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バードクエスト

バードクエスト(連載)

作者: oga

私の名は大谷 鳥之 年は35歳 某カメラメーカーに勤めている

結婚して5年目 順調に人生を歩んできたつもりだが、最近何かが空しく感じるのである

都内近郊のマンションから会社まで1時間 満員電車に揺られながら

仕事を終えて8時ごろには帰宅 そんな一日なんだろうな、と頭の中で考えた

憂鬱な気分に浸る 30代から40代の働き盛りにもうつが多いらしい そんなことを耳にしたことがある

一見順調そうに見える傍らで、果たしてこのまま人生を終えていいのだろうか?という悩みにさいなまれ、

そんな日が続くうちに本当にうつになってしまうという

車内は逃げ場のない鳥かごで、その中に次から次へと無表情の人達が詰め込まれていく

ぎゅうぎゅうに押し込められ、これ以上は無理ですと言わんばかりのうめき声が隅のほうで聞こえる

その状態で、嫌がらせのように容赦なく揺さぶられる

これが定年まで続くのか?・・・


社内に到着し、

いつものようにデスクについてメールをチェックする

営業先からのメールがほとんどだ 取引先の店舗への新商品の紹介とその返事、今日もう一度伺って実際に取り扱ってくれるか、何台置いてくれるのか、交渉にいかねばならない

今月も余裕はないなと、ため息をつきたくなった

この仕事を初めてもう10年か 新人の頃の熱意もないし、このままでいいのか・・・

湯沸し室で沸かしたコーヒーを飲みながら、電車の中で考えたことをループさせていた

すると、一通、いつもと違うメールがあるのに気が付いた

「社内カメラコンテスト 賞金30万」

大半の社員がスルーするであろうメールに鳥之は興味を注いだ


喫煙所でタバコを吸っていたら、同期の山根が顔を出した

「おう、またサボってんな」

「まだ始まってねえよ」

腕時計を指でたたきながら時間が8時過ぎなのを示した

山根は同じ営業だが、一体どんなことを考えてここまで来たのだろうか

こいつにも人知れず悩みなんかあるんだろうか

「お前ってさあ、なんか悩みとかあるん?」

「悩みねえ、・・・あるぜ」

「どんな悩みだよ 相談にはのらねえけど聞いてやるよ」

「俺に彼女がいないのとか、趣味のバイクに金をつぎ込んで家賃が払えないのとか・・・って相談に乗れよ」

こいつに比べたら俺は満たされているはずだ

「こういうのもなんだが、俺は結婚してるし、バイクも乗らない なのに悩みがある」

「なんだよ」

「人生に行き詰ってるっていうか、ただ何となく、つまらないって言うか」

「うつじゃねえの?30代でそういうの多いらしいしな ただ何となく憂鬱ってやつ」

山根、こいつも俺と同じニュースを見たに違いない

「・・・どうしたらいい?」

「まあお前の場合、仕事以外になんか打ち込めるもんを見つけたらいいと思うぜ 要するに趣味だな」

「趣味か・・・なるほどね」

「お前せっかくこんな会社にいるんだからよ、カメラとかどうよ?」

そういえば社内メールを思い出した

「カメラコンテストってのがあるらしいな」

「ああ、毎年やってるじゃん 社内限定コンテストな 確か去年の入選作品が社内のホームページで見れたはずだぜ ちょうどいいんじゃないか?」

「・・・ちょっと見てみるわ」


早速去年の入選作品をチェックしてみた

大賞 富士の朝焼け

なるほど、これは誰が見てもすごいと思える作品だ

一眼レフで撮ったその写真はプロ顔負けの出来栄えだった

大手カメラメーカーの社員の作品なだけはある

中央にそびえる黒い影 その背景を赤い夕焼けが飾る

だが、私の心をひきつける一つの作品があった

入賞 美しき鳥

カワセミのちょうど魚を捕まえる瞬間を捉えた写真だ

水をはじいてカワセミがダイナミックに魚をキャッチしている

何かこう、生き生きとしたカワセミに惹かれた

肉眼では捉えきれない力強さがこの写真の中に閉じ込められている

これだ、と私は思った

私は早速次の休みにカワセミを撮りに出かけようと思い立った


日曜の昼、都内近郊の野川公園にやってきた 家に置いてあったデジカメを持参している

野川公園といえば調布市にあるなかなかの広さを有した公園だ 近くには味の素スタジアムがあり、サッカーの試合があるとFC東京のサポーターでにぎわう

