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レベル0に見えますが実はカンストしてるんです  作者: 酢酸 玉子
第9章 オートランドに集う
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第89話 ミルルル

 ミルルルは建物の中を手当たり次第に探って行く。無人に見える建物の中にも、よくよく神経を研ぎ澄ませれば人の気配があった。怪しげな部屋を開けると、ときにその中から武器を持った相手が突進してくることもあった。

 だが、皆それぞれ戦闘系のステータスが皆無。剣を抜くまでもなく、蹴り飛ばすだけで動けなくなった。


「あんな奴らまで駆り出すなんて、向こうに全て賭けてたのか……それにしても城島ヒカル、仲間を差し出しておいて、自分だけ高みの見物というのはキミの性格に合っているのかい?」


 聞こえているかも分からない独り言で、彼女はヒカルに語りかける。城島ヒカルという人間のことをよく知っているわけではないが、ここまでされて黙って震えているような奴があの城島ヒカルだったとすればやや失望してしまう。一応、攻撃を仕掛けてきた相手は蹴り飛ばしただけで殺してはいないので、いざとなれば人質にしてヒカルをおびき出す策も考えねばならないが、彼女の趣味ではない。できれば逃げも隠れもしないでいて欲しい――と、そんな思いが通じたわけではないだろうが、次に彼女が人の気配を感じた部屋に――城島ヒカルがいた。


 ミルルルの宿敵は、ただ、まっすぐ扉を向いて立っている。その隣には、もう一人少年がいた。ぱっとステータスを探ると、“語学”Lv010と見える。


「――やあ、久し振りだね、城島ヒカル。会えて嬉しいよ」


 ミルルルはさながら旧知の友人に会ったかのように語りかけた。“語学”Lv010の少年が何やらヒカルに言葉をかける。どうやら、ヒカルは言葉も忘れてしまったらしいと気付いたのは、その少年がヒカルの言葉を通訳してくれたからだった。


「ヒカルの旦那も、会えて嬉しいって言ってるぜ」


 挑発的ににやりと笑う少年とヒカルを見て、ミルルルはそれに笑い返した。


「そうか――ボクが何を求めてここまで来たのか、ヒカルは当然知っているよね?キミ達の方にも色々事情があるみたいだけど……それはボクがここで刃を収める理由にはならないってことも」

「自分が弱くなったからって見逃してもらうようじゃ、それこそヒカルの旦那の名がすたるってもんだとよ」


 ジーシカからの道では本気で逃げに徹していたはずだが、どうやらヒカルの方にも心境の変化があったか、今は立ち向かってくるような言動をする。まあ、人の考えていることなど、変わるものだ。それはミルルル自身、ここまでの経験でよく知った。


「そうか――じゃあ、始めよう。通訳君、キミにはボクとヒカルの会話を訳してもらわないといけないから――戦いに手出ししない限りはキミの安全は保障しよう」

「ふざけるな、俺もヒカルの旦那と戦う――と言いたいところだが、奇遇だねえ、旦那からもさっき手出し無用、通訳に徹しろと言われたところさ」


 ミルルルはそれを聞き、犬歯が見えるほどに笑みを浮かべる。




「――最高だ」



 

 そして戦いの火ぶたが切って落とされる。


 ミルルルは一歩でヒカルとの距離を詰めると、まずは様子見とばかりに彼の腹に強烈な蹴りを放った。ヒカルは体をくの字に折り曲げながらのたうちまわる。苦しみのあまり、声にならない叫び声を上げた。その様子を見ながら、ミルルルは冷静に判断する。


 ――弱い。

 

 戦いに慣れている者ならば取れるであろう回避運動を、まったくと言っていいほどできていない。完全に素人の動きになっていた。これが城島ヒカルかと思い、なんとも言えない感情が押し寄せて来る。しかしすぐに余計な思いは振り払い、続けざまにミルルルは小さい体から渾身の拳を放つ。ヒカルの顔に吸い込まれた拳はそのまま彼の歯を数本折り、血と混じった歯が床に散らばった。赤黒いシミが綺麗な床に広がる。ヒカルはそのまま衝撃で倒れかかるが、ミルルルは両肩を掴んで倒さない。代わりにその頭に向けて、更に思いっきり頭突きを叩きこんだ。衝撃でヒカルの目の焦点が合わなくなる。彼の意識が朦朧とするところ、一歩下がってもう一度腹を蹴飛ばした。吹っ飛んだヒカルと、少し距離が空く。ヒカルは崩れ落ちるように倒れて、荒い息をしたまま立ち上がることもできなかった。


「残念だな――こうなってみれば、もう少しちゃんとした形で戦いたかった気もするよ」


 手出し無用の約束を律儀に守る通訳の少年が、ミルルルの言葉をヒカルに伝えるが彼はもうそれに反応しない。


「さあ、終わらそうか城島ヒカル――」


 ミルルルは腰から、かつてヒカルを殺し損ねた愛剣“竜の牙”を抜いた。

 一歩、また一歩ヒカルに近づく。ついにくっつきそうな距離になる。口から血を滴らせながら、ヒカルは虚ろな目でミルルルを見上げた。その目を真っ向から見返しながら、彼女は剣を大きく振り被る。


「最後に何か言い残すことはある?」


 それに対し、ヒカルの口が小さく動いて、血が垂れる。通訳の少年を介し、その言葉がミルルルに届けられた。


「“――本当の弱者は、あんただ”と」

「……そうかも、ね」


 そしてミルルルは剣を振り下ろす。

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