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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その日、彼女は旅立った。わたしはそれを見送らない。

作者: 森河 透

 10月25日。彼女は旅立った。


 翌26日の早朝、家族が自宅の浴室で手首を切って事切れている彼女を発見。自殺だった。

 最初は小さな口論だった。何が原因だったのか、今のわたしにはもう思い出すことが出来ない。その口論は最終的に別れ話へと発展し、彼女の縋る声を無視してわたしは自宅の自分の部屋へこもった。

 何度か鳴らされた携帯電話の着信音にわたしが応えることは無く、そんなわたしの態度に悲観した彼女は、家族の寝静まったあと浴室で一人、手首を切った。

 日付が変わる直前に入った最期の着信。留守電のメッセージには、弱っていく彼女の助けを求める声が遺されていた。

 その後、わたしは家族から何故助けなかったんだと責められる事となった。



 10月25日。彼女は旅立った。


 下校時に運転手のわき見による交通事故が発生。事故死だった。

 その日の下校時間、わたしは彼女と一緒に家路にと着いていた時だった。いつものような会話をしながら、私と彼女はいつもどおりの道を歩いていた。いつものようにこの日を終わらせられる。その筈だった。しかし、その”筈”は、近所の一方通行に迷い込んだ一台の自動車によって打ち砕かれた。

 カーナビを注視していたドライバーにわたし達の姿は見落とされ、そして彼女はわたしを庇って自動車と塀の隙間に挟まれた。すぐさま呼ばれた救急車で病院へと搬送されたが、その日の日付を跨ぐことなく、彼女は逝った。今際の際、彼女は縋るような視線をわたしに送っていた。

 彼女の家族からは、何でお前が助かって娘が死ななきゃならないんだと責められた。



 10月25日。彼女は旅立った。


 放課後、教室の窓側にあるベランダから落下。転落死だった。

 学校の放課後。なんとなく二人で過ごしてみようと声を掛け、わたしたちは教室で何をするでもなく話し込んでいた。何気ない他愛の無い会話。いつもどおりの日常。密かに持ち込んだコンビニのお菓子と、校内の自販機で買ってきたジュースを肴に盛り上がるわたし達。

 内容はいたって普通だった。授業を受け持つ教師の話題、進路のこと、そしてわたし達の関係。そんな他愛も無い会話を交わす中、彼女は不意に立ち上がりベランダへと出た。わたしも彼女に続きベランダに出る。

 下校時間が近いこともあって、校庭の人影もまばらで、三階にあるこの教室からは夕日も良く見える。わたしは一度ジュースの缶を取りに教室へと戻り、彼女はベランダの手すりへともたれながらわたしを笑顔で見ていた。

 その笑顔のまま、彼女は後ろ側へと倒れ、そして手摺ごと落ちていった。三階の校舎、背中から落ちた彼女は即死だった。

 警察から事情を聞かれはしたが、この件は老朽化したベランダの手摺の破損による転落事故として片づけられることとなった。

 家族からは最後まで、お前が殺したんだと責められた。 



 10月25日。彼女と旅立った。


 下校途中、通り魔に襲われナイフで刺されたことによる失血死だった。

 たまには遠回りしてみよう。そんな風に彼女に持ちかけ、わたし達は普段なら通らない地区まで足を伸ばしてゆっくりと家路に着くことした。夕日に照らされた、いつもとは違う帰り道。幾つかの店舗が立ち並ぶ区画を抜けて、住宅地へと入ったころ、わたし達と同じ方向へ歩く人物の影が足元に現われた。

 何のことは無い。たまたまわたし達と同じ方向へ帰ろうとしている誰かがいるのだろう。そう考えて、わたし達はお喋りに興じていた。そして、路地を曲がった時、後ろを歩く人物が突然駆け寄り、彼女の背中にぶつかった。

 何が起きたのか、わたしはすぐさま振り向いて、彼女にぶつかった人物を見やる。そこには背の低い若い男が、赤く塗れた何かを手にして立っていた。手にしていたそれがなんなのか分かった瞬間、隣にいた彼女の方へ向いた。わたしの目には、蹲って血を流している彼女の姿が写る。

