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レベル0に見えますが実はカンストしてるんです  作者: 酢酸 玉子
第9章 オートランドに集う
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第88話 回帰

 ヘルネ達が出て行ってしばらく経った。

 自室に籠る俺のもとに、ヤティがやって来る。

「ヒカルの旦那……ちょっと移動しよう。念には念を入れないといけないからな――もしもヘルネ達が失敗して、敵がこちらにやってきた時のことを考える。今日は仕事も休みにして、見習達も家がある奴は家に帰し、そうでない奴はまとめて逃げることにしてるんだ。ヒカルの旦那も、彼らと合流してくれ」

「あ、ああ……」


 俺はのろのろと立ち上がる。ヤティとすれ違うようにして、扉から出て――


「……ヤティ、お前も一緒に来るんだよな?」


 何の気なしに尋ねた言葉に、ヤティは返事をしようとしなかった。


「――何を黙ってるんだよ、ヤティ、お前が来てくれないと通訳がいなくて俺は困るんだって、ようやく意志の疎通がほぼ滞りなくできるようになったってのに、俺をまた不安にさせないでくれよ」


 何か、嫌な予感がして俺は早口になりながらヤティに迫る。早すぎて日本語を覚えたてのヤティには通じないか心配になったが、“語学”Lv010の少年は問題なく聞きとってくれたようだった。

 問題なく聞きとった上で、ただ苦笑いする。


「俺は――行けねえな。万一の時に、相手はここにやって来るから、そのとき誰かが戦わないと」

「そんな――ヤティ、お前がそんなことする必要はないじゃないか……」

「俺だけじゃねえ、アルリーも、ジャイコスも、ヘイルトも、ドマスも、ダイソンもだ。みんな、ゼラード商会が大好きだからな。ここに残って、もしもの時に備えるって言ってるぜ」


 “裁縫”、“交渉”、“占星術”、“経営”、“声楽”。どれも戦いには向かない力を持っている、仲間達の名前を、ヤティは一人一人挙げていった。


「――やめろよヤティ、お前は俺よりも年下じゃないか。他の奴らだって――やめてくれ、そこまでする必要はない、命令だ、みんなで逃げよう」

「おいおい、ヒカルの旦那。俺は確かに旦那に対して感謝のしようもないほど感謝しているが――それでも、旦那に命令される筋合いはどこにもないさ。自分の行動は自分で決める。なあに、心配することはない、所詮はもしものときのための――」


 ヤティが言い終わらないうちに、部屋に新たな人物が入ってきた。俺には分からないオートランドの言葉で、何やら少し話す。意味は分からなくても声の美しさは聞きとれるひょろりとしたその男は、“声楽”Lv010のダイソンだ。

 しばらく話したあと、こちらに軽く頭を下げてダイソンは慌ただしく部屋を出て行った。


「――奴らの宿の方で、大規模な爆発があったらしい」


 肩をすくめながら、ヤティが言う。それは、奇襲で敵を倒せたというよりは、大規模な戦闘が始まったらしいということを意味していた。


「――やっぱり、万が一が起こりうるじゃないか」

「かもな。けれど、俺達はやっぱりここに残る。旦那は逃げろ」


 その言葉に込められたゆるぎない決意に、俺は押されてしまう。彼らがここまで言うのなら、もはや引き留めることもできないだろう。ならば、言うとおりに逃げるか――


「――ああ、そんなに言うなら、それじゃあ」


 もう何度も殺されかけている。また死の恐怖を味わうのはまっぴらだ。ヤティ達が戦ってくれるというなら、ここは彼らに任せるのがいいかもしれない。うん、もうしんどいことだし――




 ――城島ヒカルって、そんな奴だったか?




 頭の中に、自問する声が響いた。


 ――元々、特殊能力があるから頑張ってたわけじゃないだろ?

 ――弱者のふりをして、弱者がやりたくてもできないことを代わりにやってきた。

 ――それが、この世界に来て、能力が当たり前になってしまっていただけなんだ。

 ――それなのに、逃げるのか?

 ――自分と同じほどの力しかない仲間に後ろを任せて、自分だけ逃げるのか?

 ――力を失ったことを言い訳にして、逃げるのか?

 ――それが、城島ヒカルなのか?

 ――力なんて関係なく、ただ強者に対して知恵を絞って戦うのが、城島ヒカルじゃなかったのか――?








 俺は、足を止める。

 そしてゆっくりと、ヤティに振り返った。


「――俺も、残る」

「――な、何を急に言い出すんだよ、ヒカルの旦那。旦那には逃げてもらわないと――」

「俺もまた、お前に命令される筋合いはない。だいたい、腹立つんだよ、何で俺の見ていないところですべて終わらそうとするんだよ、俺はそういうの嫌いだって知らなかったのか?俺は自分に関わることはちゃんと自分で決めたいし自分の力で変えたいんだ。それに万が一にも他人の自己犠牲の上に助かったりした日にゃ気持ち悪くて死にそうになるしそもそも自己犠牲をしてくるような奴が嫌いで嫌いで仕方ないしだいたいあーもう全部言えないけどよく考えたら最近の俺は俺にとって不快なことばっかりやったりしてもらったりしてるじゃねえか自分のアイデンティティが崩壊しているようなことをやり続けてたらそりゃ変な気分になったりするよな!あーまったくなんでヘルネに付いて行かなかったんだよ俺の馬鹿!しょうがないからせめてここには残ってやる、いいな!」


 急に元気になってまくしたてる俺のことをヤティはしばらく眼を丸くして見ていたが、やがて力の抜けたように笑った。


「――なんか、戻ってきた感じだな、ヒカルの旦那」

「そうか?……そうかもな」


 つられるように、俺も少し笑う。ヤティはそのまま笑顔で、しかし瞳に真剣さもたたえながら言葉を続けた。


「あーあ、ヒカルの旦那にそんな顔されちゃ仕方ねえや。もっとギリギリで言おうと思ってたんだが、今ここで伝えるよ。ミエラに頼まれてることがある――」


 そして、ヤティの話を聞き終えた頃、ゼラード商会の正門が壊れる音がした。

 続けて、聞き覚えのある声がする。意味は分からずとも、俺に対する敵意だけはじんじんと伝わって来るその声が。

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