第10話 “ゼラー”人体実験
「おい、起きろ!」
シャラムンに乱暴に起こされる。
「ふえ……檻!?なんで俺を閉じ込めるんだ!!」
いやまあ理由は知っているのだが、こうでもしないと不審がられる。この手の芝居はお手の物だ。
「お前たち“ゼラー”など畜生も同然、こうやって閉じ込めて何が悪いというんだ?」
シャラムンがにやりと笑う。かなり感じ悪い。その笑顔、後でお返ししてやるから楽しみにしておけよ、と心の中で呟く。
「でもっ!昨日は――」
「あれがお前の人間らしい最後の生活ということだ!あんないい思いをさせてやったのだからもう未練はあるまい、大人しく吾輩の実験材料になるがいい!!」
エルフで超美形のくせに一人称“吾輩”かよ。と思いながら、俺はステータスウィンドウを確認する。“魔力”Lv012。かなりの使い手だ。長寿のエルフ体質と、天性の才能の両方がもたらした結果だろう。
「さあ始めるぞ。まずは傷を付けずに痛覚を痛めつける魔法の実験だ!」
言うが早いが、シャラムンは自作の魔法を俺に放ってくる。解析したところ、彼の言った効果のある魔法のようだった。拷問や戦闘など、用途は事欠かないだろう。当然、まともに食らいたい類の魔法ではないのでこっちの魔力でこっそりキャンセル。完全に逆位相の魔法をぶつけて打ち消した。
「――なに?効いていないのか?」
涼しい顔をする俺を怪訝そうに見つめるシャラムン。自分の魔法が打ち消されたという可能性は考えないらしい。まあオリジナル魔法を初見で看破し完全な逆位相魔法をぶつけるなどこの世界の常識では考えられない芸当だ。まして“ゼラー”には。本当は魔力Lv10000だからできちゃうんだけど。
「理論は完璧だったはずなのに……どこで間違えたか……準備に使った触媒がおかしいのか……それとも念じる内容を間違えたのか……」
ぶつぶつと自分の理論を確認するシャラムン。残念ながら実は間違っていなかったので、その反省には何の意味もない。ざまあみろである。
「――っ!貴様なんだその顔は!!」
どうやら俺は無意識ににやにやしていたらしい。シャラムンが怒りの形相で雷魔法を放ってくる。今度はよく知られた一般的な魔法だったので、俺は敢えて打ち消さずにその身で受け止めた。
「あばばばべべべべべべべべばばばばべべべべべべべべべべべ、もうじわげござじばぜん……ぼびゅるじぐだざび……」
さも哀れな“ゼラー”のように、申し訳ございません、お許しくださいと哀願する。実際は痛覚を刺激する前に回復魔法で回復しているのだが。
「……普通の魔法はちゃんと効くのか、やはりこの“ゼラー”に問題があるのではなく吾輩の理論に穴が……」
そして俺の目論見通り、シャラムンは自分が魔法の構築を間違えたのだと勘違いして、その場を去って行った。
建前上ぐったりしていると、一人のエルフが俺の元を訪れた。
「……だからあのとき大人しく帰ればよかったものを」
ヤーシェハマンである。昨日村人達を見ていてわかったのだが、彼女はエルフの中でも特に美人だ。
「ほら、ここから出してやる。今度こそ逃げろ」
「――っ、そんなものいらねーよ!俺に構わないでくれ!」
「強がってる場合か!このままなら死ぬぞ!お兄様やお父様によって、これ以上無辜の命が散らされるのを私は見てはおれん!」
別に強がっているわけではなく、ここでヤーシェハマンに助けられてしまっては当初の計画が台無しだ。俺は必死で抵抗する。
「あんたの助けなんか要らない!俺は人にそうやって施しを受けるのが一番嫌いなんだ!」
これは半分本当。だけどヤーシェハマンには通じない。
「それならここに来た理由はなんだ。助けを求めて来たと言ったではないか!」
そう言えばそんなことを言っていた気がする。あまり適当な嘘ばかりつくものではない。
「今は助けなんて不要なんだよ、俺にぶちのめされたくなけりゃ、いいから帰ってくれ!」
「――っ!“ゼラー”にここまでコケにされたのは生まれて初めてだ!そういう了見ならもう知らぬ!死んでも気にしないからな!」
そう言って、ヤーシェハマンは俺が捕えられている檻の前から去った。
俺はふう、とため息を吐く。どこの世界にもお節介焼きはいるものだ。俺を逃がせば自分は責任を問われることくらいわかっているだろうに。彼女もミエラと同じように、自分が犠牲になってでも他人を助けたいと願う人間なのだろうか。だとしたら、俺の嫌いな類の人間だ。
他人を助けるなら、自分が楽しめるやり方で。俺のモットーは、なかなか相容れない人も多い。