 男から目を離したのが悪かったのか、その瞬間、わたしのわき腹にも熱を伴った鋭い痛みと衝撃が走った。再び横を向けば、彼女を刺した男がすさまじい形相でわたしの真横に立っている。そして、とても長く感じた一瞬の後、男は何事か叫びながら背を向けて走り去っていた。

 あとに残されたのは刺されて血を流しながらその場にへたり込むわたしと、血を流しながら蹲る彼女。わたしは力が抜けていく感覚に逆らい、何とか彼女の横へと移動し、その場で地に臥した。

 地面に顔をつけたまま、こちらに視線を送りながら、何かしらを呟く彼女。その時のわたしには、その言葉を聞き取ることがでいなかった。

 最期の力を振り絞りながら、わたしは彼女の手を握る。彼女も弱々しくその手を握り返してくれた。結局、助けが来ることはなく、わたしの意識はそれを最後に暗転し、二度と目を覚ますことは無かった。



 10月25日。わたしは旅立った。


 下校途中、通り魔にナイフで刺されたことによる失血死だった。

 人気の無い住宅地のとある路地。後ろから迫る通り魔の位置を()()()()()わたしは、角を曲がった瞬間に隣にいた彼女を突き飛ばして、通り魔の進路を塞いだ。

 結果、わたしは通り魔に刺された。驚愕の表情を浮かべる通り魔の腕からナイフをもぎ取ると、男はそのまま何事かを叫びながら走り去っていった。男が去った後、冷静さを取り戻したわたしは、腹部に走る熱を帯びた鋭い痛みに思わず蹲る。

 彼女は泣きそうな顔をしながら叫んでいた。何を言っているのか、うまくは聞き取れない。そう思って下を見てみれば、そこにはわたしの流した血で池が出来ていた。刺さりどころが悪かったのか、視界もぼやけてきた。相変わらず泣きそうな彼女を安心させようと、最期の力を振り絞ってわたしは笑みを浮かべた。痛みのせいで変な顔になって無ければいいな。

 その後、わたしの視界は暗転しそのまま意識を失った。



 10月25日。彼女は旅立った。


 放課後、下校時刻も程近い時刻。彼女は三階の非常階段から突発的に飛び降りた。彼女は遥か下の地面で潰れたトマトのようになっていた。

 教室で時間をつぶしたあと、廊下で更に時間を稼ぐわたし。彼女もそれに乗って、一緒に過ごしていた。

 徐々に暗くなる校舎内。いつもとは違う雰囲気に、わたしは妙な気分になった。それは彼女も同じだったらしく、言葉も熱を帯びてくる。やがてわたし達は手を握り合い、顔を近づけていった。

 そんなわたし達を見ていた影があった。同じクラスの、少し素行の悪いグループの女子達三人だった。彼女たちはわたし達のやり取りをみて、わたし達の関係を理解したらしく、そろってはやし立てる声を上げていた。

 わたしはそんな連中に何か言ってやろうと立ち上がったが、それと同時に彼女は泣きながら走り去ってしまった。

 女子グループに気をとられ、一瞬対応が遅れたわたしは、あわてて彼女を追いかける。彼女は走り続け、やがて校舎の端にある非常扉までたどり着く。これで止まるかと安堵したわたしだったが、彼女はそこで止まることはなかった。普段から生徒の通用口として使われている非常扉を開け放つと、彼女はそのまま手摺を乗り越え、その先へと飛び出してしまった。

 非常階段までたどり着いたわたしは下を見下ろし、彼女がどうなったのかを見届け、そしてその姿を確認した瞬間にわたしは気を失っていた。

 次に気がついたのは病院のベッドの上で、そこで彼女が息を引き取ったことを告げられた。

 例の女子グループは、口をつぐんだらしく、何があったかは誰も知らないまま、わたしは家族から何故止めなかったのかと責められた。

 


 10月25日。彼女を見送った。


 下校途中、転倒時に頭部を強打、そのまま意識を失った。その後数年間に及んだ治療も成果は無く、最期は人工呼吸器停止させ安楽死となった。

 いつもとは違う道を通りつつ、遠回りはせず、安全な道を歩いていたわたし達。そんなわたし達の横を自動車が通り抜ける。その車のスピードに驚いた彼女は、バランスを崩して塀に頭を強かに打ちつけ意識を失った。

