第82話 案内人
(どうする、メヒーシカ)
いきなりヒックスと名乗る少年に手伝いを申し出られたことについて、ミルルルはメヒーシカだけに聞こえるよう小声で相談する。
(見たところ“ゼラー”の子供ですからねぇ……“ゼラー”の浮浪児から声をかけられたら、小遣い稼ぎか、泥棒目当てかと普通は疑うところですが……)
同じく小声で返すメヒーシカ。その意味するところはミルルルにも分かった。ヒックスの身なりは綺麗で、とても浮浪児には見えない。“ゼラー”とはいえ、きちんと日々を過ごせているようだった。ならば信頼もできるのだろうか。
「ちょっと、おねーさん達、何をコソコソとやってんだよ。何か困ってんだろ?俺でも手助けできるかもしれねーから言ってみなって」
しびれを切らしたヒックスがもう一度手助けを申し出る。ミルルルとメヒーシカはお互いの顔を見て、メヒーシカが代表して答えることにした。
「えっと……助けてくれるのは嬉しいんですけど、どうして見ず知らずの私達を助けてくれるんですかねぇ」
「人が人を助けるのに理由を求めるのかよ、面倒くさいおねーさんだなあ……けっ、まあ、俺は見ての通り“ゼラー”だから、疑われるのも無理はねえ。実際、昔は悪いこともしてたしな……けどよ、そんなときに、俺を助けてくれる人達がいたんだ。どうしようもないろくでなしだった俺を引き取って、もう一度人生に夢を見させてくれる人達がな。だから――俺も、小さなことでも誰かを助けることができるなら、そうありたいと思っただけだよ」
その言葉に、ミルルルは何故か胸がずきんと痛んだ。自分がかつて支配していた“ゼラー”達のことを、彼女は助けたつもりになっていた。どうせこのままでは生きていけないのだから、衣食住を保証してやるだけでもありがたいだろう、と。それでもうまく働けないのなら、生きていく価値はないだろう、と。だが、そのときの“ゼラー”達は、果たして今のヒックスのような感情を抱いていただろうか。あのやり方が正しいと思っていた自分なら、ヒックスを見ても何も思わなかったかもしれない、だけど、城島ヒカルに敗北して、苦難を経験した今は、彼女の考えにも変化が生じていた。
「それなら……折角だしこの街のことを教えてもらいましょうか。変な気を起しちゃだめですよ?まあ、私達を相手に何もできないと思いますけど」
メヒーシカはそれも少年が気を引くための作り話と思ったか、まだまだ警戒しながらもヒックスにオートランドの案内を頼むことにしたようだった。様々な角度からの情報収集は大切なのだ。特に今は城島ヒカルのオートランドでの立ち位置を計りかねているところ。
その返事を聞いて、ヒックスはははは、っと笑った。
「おねーさん随分な自信だね。でも、レベルの高さだけで自信を持つのは油断につながるぜ?」
「何を言ってるんですか、“ゼラー”のくせに」
「ふーん、それならこれはなーんだ?」
見ると、いつの間にかメヒーシカが大事に抱えていたはずの身分証明書が、ヒックスの手の中にあった。
「な!何やってるんですか、返しなさい!」
「はいどうぞ」
ヒックスの手から奪い取るように身分証明書を取り返すと、メヒーシカはキッとヒックスを睨んだ。
「そんな怖い顔しないでよおねーさん、本気で盗るつもりだったら何も言わないって」
「はっはっは、そうだね。メヒーシカ、彼はキミの油断を指摘してくれたんだよ、むしろ感謝しないと」
ミルルルは思わず笑ってしまう。実に面白い“ゼラー”だ。こんな土地だからこそ、城島ヒカルのような化物も生まれたのだろうか。
「ふう……まったく、分かりましたよ。馬鹿にしたことは謝りますから、この街のことを色々教えてください。私の名前はメヒーシカ、こっちのドワーフはミルルルです」
「はいはい、喜んで。それじゃ、おねーさん何を知りたいの?」
「とりあえず、宿がいっぱいある所はどこか教えてほしいですね。後は宮殿の位置とか、おいしいご飯はどこに行けば食べられるかとか、それに、魔法を使える知り合いがいたら紹介して欲しいです。それから……」
「任せてよおねーさん、俺もこの街に来てからまだまだ日は浅いけど、それでも随分色んなことを知ってるんだぜ!」
メヒーシカのリクエストをにこにこと聞きながら、ヒックスは頷いた。もっとも、最後の言葉は、やや頼りなかったのだが。