第81話 入国
「あー……結局オートランドまで捕まえられませんでした……」
メヒーシカが疲れ切った声で呟く。その横を歩くミルルルは肩をすくめた。
「あのとき、キミがしっかり調べる方を選択していたら、話は変わっていたと思うんだけどねえ」
「うう……もう言わないでください……反省してます……」
「その後の待ち伏せも駄目だったし」
「言わないでください……」
やれやれ、と再びミルルルは肩をすくめ、空を見上げた。オートランドの中にいても、青空はやはり青空である。
結局、援軍と合流した城島ヒカル一行の動きを、メヒーシカは読み切れなかった。予定通りジャイの街を一度経由してオートランドに戻る可能性と、援軍の持っている食料等を当てにして、ジャイには寄らずそのままオートランドに直行する可能性、例外としてUターンしてティエルヤドーに戻る可能性の三つほどが主な可能性だったのだが、とりあえずUターンは排除し、直行かジャイによるかという二つで散々迷った結果、直行ルートを抑え、仮にジャイに一度寄ったとしてもその後で通るであろう場所で待ち伏せようという結論に至ったのだが、相手も待ち伏せは充分警戒していたらしく、斥候を放って調べていたのか、ちょうど二人が山賊に襲われて、返り討ちにしているような僅かな隙を狙って街道を突破された。気付いたときには後の祭りで、懸命に追い上げをはかったものの、オートランドに辿り着くまでついに彼らを見つけることはできなかったのである。
「それで、城島ヒカルの出身地らしいオートランドに来たわけだけど、結局彼はここでどういう扱いになっているの?」
「私もよくはわからないんですよ……他の国にしていたみたいに、恐らくは力で脅して支配しているんじゃないかと思うんですけど……」
「なら、この国の支配階級に声をかければ、ボク達の味方になってくれるかな?」
「それだといいんですけどね……正直、予想外なんですよ。力を失った城島ヒカルに、あんなに味方がいるっていうことが」
そう言ってメヒーシカは首をかしげる。彼女にとっては、城島ヒカルは自分の過ぎたる力に溺れた自己中心的な悪党としか思えないのだろう。そんなヒカルを、力を失ったと知ってなお助けようとするヘルネやミエラのことが、理解できないようだった。
「ふうむ……確かに、城島ヒカルの行動はいいものじゃないかもしれない。けれど、彼の力によって助けられる者もまた、いるってことじゃないの?」
ミルルルはかつて、自分に虐げられていた“ゼラー”達のことを思い出しながら言った。彼らにとっては、城島ヒカルは救世主以外の何者でもないのだろう。
「ううん……でもそれって、城島ヒカルが正義だってことですか?だったら――私はなんで、彼を追っているんでしょう……」
「正義と悪なんて、そんな簡単なもので世の中が割り切れると、本気で思っているの?誰かにとっては正義の行いが、誰かにとっては悪となるなんて、世の中には溢れかえっている話じゃない。キミにとっては城島ヒカルの行動は悪なんだろう?だったら、それを信じればいいじゃないか」
「貴女はぶれないですねえ……」
呆れたような、感心したような風にメヒーシカは言った。とんでもない、自分だってブレブレだ。つい最近まで、そんな風に他人の視点でものを見るなんて、考えもしなかった。それは城島ヒカルと戦い、彼を追う旅の中で、自分を見つめなおして彼女が手に入れた考えだった。
「まあ、とにかくそういうわけで、支配階級が彼の味方だったら厄介なことになります。今回も、まずはアレをしながら情報収集といきましょう」
「アレね……正直、それも城島ヒカルの追撃に時間のかかる原因だと思うんだけど」
「でも、保険は必ずかけておかないといけません。とにかく相手は常識が一切通用しないような化物なんですから」
「――まあ、ただのハッタリじゃいざという時に不十分か、仕方ない、キミの意見を尊重するよ」
そんな会話をしながら街を歩く二人は、急に声をかけられた。
「おねえちゃんたち、何してんだ?何か探してんなら、手伝ってやろうか?」
振り向くと、まだ髭も生えていない少年が立っている。
「キミ、誰だい?」
「俺はヒックス――ゼラード商会の見習さ」
怪訝に思って尋ねるミルルルに、少年は元気よく答えた。
本編と番外編合わせて100話突破しました!
記念にというわけではないですがTwitterはじめました。@sakusantamago です