 わたしは即座に持っていた携帯電話で救急車を呼ぶが、現場に分かりやすい目印が無く、救急車の到着は遅れに遅れた。

 その後、彼女は搬送された病院で治療を受け、何とか一命は取り留めた。しかし、そのまま意識が戻ることは無かった。

 家族からは、速やかに救急車を呼び、ずっと付き添っていたことを感謝された。こんな形で感謝されたくはなかった。

 それから一年経ち、二年経ち、その間もわたしは何度も病院へと足を運んだ。短い間ながら、彼女との思い出はそれなりにあった。わたしはそれらの一つ一つを語りかけて、彼女の意識が再び戻ることを祈っていた。

 結局、事故から五年経っても彼女が戻ってくることはなかった。やがて家族はそんな彼女の姿を見て、これ以上無理に生き永らえさせるのは忍びないと判断する。

 そしてあくる日。わたしは彼女の最期の日に立ち会うことになった。彼女の家族とわたしの見守る中、彼女につながっている人工呼吸器の動作を医師が止める。そして、しばらくの後に彼女の心臓が停止したことを告げられた。彼女は旅立った。

 医師の話では、彼女の臓器の一部は、それを必要としている人たちの元へと運ばれ、その人たちの中で生き続けることになるらしい。

 そんな彼女の最期をわたしは病室で見送った。この日は奇しくも10月25日だった。



 10月25日。彼女を殺した。


 人も疎らな放課後の学校内。わたしは彼女の首を絞めて殺した。

 何度目かの今日という日に苛立ちを覚えたわたしは、そんなことなど知る由も無い彼女に当り散らした。それでも、何とかその場は収まって、わたし達は一緒に帰ることになった。

 そして、自分の荷物を纏める彼女の背後に忍び寄ったわたしは、制服のネクタイを解いて彼女の首にかけた。そのまま全力で彼女を背負い、首を締め付けるわたし。もがき苦しむ彼女を背中に感じながら涙を流す。どうせ彼女を助けることが出来ないのなら、わたしがこの手で……

 やがて動かなくなった彼女の顔は、とても酷い形相をしていた。そんな彼女を抱え、わたしはそのままベランダへと向かい、老朽化した手摺に身体を預けた。二人分の体重を受けた手摺は、あっさりと根元から折れ、わたし達を遥か下の地面へと誘う。

 全身に強い衝撃を感じた瞬間、わたしの意識も暗転した。



 10月25……


 何度目だろう。わたしの目の前で彼女が死んだ。死因なんかどうでもいい。何度目かの死を、わたしの目の前で迎えた。

 どれだけ試しても、彼女は死ぬ。何をしても、どうやっても、結末は変わらない。いつだって彼女は10月25日の深夜までには死を迎えている。

 最初は唯悲しかった。最愛の彼女がいなくなった喪失感が心を支配し、涙を流し続けていた。途中から悲しんで泣いているのか、その悲しみに酔って自分から悲しんでいるのか、それさえも分からなくなって、ただただ泣いていた。

 彼女の両親は、葬儀を終えた後、どこかへと引っ越していった。最期まで恨まれたまま、あの人たちはこの地を去っていった。彼女はわたしを恨んでいるのだろうか。

 わたしはそんなつもりは無かった。そこまで追い詰めるはずじゃなかった。ただ、わたしは自分の頭を冷したかっただけだったのに……そんな彼女の不安な気持ちを、わたしは振り切ってしまった。その結果、彼女は旅立って逝ったのだ。

