたり、組みふせられそうになったりしたが、ミエラの魔法は一度も使われていない。メヒーシカ自身魔法使いであり、お互い相手の間合いに入っていないからかと思ったが、それにしても一度も魔法を使わないなんてことがあるだろうか。
「使わない……使えない?」
油断なく相手を睨みつけながら、メヒーシカは思ったことをそのまま口に出す。魔導石を持った人間が魔法を使えないとはどういうときか……否、そもそも魔導石を持っていないとしたら?
「ミエラは囮で、本当の魔導石はゼラード商会にある……?ミルルルを迎え撃つための作戦……?」
こんな決戦の場で、リスクの高い行為にも見える。だいたい、あの短剣使いの少女と最初に出会ったときに、他にも腕利きの男達がいたではないか。あの男達がゼラード商会を守っているに決まっている。それなら自分達に対する攻撃に魔導石も導入した方が効果的ではないか。
そう思うのに、何故だかメヒーシカはその考えが頭から離れなかった。例えば。短剣使いはゼラード商会の一員だったとして、他の男達は交易相手だったら?今いるとは限らない。予想以上にゼラード商会の戦力は少なくて、魔導石は置いて来ざるを得なかったとしたら?そこに小さな罠を仕掛けていたとしたら?
ミルルルは強い。短剣使いと一緒にいた男達くらいなら、何人いても相手にならないだろうが心理の穴を突かれるとなれば話は別だ。よりにもよってヒカルが力を失ったことは自分が明かしてしまっている。
なさそうでありそうなその可能性が、メヒーシカの頭を離さない。真偽を確かめるには、リスクが伴うが――
「ここのところずっと裏目ってますからねえ!たまには直感に従ってみましょうか!」
メヒーシカは腹を決めて、ミエラに突進した。
その反応に、ミエラは焦ったような顔をする。ここまではむしろ、ミエラが飛びこんできたら彼女の魔導石の間合いからメヒーシカは逃げていたので、それも当然だ。
そのまま火魔法を放つ。ミエラが魔導石を持っているなら自分も水魔法を撃って相殺しながら回避するところだが――果たして、彼女は魔法を撃たず、すぐさま回避行動に入った。
「そこはハッタリですね!!よくもまあ散々丸腰で誤魔化してくれたものです!」
あ、という顔をミエラがしたときにはもう遅い。メヒーシカは疑惑を確信に変えた。そのまま勢いに任せて魔法を次々と放つ。他の三人がミエラの援護に回ったが、それでも数発は防ぎきれず避け切れず、ミエラに重傷を与えた。
ミエラが苦痛の叫び声を上げる。その様子に、残りの三人がショックを受けるのも分かった。彼女が囮なのは皆承知の上で、だからこそ守ろうとしてきただけに出し抜かれた衝撃は大きいだろう。そこを好機と見て、メヒーシカは一気に攻めに転じた。