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隣のアパートに住んでいたのは・・・~本当は好きだった人~

作者: 寛 忠

 俺が小学生だった時、一人の女がいた。いや、俺より二つ下だったから、女より女の子と言った方が正しいだろうか。


 彼女の名は春香。俺は“はる”と呼んでいるが、彼女と言うよりかは俺の友達の妹であり、おまけでくっついてきた感じだが、春香は俺をかなり気に入っており、気が付けば友達より一緒にいる時間が多くなっていた。

 俺と春香の仲の良さは俺の両親や友達の両親も認めているぐらいだった。家が近いので一緒になることも多く、その度によく“こいつらを結婚させるか”と言われたものだ。春香もこんなことを口にする。


『うん、はるもたー君のお嫁さんになってあげてもいいよ!』


 もちろん冗談なのは明らかだが、この二つが何故か本気っぽく聞こえるので怖かった。俺は春香を嫁にもらうつもりはなかったが、正直に言うと、友達より春香と一緒にいる時の方が楽しかった。しかし、小学校を卒業した後、俺は春香との関係を終わらせた。


『はる。悪いけど、もう一緒に遊ぶのはこれでやめにしよう』

『えっ?どうして?』

『俺、来月から中学生になるからさ。一緒にいる時間がなくなると思うんだ』

『別にいいじゃない。学校から帰ってから遊ぶこともできるのに…』

『部活があるんだよ。それに、定期テストが何度もあるから遊んでる時間なんかないんだ。小学生とは違うんだよ』


 俺はやや強い口調で春香に言い放った。その瞬間、春香の目に涙が溜まっていく。


『うっ、うう…うぇぇ~ん!』


 春香は泣き出した。俺は別に春香を泣かせるつもりで言った訳ではなかったので、これには心苦しかった。


『なぁ、はる。辛いかもしれないけど、分かってくれよ』

『たー君の馬鹿ぁ!』


 春香は俺の胸を拳骨で一発叩くと、背を向けて走り出した。こんな終わり方になるはずではなかったが、今後のことを考えるとこうするしかなかった。

 しかし、俺が春香との関係を終わらせたのには俺が中学生になるだけではないもう一つの理由があったのである。だが、それを春香に明かせないものだった。


 春香はその後から姿を見掛けなくなった。久々に会ったのは俺が中学の卒業式を終えた後。俺と俺の母、友達と友達の母と外で昼食を取ることになった時だった。だが、そこに現れた春香の姿に、俺は絶句してしまった。


(うわっ…)


 そこには以前の清楚だった春香の面影はどこにもなく、完全にコギャルへと変貌していたのである。まだガングロやヤマンバではなかっただけ良かったが、俺はその容姿に声を掛けることすらできなかった。


(女って、たった数年で変わるもんなんだなぁ…)


 それから十数年が経ち、俺は社会人として働いている。その間、俺は実家を離れて、各地を転々とする生活を送っていたが、一ヶ月前に実家に帰ってきた。ちなみに、彼女はできずにいる。何度かチャンスはあったが、良い回答は得られなかった。


(俺、このまま独身かなぁ…)


 俺はふと、窓から部屋の外を眺めた。そこには俺が引っ越した後に建てられたアパートがある。そこは元々織物工場があって、俺が小さい頃からずっと昼間から夕方まで機織り機の音が響いていたが、社長が亡くなったのを機に廃業し、その跡地に建てられたのである。それからは家の前をアパートの住人がよく通る。アパートには一人暮らしの女性が何人か住んでいるのは分かっている。その女性の誰かと仲良くなれば、結婚に至れるかもしれない。俺は朝、新聞を取りに行く時やゴミを出す時にアパートから出てくる女性に声を掛けた。


「おはようございます」

「あっ、おはようございます…」


 俺がアパートに住む女性たちに声を掛けると、みんなまるで警戒するかのようにそそくさとアパートに戻ってしまう。やはり、今まで姿を見たことのない男に声を掛けられるのは抵抗あるのだろう。その後も続けるが何の進展は見られず、この方法を諦めることに決めた。


(もしかしたら、俺が変人に思われたかもしれない…やっぱりダメか)


