同日午後、山川
【医師山川】
今、私のデスクには名門夜ノ森家の長女、夜ノ森アカリが座っている。
左右に控えているのは付き人なのだろうか。さすがお嬢様、といったところか。
残り僅かとなった、プレミアブラジル豆100%使用のコーヒーバッグをコーヒーカップに沈めながら彼女達の様子を遠目で伺う。
カップは私含めて四つ並べてある。二ついれたところだが、コーヒーバッグも残り二つしかない。
コーヒーは夜ノ森のお嬢さんだけでいいだろうか?そんな考えが脳裏をよぎる。
本気で悩んだ結果、四人分ちゃんと淹れた。若干手が震えたが、客人をもてなすためだ。プレミアコーヒー豆も、多くの人に飲んでもらった方が本望だろう。
カップをお盆に乗せ、デスクに戻ると付き人らしき黒髪の少女にキツイ視線を浴びせられた。遅い、と目で訴えている。
まあまあ、このコーヒーを飲めば待った甲斐があったと納得できるよ。そう目で返しておいた。
コーヒーを三人に渡し、白衣に片方の手を突っ込んだ。これが私のコーヒースタイルである。コーヒーをより引き立たせるため、自らを澄ませなければならないのだ。
しかしカップを口元に近づけた時に、私が彼女らの目的を伺っていない事に気付いた。予想すらしていない。思考容量のほとんどをコーヒーに使ってしまっていた。これはいけない。カップをデスクに置く。
「ん、本日はどういったご用件ですかね? 夜ノ森家のご息女がこんなところまで」
「単刀直入に申します。境コウジはこちらに入院していますね? 彼を引き取りに参りました」
彼女は、ギラギラした瞳でそう言った。
直接話した事は無い相手に、それも二回りも三回りも年上の相手に堂々としたものだ。
「境コウジくんですか、確かに私が担当した患者で当病院に入院中ですが、なんでまた。彼はあなたの家族でもなんでもないでしょうに」
カップに口をつけ、それに、彼の退院時期は担当医である私が責任を持って決めます。と続けた。当然だ。
「でも、彼は大した怪我ではないのでしょう? あの惨状のど真ん中にいたにしては」
「それはそうですがね……」
確かに、そうだ。あの事故に巻き込まれたにしてはあの怪我は軽すぎる。出血だけはかなりのものだったが、あれだけ出血するような傷はひとつもなかった。
救急から運び込まれた際はかなり緊張感を持って彼にあたったが、診れば診るほど謎だった。腕と足を数針ずつ縫ったくらいだ。
しかし。
「では、問題ないわね。退院の手続きをしてくださいますね? 私達は彼を迎えに行きます。ツユキ、案内してちょうだい」
「はい。こちらです、お嬢様」
「はあ……」
ぽかんとしている間に三人は去ってしまった。……手付かずのコーヒーを残して。
なんということだ。ごめんよ、ごめんよプラジルコーヒー豆達。
カップ四つをしっかり飲んでやる。看護士に笑われたが気にしない。
私が、しっかり供養してやるんだ。
あ、境コウジくんの退院手続きをしなくては。
……頭がいたくなってきた。