 やり直せるならやり直したい。彼女に償いたい。そう思っていたある日、携帯に表示されている時間に奇妙なことが起こった。



 10月25日。


 そうしてわたしはあの運命の日を何度も迎えている。


「最近何かあったの? なんか疲れた顔してるよ?」


 朝、学校へ向う途中、会話の中で彼女がわたしに問いかけてくる。


「……嫌な夢を見たの。」


 わたしは夢の中で、と前置きをした上で、彼女が何度も死んでいく、それをどうすることも出来ずに眺めているだけのわたし、と、今までのことを話してみた。


「それでそんなに参っているの? 夢なのに?」


 彼女にとっては夢の中の話かもしれないけど、わたしにとっては全てが現実だ。何度も死んで、殺されて、時にわたしが殺した、その全てが彼女だ。


「夢であっても……貴女が何度も死ぬ姿なんか見たくない。」


 そう。もう見たくないんだ。


「そっか。愛されてるんだな。わたしって。」


「愛していますとも。だから、わたしより先にどこかに行くなんて、しないで……」


 言いながら、わたしは泣きそうになる。零れ落ちそうになっている涙を何とか堪えながら、彼女の手を強く握った。


「えへへ~、初めて愛してるなんて言われちゃったよ~。」


 そういえば、わたしは彼女にきちんと思いを伝えたことがあっただろうか? 最初に告白されて、それに応えて……

 わたしは人前や外だと、恥ずかしさから素直になれず、ついつい拒絶してしまっていた彼女の想い。二人きりの時にはなるべく応えるようにはしてきたけど、彼女はそれが嫌だったのかな?

 そして彼女を喪ってから、わたしは彼女に対して素直になれなかったことを後悔した。それでも、繰り返される10月25日の中で、それを改める事はしなかった。 


「何度でも言うよ。わたしはキミが好きだ。好き過ぎて、離れたくないほどに、ね。」


 だから、わたしは今度こそ、今まで伝えることが出来なかった思いの丈を彼女へと伝えることにした。


「だから……何処にも行かないで……わたしの傍にいて……」


 これ以上、彼女を喪いたくはない。その思いの高ぶりから、わたしは泣きながら彼女にしがみつく。


「うぇ!? ちょっと!? 朝から激しいって!」


 そんなわたしの様子に戸惑う彼女。しかし、それもやがて落ち着き、反対にわたしを慰めてくれる彼女。


「よしよし。わたしが大切なのはわかったから。でもやっぱりうれしいな。こんな風に思いっきり愛されてるってのが分かって。」


 そういいながら、泣き続けるわたしの頭を撫でる彼女。わたしが落ち着いて、顔を上げた頃にはすっかり時間がたっており、遅刻は免れない状態になっていた。

 いまさらあわてても仕方ない、そういいながら、わたし達はゆっくりと学校へと向って歩き出した。少しイレギュラーも有ったけど、いつもと変わらない日常が今日も始まったのだった。



 10月25日。放課後。


 わたしは放課後も彼女に思いの丈をたくさん伝えた。今まで素直になれなかったこと、彼女の死ぬ姿を何度も見て、改めてわたしがどれほど彼女を思っていたのかを自覚したこと、それらの全てをぶちまけつつ、放課後の教室で話していた。

 校内の自販機で買ってきたジュースと、こっそり持ち込んだコンビニのお菓子をつまみながら、お互いの思いをぶつけ合っていた。


「もう、そんなに何度も言わなくても分かったって。」


 少し呆れながらも、彼女は笑いながらそう応えた。


「わたしもね。ずっと悩んでたんだよ? 最初告白した時にもね。断られたらどうしよう、嫌われたらどうしようってね。それで、嫌われるくらいならこのままでも良いかなって、諦めかけたこともあったの。だけどね。やっぱり諦め切れなくて、告白したんだよ?」


 彼女は彼女でわたしの対応に悩んでいた。


「でね。貴女がわたしに余りにも冷たいから、本当はわたしのこと嫌いなのかな? 他に好きな人がいるのかな? わたしとはお情けでつきあっているのかな? って、だんだん信じられなくなってきちゃったんだよね。」


 ……前にもそんなことがあったような……


「でね。わたしのことをどう思っているのか、貴女に聞こうとしてたんだ。」


 そう。思い出した。あの日の口論の原因を……



 10月25日。彼女が旅立った日


「ねぇ? 本当にわたしの事好きなの?」


 何度目だろう、今日はやけにそんなことを聞かれる日だった。朝の通学路や、休み時間のちょっとした間、二人きりになるたびに聞かれてきた。


「好きだってば。何度も言わせないでって。」


 繰り返される同じ質問に、いいかげんうんざりしてきた。そのせいで、言葉にも棘が出てくる。恐らく今のわたしは心底嫌そうな顔をしていることだろう。


「嘘! だって、いつだってわたしから促さないと言わないじゃん!」


 そんなわたしの態度に彼女も苛立ってきているのだろう。それがついに爆発したようだった。


「好きだって言うならキスしてよ! 今、ここで!」


 彼女の口からとんでもない要求をされる。しかし、ここは放課後の教室。誰が見ているかわかったものじゃない。


「こんなとこで何を言ってるんだ! 少し頭を冷しなよ!」


 無茶な要求に思わず声を荒げてしまう。結局、その場でのわたしの言葉では彼女を納得させることが出来なかった。


「もういい! 知らない!」


 そんな言葉を残して、彼女は教室を後にした。わたしも少し時間を置いてから学校を出る。学校でのやり取りに気まずさを覚えたわたしは、問題を先送りにするために、彼女にメールを送った。


