第9話 深森
大陸を東に進むと、人の住まない森が広がっている。“深森”とだけ呼ばれるこの森は、魔法に秀でたファンタジーでおなじみのあの種族――エルフの住む土地として、広く知られていた。
「エルフに会ってみたい?やめておけ、あいつらは人間よりも更に“ゼラー”に対する扱いが酷い。生ゴミに対する扱いのほうがましなくらいだ」
「そうだぜ兄ちゃん、エルフは基本的に最低でも魔力Lvが002か003くらいはあるからな、“ゼラー”なんてのはあいつらの中にはいねえのさ。だから、“ゼラー”に対する見下しっぷりも半端じゃねえ。悪いことは言わねえ、あんたみたいな“ゼラー”がエルフと会おうとするのは諦めな」
エルフに会おうとする前、俺が情報収集中に言われたのは、おおむねそんな内容だった。
だがそれがそそる。
自分たちこそ至高の種族、“ゼラー”がいないことこそ完璧の証と思い込んでいるエルフたちの高い鼻を、見た目“ゼラー”の俺が明かしてやるのは実に気分がよさそうだ。というわけで、俺は内心に嫌らしい期待を込めながら、エルフの住む森へと向かったのだった。
「止まれ!貴様何者だ!」
エルフの住む地と人の住む地の境目、森と草原が交わるところからほんの少し分け入っただけで、俺は早くもそんな声をかけられた。少し小柄で、耳の尖った見目麗しい女性が俺を睨んでいる。
「えっと、……俺は、その、“ゼラー”で……」
「そんなことは見ればわかる!何故ここに来ているかと聞いているんだ!」
「その……“ゼラー”でも、この森に行けば生きて行く方法があるって噂されてて……」
今回も最初は頼りなさそうな“ゼラー”を装う作戦だ。相手はまんまとこっちがただの“ゼラー”だと勘違いしてくれた。
「――っ、父上達が広げたのか……とにかくここはエルフの住む土地だ!人間の、しかも“ゼラー”は出て行くがいい!ここで生きて行く方法などあるものか――!!」
「ヤーシェハマン、よいではないか。その者を我らの村に、案内しておやり」
なおも俺を追い払おうとする女性に、制止の声がかけられた。
「――父上っ!」
ヤーシェハマンと呼ばれた女性エルフの後ろから現れたのは、銀色の髪をしたこれまた美しい男性だった。エルフは美しい生き物だと聞いていたが、どうやら本当のようである。
「ほら、君こっちへ来なさい。大したもてなしはできないが――できるかぎり“歓迎”しようじゃないか」
そう言って、男性エルフは俺の手を取り、森の中を歩んで行った。
その日の夜、エルフの村で精一杯の歓待をされ、果実酒などですっかり油断させられた俺は――エルフ達に拘束された。
「お父様、お兄様!やはり私は間違っていると思います!」
ヤーシェハマンは父であるリフレミン、兄であるシャラムンに必死に訴える。リフレミンはエルフの村の村長で、シャラムンも魔法の腕を周囲に認められた実力者だ。
「いいや、ヤーシェハマン、お前は甘い。魔法の開発には犠牲はつきものなのだ」
シャラムンが諭すように言う、しかしヤーシェハマンは納得いかないようで、必死に抗議する。
「例え“ゼラー”であったとしても、命を粗末に扱っていい理由にはなりません!お考えをお改めください!」
「いいや、誰かが犠牲にならねばならぬのじゃ。それに彼には、本来一生のうちで味わえなかったであろう食事を与え、酒を飲ませた」
「そんなことが、彼の命を好きにしていい理屈になどなりはしません!!」
「くどいぞ、ヤーシェハマン!」
訴えを続けようとするヤーシェハマンをリフレミンとシャラムンは強引に振りほどき、木の上に作った各々の部屋へと帰って行った。
――まったく、酷い話である、と全て聞いていた俺は思う。そう、勿論俺は事前に“知識”を用いてエルフの村で何が行われているのかを調べていた。だから実際には油断なんて露ほどもしておらず、敢えて捕まっているだけで意識も鮮明。風魔法を使ってきっちりと聞きたい会話はキャッチしている、というわけだった。
“知識”も踏まえて何が起こっているのかを完結にまとめると、村長であるリフレミンとその息子シャラムンは“ゼラー”の命など毛ほども大切に思ってはおらず。魔法の人体実験に“ゼラー”を用いて死んでしまったらさようなら。一方村長の娘であるヤーシェハマンは“ゼラー”とはいえ一つの命、無為に奪うようなことは避けるべきとの考えの持ち主だとのことだった。最初に出会ったときも、俺を追い返そうとしたのは父や兄に見つかって実験材料にされる前に逃がそうという心遣いだったらしい。
とはいえ、俺にとってはむしろそういうリフレミンやシャラムンを一泡ふかせたいので、ヤーシェハマンには悪いがこうやって捕まっている、というわけである。
今度はどんな風にエルフ達に一杯食わせるか、俺はそんなことを考えながらエルフの村一日目の眠りについた。