 そんなある日の休日、俺が郵便物を取りに行った時、一人の女性の声を掛けられた。


「こんにちは!」

「こんにち…あっ!」


 俺の目の前には、見覚えがある女性が立っていた。


「久し振りだね。たー君」

「はるじゃねぇか。お前、何でここに…」


 俺の前にいるのは、俺が小学生だった頃の友達の妹、春香だった。中学の卒業式後に会った時のコギャルの時とは違って、清楚な大人の女性になっていた。


「私ね、今ここで住んでるんだよ」


 どうやら春香は今、このアパートに住んでいるようだ。それも俺の部屋から見える位置にいる。しかし、春香の実家はここから近いところにあり、徒歩五分もかからない。俺からしてみれば、かなり無意味だと思うのだが。何か理由でもあるのだろうか。


「今日、暇でしょ。ウチ来る?」

「いいのか?男が女の部屋に上がってもよ」

「いいのいいの。だって、久し振りに会ったんだからゆっくりしてってよ!」


 俺は春香に言われるまま、春香が住むアパートを訪れた。まさかこんな形でアパートに入るとは思いもしなかった。春香がこのアパートに入居したのは三年前、ちょうど俺が転勤で実家を離れた一年後だった。


「女の部屋に入るのって、初めてだな」

「えっ?たー君、彼女いないんだ」

「わ、悪かったな!そう言うお前はどうなんだよ?」

「私?じゃーん!これ見て」


 春香は突然、誇らしげに左手を見せつけて話した。


「えっ…。はる、それって」

「ね!凄いでしょ。これ、けっこう高かったんだって」


 俺は春香の左手薬指に光るものを見てしまった。それはどう見ても結婚指輪だ。春香は既に結婚していたのである。アパートが完成した直後に入居し、旦那と二人で暮らしているらしい。それならば、実家を離れて暮らすのも何となく分かる気がしてきた。


「私が人妻でショック受けた?」

「いや、おめでとさんだね…てことは、毎日幸せだろ?」

「いや、それが…もうずっと顔を見てないんだよね」

「お、おい。まさか別居してるのか?」

「ううん、そうじゃないの」


 春香は浮かない顔をした。春香の旦那は出張が多く、一ヶ月空けることも珍しくはないそうだ。帰ってきても次の出張の準備で落ち着きがないとのこと。春香は、二人でいられる時間が少ないと嘆いていた。春香の表情から寂しさが伺える。


「選ぶ相手、間違えたかもしれないわ」

「そんな寂しがるなよ。旦那さんだって、本当はお前と一緒にいたいはずだよ」

「そうだといいんだけどね」


 そこからは俺の近況を話した。春香は俺が話すことに適度に相槌を打ち、気が付くと一時間があっと言う間に過ぎた。


「ねえ、あの日のこと覚えてる?」

「あの日って何だよ」

「たー君が私をフッた日のこと」

「ああ、あれか…別にフッたつもりないけどな…」

「何よ。“もう一緒に遊ぶのはこれでやめにしよう”って言ったじゃない」

「確かに言ったけどさ…」


 春香は十五年前のことを覚えていた。俺と一緒にいる時間が多かった春香にとって、一方的に関係を終わらせたのはショックだったのだろう。


「ねぇ、なんであんなこと言ったの?」

「そりゃあ…アレだよ。俺が中学校に上がって一緒にいられないと思ったからさ…」


 春香はこの後、ため息を深くついた。


「たー君は私のこと、どう思ってる?」

「えっ?ああ…友達の妹でいつの間にか一緒になってたって感じかなぁ…」

「たー君はそんな感じでしか、私を見てなかったんだね…」

「な、何でだよ。別に間違いじゃないだろ?」

「だったら、お前は俺のことをどう思ってんだよ」


 俺は春香が何を言いたいのか分からなかった。春香は顔をうつむかせ、赤くさせた。


「私、たー君のことが、好き…だったの」

「えっ?」


 春香は目に涙を浮かべ、今にも泣きそうな顔をして言ってきた。


「私、本気でたー君と結婚したかったんだよ!たー君は私に優しくしてくれたから、結婚するならたー君がいいって思ったのよ。でも、たー君が私を突き放すようなことを言ってきたから、ショックだったわよ。だから、他の人と結婚しちゃったじゃない!」