 昼間はゴメン。だけど、わたしも貴女も少し冷静にならないとダメだと思うの。

 だから、少しの間距離を空けよう。


 そんなメールを送った。すぐさま彼女から電話が返ってくる。その時のやり取りは、学校で行なったのとおんなじ。その延長だった。


「やっぱり好きじゃなかったんだ!」


「そうは言ってないって」


「じゃあ何で、距離を開けなきゃならないの!」


 ヒステリックに声を上げてわたしの提案を拒否する彼女。最終的にわたしもそんな彼女とのやり取りに疲れてしまう。


「そんなに疑うんならもういいよ。別れよう……」


 そう彼女に告げ、電話を切った。その後、彼女は何度も電話を掛け、メールを寄越すがわたしはそれらに応えることはなく……

 そして翌日、朝のホームルームで担任の教師から彼女の死を告げられたのだった。彼女は遺書も用意していて、そこにはわたしとの関係ややり取りのことも書かれていたらしく、彼女の両親からは酷く責められることになったのだった。

 後日行なわれた彼女の葬儀への参加は家族から強く拒否され、わたしには彼女のお墓の場所も知らされず、そのまま彼女の両親も引っ越してしまった。わたしは彼女へ思いを告げられないまま、彼女は旅立ってしまった。


 その後、後悔を繰り返していたのだが……



 10月25日。放課後。


「だけど、今日の朝になって、貴女はわたしにその気持ちを教えてくれた。それがすごく嬉しくってさ。それと同時に貴女を疑ってた自分が恥ずかしくなっちゃって……」


 そういって、ばつが悪そうに顔を伏せる彼女。彼女も悩んでいたんだ。それなのに、わたしは対面ばかり気にして、それで彼女の気持ちを犠牲を強いていたんだ。


「そう思ったのなら、償わないとね。」


 わたしはうつむいた彼女の顔へと自分の顔を寄せる。ちょっとした悪戯心と、償いのために。


「え?」


 そんなわたしに驚いて彼女が顔を上げた瞬間、わたしは彼女の唇を奪った。


「これが、その償い。」


 あの日拒んだ、彼女へのキス。それがわたしの彼女への償い。


「これでもまだ疑う?」


「ううん、大丈夫!」


 普段であれば絶対にしないわたしからのキスに驚きながら、彼女は首を振る。よほど嬉しかったのか、その表情は緩んでいた。

 あの日、言葉では想いが伝わらなかった。だから、今度は行動で伝えることにした。今までは口論のきっかけを避けてきた。今回はしっかりと彼女の抱いた疑問へと立ち向かう。


「もう、いきなり素直すぎて、どんな顔をしたのやら……」


 戸惑いながらも、満更ではない彼女の様子に、わたしも満足だ。

 やがて、下校時間の放送が流れ、わたし達もそれに従い学校を後にする。帰り道では、迷い込んだ車も、すぐ横を走りぬける車も、通り魔にも出くわさない。途中であの女子グループとすれ違ったが、向こうはこちらを気にするでもなくそのまま去っていった。

 そして何事もないままにわたし達は彼女の家の前までたどり着いた。そこでわたしは彼女と別れ、わたしも自宅へと向う。それはいつもと変わらない、いつもの日常だった。 

 そのあとも何事もない。いつもどおりにメールを送り、眠りについた。


 おやすみ。また明日。


 それだけの短いメール。そのメールを最後にわたしは眠りにつく。



 10月26日。いつもの朝。


 そうしてようやく、今日もまた彼女との他愛もない、いつもの日常が始まるのだった。

少し思うところがあって書いてみました。

思い出にするには少し重過ぎる出来事に、少しは心の整理がついた気がします。

もしも、あの日をやり直せるなら、わたしは彼女を死なせたくない。

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