ほかにもセスナの滑走路があり、頭上スレスレを飛行機が飛ぶのが日常的な光景だ

この公園には妻と遊びに来たことはあるが、鳥を見に来るのは初めてだ

駅からしばらく歩くと並木通りに出る

耳をそばだてると鳥の鳴き声が聞こえてきた

早くも私は、今日はカワセミに会えるに違いない、という確信を得た

公園にはサッカーをしている子供や、公園を横切ってどこかに行く人など、この前とさほど変わらない景色が広がっていた

公園内を歩く カゲロウで景色が揺らいでいる 青空をセスナの風切り音が響く


しばらく歩くと、近くに池があった

一匹のカモが泳いでいる

私はカワセミを撮る前の練習に丁度いいと思い、カモの写真を一枚とった

デジカメで撮影したカモは、なにか物足りなさを感じた

画面の中央に小さく映るカモ

ズームアップして再度撮影

しかし、デジカメの画素数では鮮やかな写真を撮るにはどうやら不足だと、その時気が付いた

カメラメーカーに勤めてるものの端くれとして、そういった写真はみな一眼レフを惜しみなく使い、

望遠レンズを使って被写体を浮かび上がらせて撮るのは常識だった

気づいたらカモは羽ばたいてどこかに消えていた


帰りの電車の中 私は敗北感に浸っていた

結局3時間も公園を歩いて撮ったのはカモの写真2枚という、かなり微妙な結果に終わっていた カワセミなんてどこにでもいる、そんな認識は一日で崩れ去った

カモ以外の鳥も発見できず、私はどうやってカワセミに会うか というところから考えねばならなくなった

反省点その1 デジカメではいい写真は撮れない

反省点その2 カワセミには簡単に出会えない

デジカメのカモを見て苦笑し、カワセミの撮影、甘くはなさそうだ・・・と思うのであった


帰宅後、会社のホームページにアクセスし、再度入賞作、美しき鳥、を見た もしこの作品の出展者が分かれば、本人に直接聞いたほうが早いと思ったからである

出展者の名前は伏せられていたが、ツイッターのアカウントを発見した

受賞者のコメントの欄に、ほかの作品が見たい方はこちらのアカウントからお願いします

という一文が載っていたのだ

早速、ツイッターをのぞいて、コメントを残した

「受賞作のカワセミを見て、私も野鳥の撮影に興味がわきました。もしよろしかったら、一度お会いして、

どのように写真を撮影したのか、お話を伺いたく存じます。某カメラメーカー勤務 大谷 鳥之」

返事はすぐに来なかったが、翌日、本人が私のところに現れたのである


社内でいつものようにメールを見ていると、「大谷さん?」と声をかけられた

振り向くと、高野 望が立っていた

雰囲気は江角マキコのような、カッコイイけどとっつきにくい そんな感じの女性だ

絶対に自分からデートには誘わない、ディナーも自分は1円たりとも払わない、仕事のできない男には興味なし、そんなイメージが定着している

「あ、どうも」

普段ほとんど話さない相手で、しかも向こうから声をかけてくるとは

デートの誘いとは思えない あの高野だ

「仕事の件・・・ですよね?」

「はあ?あなたでしょ、私のツイッターに連絡したの」

「え?!もしかして」

完全に意表を突かれた こいつが?カワセミの?

「ちょっと社内では話しにくいから、次の日曜日うちに来てくれる?」

まさか高野望がアカウントの持ち主で、しかも家に行くことになるとは・・・

とりあえず、恐る恐る私は、次の日曜に高野望の住むアパートへ出かけた


早朝7時、この時間に高野の家で集合することになっていた

住所を確認し、家に向かった

「また早い時間だな、それと、あいつ直接家までこいなんて、結構めんどくさいこといいやがる」

高野のことが別段タイプというわけではない私は、ひとりでぼやきながら歩いた

高野のアパートに到着

○○コーポ このアパートの204号室が彼女の住まいとのことだ

チャイムをならした

「はい」

高野だ

「大谷ですが・・・」

鍵が開き、扉が開いた

その光景に、私は一瞬ひるんだ

白いマントを羽織り、鳥の頭の形をしたニットを被った高野が現れたのだ

「早くはいって!誰にもつけられてないわね?」

勢いよく扉が閉められ、ガチャリと鍵がかけられた

部屋の中に入ると、そこは鳥グッズであふれかえっていた

(こいつは見られたら笑いの種だぞ)

