第87話 疾走
「ちょっとキミ、ゼラード商会ってのがどこにあるか教えて欲しいんだけど!」
「――うわっ、何だよいきなり……ゼラード商会なら、この道をずうっと真っすぐ行った先にあるぜ」
「そうかいありがとっ!」
道行く人の首根っこを強引に捕まえて、ミルルルはゼラード商会の位置を聞いた。メヒーシカが囮を買って出た後、部屋の外に出ようとしてヘルネとかいう女と鉢合わせしたミルルルは、勢いのまま彼女を蹴飛ばしてメヒーシカに後を託しそのままゼラード商会へと急いだ。“格闘術”と“短剣術”の使い手に加え、ジーシカからの逃げ道でヒカルを守っていた、高ステータスの持ち主ヘルネと、Lv010相当の魔導石を持っていたミエラがともにこちらに来ている。ゼラード商会の戦力がどれほどかは分からないが、相当の隙が生まれているのは事実だろう。魔導石と言えばLv100のものが存在する可能性が僅かながら今まではあったが、あんなに用心して襲撃してくるのだからそんな規格外のものはないと考えていい。城島ヒカルが力を失っていることも含め、ようやく化物の戦いからちゃんとした世界の戦いになった気がする。そしてそういう“普通”の範囲内なら、ミルルルは最強に近い。
「よし――今度こそ――借りは返すぞ城島ヒカル!!」
腰に差した二本の剣がミルルルを鼓舞するかのようにカチカチと鳴る。小柄な体を弾丸のように動かし、ミルルルは飛ぶように駆けた。
周りの風景が流れるように消えていく。それだけでなく、そこにはかつて経験してきた風景もまた含まれているような気がした。
初めて自分できちんと鍛えられたと感じた名剣“竜の牙”。一族の中で期待の星として任された鉱山地帯。他に頼る者のない“ゼラー”達を徹底的に酷使することで生み出した莫大な利益。城島ヒカルとの出会いと、彼に対する完膚なきまでの敗北。全てを失って始めた流浪の旅。大蛇との戦いで、得られた新たなる愛剣“蛇の鱗”。城島ヒカルの噂を聞きつけジーシカの街に戻った際に出会った魔法使いメヒーシカ。彼女との城島ヒカルを追う旅。
そして――ここで、最後の戦いを終わらそうとしている今。
特に城島ヒカルと出会ってから今までの間は、時間にみれば随分短かったはずであるが、同時にとてつもなく長かったようにも感じられる。まさにミルルルにとって、決着を付けなければならない宿命の相手。自分の奢りを正してくれた恩人であると同時に、自分の全てを奪った憎き敵。様々な思いが渦巻く中、それでもミルルルは決着を求める。それは剣士としての誇りか、ドワーフとしての種族の本能か。あるいは、ただの個人的な感情なのか。本人にも整理できない思いがある。しかし、ミルルルが城島ヒカルと決着を付けたいという思いだけは変わらない。人間よりも遥かに寿命の長いドワーフの、その人生のまさに転換点となる――ここで中途半端にしてしまっては、一生の失敗、一生の悔いになるかもしれない。それほどの思いが今彼女の中には溢れていた。
故に、決める。
相手が力を失っているとか、そんなことは関係ない。どんなコンディションであろうが、城島ヒカルともう一度戦わねばならない。
決意とともに――彼女は足を止める。
「……ここか」
短く呟く視線の先。真新しい看板にこの国の言葉で書かれている文字は――“ゼラード商会”と読めた。
“竜の牙”を抜く。
ごう、と一振りすると、看板と共に門が丸ごと砕け散った。
一歩、足を踏み出す。何故かその足はぶるりと震えた。
大きな商会であるにも関わらず、人の気配がほとんどしない。戦いの気配を感じ、避難させたのか。
しかし、他の者などどうでもいい。今の目的は、ただ一人だ。その男がここにいるという確信を何故か感じ――ミルルルは声を限りに叫ぶ。
「城島ヒカル――出てこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!――かつてキミに全てを奪われたドワーフが、その借りを返しに来たぞ!!!!!!!!」