「そんなこと言われてもなぁ…あの時の俺に結婚って意識はなかったし…」

「あの時のたー君、私から逃げてる感じがした。どうして逃げたの?私、たー君に悪いことした?」

「はる、俺は別にお前が嫌いになった訳じゃないんだ。本当はもっと一緒にいたかったんだよ」

「だったら、どうして私をフッたのよ?」


 実はあの時、俺は春香との関係を終わらせなければならない別の理由があった。俺はここで、その理由を春香に打ち明けることにした。


「俺、お前の兄貴と仲が悪くなってたんだ。そんな中でお前と一緒にいたら更に関係が悪くなるんじゃないかって、だったらお前と付き合うのを止めようと思ったんだよ。ごめんな。お前の気持ちを考えずに決めちまって…」


 春香は顔をうつむかせた。やはり、俺の対応がマズかったのだろう。


「お前が俺のことを結婚したいぐらい好きだったのは分かっただけでも嬉しいよ。でもお前は今、好きな人を見付けて結婚したんだろ?これからも旦那を大事にしてあげなよ」

「うん…そうだね。いつまでも子供じゃないもんね」


 春香は手で涙を拭い、これまでとは一転して笑顔を見せた。俺は春香の笑顔を見て安心していた。


「久々に会ったのに、変な空気にさせちまってごめんな」

「ううん、もういいの。私、こうしてたー君とまた会えただけでも、すごく嬉しかったよ。ありがとう、たー君」


 俺は家に戻ろうと立ち上がって玄関に向かった。


「じゃぁ、結婚生活頑張れよ」

「あ、たー君。待って!」


 俺がドアノブに手を掛けた瞬間、春香に呼び止められた。俺が春香の方を見ようと振り返ったその時…。


「んっ…」


 春香は突然、俺の唇に自分の唇を重ねてきた。俺は突然の出来事に目を見開いたが、春香は目を閉じて舌を押し込んできた。


「はぁっ…な、何しやがるんだよ!」

「ウフフ、やっとたー君とキスできた」


 俺は腕で口を拭った。春香は以前からから俺にキスをねだってきたこともあり、満足そうに笑顔を見せた。


「何だったら、これから先のこともしてあげてもいいんだけどなぁ…」

「ぐっ…ありがたくお断りするよ」


 俺は春香のその後の行動が予想できたので、エスカレートしていく前にアパートを離れ、家に戻った。


(はぁ、危なかった……)


 俺はもう、二度と春香には近寄れない気がしていた。


 数週間後、春香の旦那が出張から帰ってきた。ドアが開くと、春香が出てきて旦那に抱き着いた。俺はその様子を自分の部屋の窓からカーテン越しに見ていた。


(はっ!?)


 春香は、俺が窓から見ていることに気付いたのか、旦那に抱き着いた状態で俺に向かって片目をつぶってみせた。あのウィンクが何を意味していたのかは、俺には分からなかった。


 それからまた幾月が経過した。仕事で外に出ようとしたら、俺の母と春香の話し声が聞こえた。


「えっ!そうなの?まぁ、それは残念だわねぇ」

「はい。まさかあの人がそんなことをしてただなんて…」


 俺はドアを開け外に出た。そこには春香の姿があったが、どこか変わっていた。


「はる、どうしたんだよ。そんな暗い顔してさ」

「春香ちゃん、旦那さんが不倫してたのが分かって、離婚するんだって」

「そ、そうだったのか?」


 春香は旦那の荷物の中から見知らぬ女性と一緒にいる写真を何枚も見つけ、旦那に問い詰めたところ、旦那は出張が多いことを利用して、その先々で出会った女性と付き合っていたと白状したのである。旦那は必死になって謝ったが、離婚を決めたという。


「まぁ、酷い奴だったんだな。お前はまだ若いんだからよぉ。新たな恋を見付ければいいさ…」


 独身の俺は、春香に対してこれしか言えなかった。すると、春香は俺に近付き、耳元で話し始めたのである。


「何言ってるの?再婚相手なら目の前にいるじゃない」

「えっ?」


 春香はこの時、満面の笑みで俺を見つめていた。 俺は春香が何を言いたいかが分かり、血の気が引いた…。


(終)

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