鳥の図鑑やら、鳥のオブジェ、鳥の写真も飾ってあった

「座って、お茶出すから」

鳩の形をしたソファに座らせられた なんだこいつは、さかなクンの鳥バージョン、しかも女

目の前にひよこのマグカップが置かれた

「あの、高野さんって、鳥マニアだったんですか」

私は笑いをこらえながら聞いてみた

「言っておくけど、私が家にあげるのはあなたが鳥に興味があるって言ったからよ。鳥好きに悪い人はいないってのが私の持論なの」

質問を無視して勝手に話始めた

「カワセミに興味があるんでしょ?」

「そうなんです、まあ、聞いてくださいよ」

カメラに興味を持ち、カワセミに至った経緯を説明した

そして、先週の出来事も話した

「あなたがうつとかそこら辺はほんとどうでもいい事ね 一応聞いてあげたけど それよりコンテストの中で私のカワセミに惹かれたってとこはあなた、いいセンスしてるわよ。あの写真はほんとに苦労したけど、私の中でもかなりのお気に入りだもの」

俺のことには一切興味なしかよ

「カワセミってここらへんだとどこに行けば見れますかね?ずうずうしいかもしれないんですけど、できれば撮影のレクチャーとかもしてほしいんですが」

「あなたはまだレベル1、カワセミは早いわね」

レベル1って、ドラクエじゃあるめえし

「テクニックもないなら、装備から見直すべきね 私の愛用してるカメラはこれよ」

目の前に出されたのはわが社のE-05だ

いわゆるミラーレスの一眼レフで、画素数は1600万程度 店頭価格は10万前後の高級カメラだ

「その通り、これに私は他社製の望遠レンズを組み合わせてあのカワセミを撮ったの、まあ予算は20万程度

ってとこね このカメラには秒間9コマの連射機能が付いていて、野鳥の撮影には欠かせない機能よ あなたのふつうのデジカメじゃ、鳥が獲物を捉える決定的瞬間は捉えられない せいぜい町の鳩を撮る用ね」

「ということは、俺もそのクラスのカメラがないと話にならないってことか?」

「そうね、動きの速いカワセミをブレることなく、鮮やかに撮りたいのなら、必須ね」

20万・・・現実的に出せる額かを考えたらきつかった

一人暮らしならいいが、家族もいるし、続くか分からない趣味に20万か しかし、もし社内のコンテストで

優勝すれば30万の賞金が手に入るのだ

あのカワセミが優勝する可能性は決して低くないはずだ、と私は思った

「次のコンテストで、あのカワセミ並のものがもう一度とれれば、優勝もあると思います、どう思いますか?」

高野はニヤリ、と不適な笑みを浮かべた

「十分ありうるわ 2度も前回と同じネタが優勝することはないもの たしかに富士山は圧倒的に人気だけど、そういう暗黙のルールがある それに、今までも鳥という題材は選考員に人気があるの 今回は優勝候補筆頭よ」

20万は出せない・・・だが、へそくりの15万を使う覚悟は固まっていた


その日は高野から鳥に関する撮影のレクチャーをしてもらった

鳥は早朝がもっとも活動が盛んで、その時間帯にエサをとったりするらしい

そのため、本来なら薄暗い時間帯からこちらも準備をするのがセオリーとのことだ

だから、前回は鳥の姿を全く見かけなかったのだ

さらに、鳥は相当警戒心が強いらしく、うかつに動けはすぐに逃げられてしまう

撮影のセオリーは「待ち」なのだそうだ

要するに、鳥が現れそうなところに陣取っておくのだ

慣れた人なら鳥が好きそうな枝なんかを見極めて、そこにファインダーを構えておく

待ちをしない人でもカメラは常に構えておいて、すぐシャッターを切れるようにしておく

もし見つけても、もたついてる内に逃げられてしまうためだ

こういった基本を押さえて、2人で撮影に向かった

今回向かったのは、水元公園という場所だ

ここは野鳥撮影のメジャースポットらしい ちょうど埼玉と東京の境にある公園で、広場もあるし、バードサンクチュアリ(野鳥保護区)もある

カワセミの出現も期待できるらしい

「ここにはそこら中に鳥がいるし、人に対する警戒心も薄い。鳥を撮りたい人にはうってつけの公園よ」

公園内には早速白い鳥がそこらへんを歩いている

「あれは?」

「コサギね 1年中見られる鳥よ」

さっそくファインダーごしに覗いて、カメラに収めた 相変わらずデジカメだが

その時、ブルーの小鳥が画面を横切った

あれは、まさか!

「カワセミね。撮れた?」

私はすっかりシャッターを切るのを忘れてしまっていた

あとで撮ろうとしたが、すでに姿はなかった

「早い、それよりも・・・」

鼓動が高ぶっていた 35のおっさんがドキドキしていた



















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― 新着の感想 ―
[良い点] 恐ろしいほど異世界ものが出ている中、このようなタイトルを見た時なんだか癒されました。 [一言] 野鳥の特徴をもう少し書いていただければ…と思ったりもするのですが、主人公にそこまで目を向け…
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