同日午後、孝二
【コウジ】
気がついたら、知らないベッドに寝かされていた。
まず、兄貴がいた。眠ってるみたいだ。寝息は立ててないけど、椅子に座りながら俺の足元に頭を置いている。
左を見ると、窓。空いてる。外ではちょうど政治家が騒音を撒き散らしていた。周りにはデカデカと『富国強民党党首、丹波雄吾』『現内閣総理大臣』『改革を進める若きリーダー』と書かれたのぼりを持つ赤いジャンパーのおっさんおばさんが立っている。本人の顔写真付きだ。見慣れた顔にうんざりする。
街にはポスターや看板が溢れている。ニュースはほとんど見ないが、毎日取り上げられているらしい。社会に疎い俺ですら、丹波の顔はインプットされてしまった。6年前からずっと、この国の総理大臣だ。
前を見ると、爺さんがいた。俺と同じようなベッドに座りながらニコニコしている。
やあ、起きたんだね、と声をかけられた。
「ここはどこですか?」質問すると、すぐに答えが返ってきた。どうやらここは病院らしい。横浜市立大学病院、地元では一番大きな病院だ。
ふと右を見ると、真っ白なカーテン。床まであるカーテンは閉まっていて、隣が見れないようになっている。
ああ、確かに俺は病院にいるのかと理解できた。
だけど納得はできない。なんで俺は死んでない…?
あの時、俺は死を予感した。覚悟する時間はなかったけど、死ぬのは間違いないと思った。
いや、実際に死んだんだ。生きている方がおかしい。
遠のく意識の中で、真っ赤な女に死を告げられた。そんで、確実に殺された。なのに…なぜ?
頭を掻こうとして、全身を激痛が走った。
痛い。やっぱり、生きている。
再び兄貴に目がいく。俺に残された唯一の家族。
しょっちゅう喧嘩もするけど、尊敬する大事な兄貴。
たくさん心配掛けちまったんだろうな。ごめんな。
兄貴に触れようと手を伸ばす。と、その時ガバッと兄貴が飛び起きた。
悪夢でも見たのか、真っ青だ。こっちを見て今度は鳩が豆鉄砲をくらったような顔に変わった。
まったく、随分ひどい顔だなあ。
「心配かけたな。ありがとう」
ほんと、生きてて良かった。