四月二十四日、兄弟
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クラッカーから出た煙が、アカリの煌めくような銀髪に吸い込まれていく。
窓からは夕陽が射し込み、彼女の存在の、その輪郭をぼやけさせている。
煙と共に消えてしまうのではないかと思うほど儚げな彼女が、だが携えた瞳の奥を光らせ、言った。
「ようこそ、こちら側へ。歓迎するわ」
目眩がする。
奥歯を軋ませ意識を保とうとした。
ーー嘲笑うかのように、景色が消えた。
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【シンイチ】
「なぁ兄貴、正しくいれば報われるって本当だと思うか?」
春とはいえ、早朝、いや、夜中といってもいい時間帯だ。空気は冷たく寒さを感じる。あーさみぃさみぃと呟きながら二階から作業場に降りてきた燻燻んだ金髪が、隣に紙束を置くなり唐突に尋ねてきた。
「なんだよ急に。時間がないんだ、いいから手を動かせ」
僕は広告を手早く折り込みながら、惚けた事をつぶやくコウジを諌める。
今日から一週間、店長夫妻とその一人息子である中等部三年のユウキが旅行で不在だ。だから、必然的に僕と孝二の2人で配達をしなければならない。
あの傲慢な店長に愛想を尽かし他の従業員がいない事も大きな要因の一つだ。手を止めて話し込む時間など無い。
相変わらずつれねぇ男だなー兄貴は、などと不満をぶつけられるが、聞こえていないフリをする。しばらくして嘆息と、紙の擦れる音がした。どうやら、諦めて手を動かしだしたようだ。お気楽な奴め。
しかし、店長家族は何故ゴールデンウイーク間近のこの時期を選んで旅行に行くのだろうか。せめて一日でも休刊日を挟むように調整はできなかったのだろうか。
いや、そもそも店長家族に僕達を気遣う気持ちなどないか。拾ってやったんだから当然だとでも思っているのだろう。
そんな現状に孝二が不満を持つのも良くわかる。なんとか孝二の気持ちには応えてあげたい。あげたいが、まだこの場所を離れるわけにはいかない事情もあるのだ。
だからどうしても、いつも孝二の不満には寄り添ってあげれていない。もしかすると、孝二が喧嘩に明け暮れているのはそのストレスの発散なのかもしれない。そんな事を考えていると、またしても隣から作業音が消えた。
「孝二ーー」
「テレビでさ、今は皆等しく報われる時代だって言ってたんだよ。平等だって。でも俺は、みんなが報われてるとは思わないんだよな。
「ーーだってそうだろ?」
ゆっくりと、「俺たちがその証拠だ」と続けた。
確かにその通りだ、と思う。
優しかった両親が幼くして他界し、10歳の時に新聞屋の親戚に引き取られたと思えば、あてがわれたのはボロアパートの1室とボロ自転車のみだった。
生活費や学費、家賃も全て、10歳の僕たちで解決する必要があり、毎朝夕自転車を繰り新聞を配達した。今日まで思い出すだけでも過酷な幼少期だったと思う。
病気であっても、ケガをしていても関係ない。孝二以外誰も助けてはくれない。働かなければ飢える。それだけの日々だった。
ふと、自分の手が止まっている事に気づく。
再度作業に戻りながら、「そもそもお前は正しい行いをしてないだろ」とだけ返した。
不平等を感じ、不平等に不満を持つ。性格が真反対の僕たちでも、この認識は共通している。
それでも僕たちは、配達を休んだ事がなかった。つまりは、そういう事だった。
【コウジ】
住宅街から離れた工業地帯を、新聞を載せたカブで走る。
配達用に、最低限のメンテナンスしかしていないオンボロだ。
セルはとっくに効かねえしキックでも数回蹴らなきゃエンジンがかからない。おまけに信号待ちの間にエンジンが止まる。どうしようもないポンコツだ。
だけど、俺はこいつを気に入ってる。
先週までは自転車だったからな。漕ぐ必要が無いってだけでかなり快適だ。風が心地いい。
だからだな、余裕ができた分、余計な事を考える。
兄貴はなんで、あんなにカタブツになっちまったんだろう。
同じ日に生まれたってのに、なんだってこんなに違うんだろう。
全く同じ顔で、同じ背丈、声だって全く同じだから、よくタンニンやクラスの連中からは間違えられたが、俺は、俺と兄貴が似てるなんて全く思わない。
むしろ、その辺のコンビニでたむろしてる奴らの方が似てるんじゃねぇか?素を出すっていうか、主張が足りねぇんだ。兄貴は。
俺は、嫌なモンは嫌。ムリなモンはムリ。それが自然だと思ってるし、それでいいと思ってる。
いちいちガマンなんてしてたら、舐められる。骨までしゃぶられる。結局、そういう世の中だ。
だけど、兄貴は違う。
あんなクソみてえな家族のクソみてえな命令を二つ返事で受け入れる。
生活できねえ幼い頃ならそれも仕方ねえかもしんねえが。
俺たちは先週16になった。仕事を選ぶことだってできるハズだ。
なのになんだって、あの家族から離れようとしない?
奴隷みてえになってまで、あの家族といる事なんてもうねえだろうに。
さっきだってそうだ。正しくいれば報われるなんてありえない。今よりマシになりてぇんなら、自分から動かなきゃダメだ。
だけどーー。
ーーわかんねえな。兄貴の考えてる事は。
そもそも、難しい事は俺の範疇じゃねえんだ。
きっと、兄貴には兄貴の考えてる事がある。
だから、俺はこれからも、兄貴についていーー。
「おっと、いけねえ」
気づいたら真っ暗な海が目の前に広がっていた。考え事をしてたらこんな奥まできちまったみたいだ。行き止まり。曲がらなきゃなんない所をかなり直進したんだろうな。めんどくせえ。
「さっきの交差点まで戻らねえと。このままじゃ配達終わんねぇや」
やっぱり考え事なんてするもんじゃねえな。ロクな事になんねえ。
ーー握ったハンドルを大きく捻った瞬間。
先程までの前方が、目の前まで大きく光った。