四月二十四日、死亡
【少女】
「はぁ〜〜あ、サイアク」
言わんこっちゃないわ。
横たわる大男の頭を踏みながら、こいつを殺した張本人を見据える。うつ伏せに倒れてはいるけど、意識はありそうね。
「ごめんなさいね、ウチのアホが無茶したばっかりに。でも安心して。あなたはもうここまでだから」
一歩一歩静かに、黒髪のツンツン頭へ向かう。
今更抵抗する事もないだろうけど、相手は今回の任務のターゲットで、私の“一応の”パートナーを殺す程の厄介な能力の持ち主。油断はしない。
もう数歩でたどり着く、その刹那。足首を何者かに握られた。
ターゲットじゃない。
「まだ生きてたの、イレギュラーさん。迷子の善良な一市民って言った方がいいかしらね? それとも、無能な金髪の子羊さん?」
金髪は、あちこちから血を流しながらもまだ生きていた。震える傷だらけの手で、意識もほとんどないだろうに、少年はそれでも私の歩みを止めようとする。
「愚かね」
足を上げ、手を振りほどく。そのまま返ってきた足で踏みつけてやった。
「どうやら、もう呻く事すらできないみたいね。無能ってほーんとかわいそう。
あなたが現れた時は本当に驚いたわ。まさかこんな時間のこんな場所に人がいるなんて思わないもの。いたとしても、ここまで入ってくるなんて…ほんとびっくり」
金髪を鷲掴みにして、蹴り上げる。仰向けにひっくり返った金髪はやっぱり何も反応がない。胸だけがかすかに上下している。
「さらには、私たちの邪魔までしてくれちゃって。正義の味方にでもなったつもりだった? でも残念、無能がしゃしゃり出ていいステージじゃないのよ?」
金髪の胸に手を当てる。わずかに動く心臓を、これから肉片に変えると思うとゾクゾクする。さあーー。
「や……めろっ! そいつは関係無い…! そい…つは部外者だっ! 手を出すな…!」
向こうで倒れている黒髪の男が血を吐きながら訴えている。
「そういえば、あなたは“そういうタイプ”の人だったわね。でもダメよ。見られた以上殺すわ」
あなたもちゃんと殺してあげるから、問題ないわよ、と続ける。
何やら喚いているけれども、聞く気はない。
再度胸に手を当て、ーー確実に金髪の心臓が止まったーー。
ああーー、なんて気持ちいい…!
肉片になった男から手を離し、天を仰ぐ。
今の私はきっと恍惚に顔をゆがめているんだろう。
さてーー。
「次はあなたの番よ?」
ターゲットが震えながら立ち上がるのが見えた。
一足飛びに距離を詰め、そのまま相手の胸に手を当てる。
顔を見る。
何かしようという目だ。
此の期に及んで、
「…抵抗なんてさせると思う?」
ターゲットだった男が膝をつき、倒れた。
歪む顔を抑えながら、死体を確認しようと黒髪を根元から掴んだところで、声が聞こえた。
「…近いわね。仕方ない」
真紅のドレスを翻し、その場を後にする。
ーーあの金髪、コウジっていうのね。まぁ、死体の名前なんてどうでもいいけどーー。
【シンイチ】
「ーーコウジィ!! いるのかァ!? 返事をしろ!」
炎を避けながら、瓦礫の山を進んでいく。
どうか…。どうか無事であってくれ。
鼓動が収まらない。所々にある血の跡が、コウジは無事だろうという楽観的な思考を圧迫する。
コウジは何故、燃え盛る瓦礫を進んで行ったのか。
それも、決して軽傷とは言えない量の血を流しながら。
いや、考えても仕方がない。
とにかく、早くコウジを見つけなければ。
再び弟の名を呼ぶ。人の気配がした。
「ーーコウジッ!?」
コウジか?!走りだそうとするがその時、視界を一瞬黒い塊が横切る。
「〜〜ッ」
思わずその場にしゃがみこむ。目を開けると、先ほどまではなかった瓦礫が落ちてきていた。驚いた事に僕の身の丈と同じくらいの瓦礫だ。
だが、何故こんなものが……?立ち上がりながら落下してきた塊を注視する。
工場は既に原型を留めていない。天井は無く、見上げれば暗闇を月が照らしている。
この瓦礫は、一体どこから落ちてきたのだろうか。
ふと、瓦礫越しに影が動くのが見えた。
「コウジ!」と、声が出そうになるのを寸前で抑える。
動いた影から、赤いドレスが見えたためだ。目を見開く。
しかし、ドレスはすぐさま消えるように姿を消した。
今日は変な事だらけだ。疲れているのだろうか。
そういえば、最近よく眠れていない。
この一連も、すべては疲れからくる悪夢のたぐいなのではーー。目を、見開く。
「コウジッ!!」
見慣れた金髪が、瓦礫の上に倒れていた。
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横浜市立医科大学病院。
その入院患者棟で、あちこちに包帯を巻いたコウジが、真っ白なシーツに寝息を立てている。
その横のパイプイスに深く座り直し、安堵の息を吐いた。
無事でよかった。発見した時は、心臓が動いていなかったため気が動転してしまった。
おかげで、あの後の事はほとんど覚えていない。
どうやって救急に連絡を入れたかも覚えていないのだ。
艶やかな白髪を後ろに撫で付けた医師、確か山川といったか。
彼曰く、命に別状はないらしい。あの爆発の中、そしてあの出血量、奇跡の生還と言っても過言ではないと言う。
確かに、奇跡だと思った。
本当に、生きていてくれてよかった。
いるかどうかわからない神に感謝したい気分だった。
だが。
あの時の赤いドレスは何かの見間違いだったのだろうか。
そして、側に倒れていた大男と黒髪の男性は…。
コウジに目を向けた瞬間、二人はその場から消え去っていた。
少なくとも意識はなかったはずだ。いや、死んでいたという方が納得できる。
なのに、何故。
忽然と姿を消したのだろうか。
分からない。
だが、これだけは分かる。
悪夢のような出来事だった。そして、どっと疲れた。
あれは、疲れとパニックが引き起こした、悪夢の一部だったのだろう。
そう、納得する事にした。