2話
「よかったな坊主、美玲美鈴は無事だという話だ」
美玲美鈴ーー平咲鈴人の幼馴染の少女が無事だということを聞き、鈴人は安堵の溜息を洩らした。
「今は保健室にいるらしい。行くぞ」
「は、はい」
保健室は一階にある。急いでそこに向かった。
保険室には、ベッドに腰掛けている美玲美鈴と、その手をやさしく撫でている金髪の女性が一人いた。
「美鈴ちゃん……!」
美玲美鈴の顔を見て、鈴人は思わず彼女に向かって走った。その光景を横目で見ながら、金髪の女性がシュヴァルツに向かって口を開く。
「あら、生き残った子を保護できたのね」
「そいつ一人だけだがな。お前も、美玲美鈴を保護できたようで何よりだ」
「ええ。……とりあえず、この話はこの子たちの前ではやめましょう」
金髪の女性はシュヴァルツから鈴人の方に体を向けると、人を落ち着かせるような柔らかな笑顔で言った。
「初めまして。私はバリエって言うわ。あなたの名前は?」
「ひ、平咲鈴人です……」
見慣れぬ女性に鈴人は身構えた。じっと警戒しながらも彼は答える。
「鈴人君か、よろしくね」
女性は次に美鈴の方を向くと、シュヴァルツの方を手で示した。
「あの大男はシュヴァルツ=アーベレ。恐い見た目をしてるけど、根はいい人だから安心して」
「は……はい」
その人物紹介にシュヴァルツは不機嫌そうに鼻をならした。
「とりあえずここから私たちと一緒に逃げてほしいんだけど、いいかしら?」
「……分かりました」
「ちょっと待ってください」
美鈴は承諾したが、鈴人はそれを許さなかった。美鈴を守るようにバリエと彼女の間に入る。
「確かに僕たちは貴方たちに助けてもらいましたが、貴方たちが僕たちに危害を加えないと決まったわけではありません」
「しっかりした坊やね。確かに、私たちが貴方たちの味方であることを証明する何かを私は持っていないわ。けれど、ここに来ればこの状態を引き起こした犯人の仲間がやって来る。ここで選択よ。少なくとも一回は自分たちに味方した私たちと、自分たちを殺そうとした人たち。あなたはどっちと行動したい?」
「そんなまどろっこしことせずに、その二人を気絶させて運べばいいだろう」
「貴方は黙ってて」
横から口を挟むシュヴァルツを一言で黙らせると、バリエは鈴人に向き直る。
「それに、私たちが貴方たちに危害を加えるつもりなら、こんな悠長に話すことなんてしないわ。安心して、私たちは貴方たちを絶対に傷つけないから」
バリエの言葉に鈴人は目をつむる。極限状態の精神の中、必死で思考を走らせた。数秒そんな時間が続き、彼は口を開く。
「……あなたたちに着いて行きます」
「よかったわ。シュヴァルツ、行くわよ」
「了解した」
シュヴァルツとバリエが鈴人と美鈴を囲むようにして保健室を出た。廊下は今だ誰もいない。
「今のうちね。用心して進みなさい」
「言われなくても分かっている」
バリエとシュヴァルツの連れていくままに進み、校庭に出る。校庭下駄箱のすぐ近くに、黒のワゴンが停めてあった。それを見て、鈴人と美鈴は敵ではないかと警戒する。
「おー、お二人さん。無事目的は果たせたようだねー。しかも少年一人のおまけつきかい?」
ワゴン車の運転席から、サングラスをかけた顔がのぞいた。笑顔の口から白い歯がこぼれる。
「エリック、御託はあとよ。さっさと出して」
「オッケー」
シュヴァルツは助手席に、バリエと鈴人、美鈴はワゴン車の後ろの席に乗り込むんだ。
「ああ、シートベルトはしないで。しっかり何かを握っていて。しっかりとだよ?」
鈴人と美鈴は車内の壁になぜかついている縦につけられた長いとってのようなものを、それぞれ両手でしっかりと握った。
それをドライバーと呼ばれた人物はバックミラーで確認すると、アクセルを思いっきり踏んだ。
「ドライバーことリチャード・エリックの、安心安全運転の旅にご案内するぜ!」
ワゴン車が鬼のようなスピードで走りだした。そのスピードで校門を楽々と通り抜けると、ワゴン車が飛び出した公道の進路方向へ車体をドリフトで合わせる。タイヤがアスファルトでこすれる騒音はしなかった。
「さすが日本、平日の昼間だけあって車が少ないねー!」
「でも車道はあなたのところの無駄に大きい道路の何分の一よ。大丈夫?」
「俺の誰だと思ってるのさ!」
信号を無視して、通りすがるあらゆる車を器用に避け、時速180kmを振り切ってワゴン車は走る。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ひゃっはぁぁぁぁぁ!」
鈴人と美鈴の悲鳴と、エリックの笑い声が車内に木霊した。それと同時に鈴人は、確かにシートベルトを着けていたら逆に怪我をするな、と納得した。
車は学校の近くにある大きな山に向かっていく。だんだんと道が荒れていき、車内の衝撃は大きくなっいった。すでに民家も、人の気配も感じられない。
その時、エンジンが暴走するような音が聞こえてきた。シュヴァルツが左右を、バリエが後方を、エリックが前方を素早く確認する。そしてバリエが叫んだ。
「Enemy in sight! Six o`clock!(六時の方向から敵よ!)」
「OK(了解)」
それを聞いてエリックがさらにアクセルを踏み込み、車のスピードがまた更に上がった。バックミラーには大型のバイクが二代、車の方へ猛スピードへ走ってくる。
「Je le rends la cendre(灰にしてやるわ)」
エリックが左手が肱元にあったボタンを押すと、バリエのすぐ近くの窓が素早く下に開いた。その間に彼女は女性でも片手で扱えるくらいの大きさのサブマシンガンを取り出すと、その窓から少し身を乗りだす。
片目をつむってバイクのタイヤに狙いを定め、引き金を引いた。
銃声と共に片方のバイクの前輪に鉛弾がぶつかるも、タイヤに外傷は見られない。スピードすら落ちる様子はない。
「Hein? Je lance une mitraillette et un pneu parfait est quelle sorte de la chose(はあ?サブマシンガンぶっこんで無傷のタイヤってどういうことよ!)」
バリエは持っていたサブマシンガンを床に置くと、シートの下に手を入れる。そこから長い銃身を持つライフルを取り出した。黒いレシーバーが木漏れ日を浴びる。
「Boisson même cela(これでもくらいなさい!)」
銃声が二つ。その一発目が、より近づいてきていた方の車体に命中。大きくバランスを崩したバイクが転倒し、乗車していた人物が道路に投げ出された。二発目は乗っていた人物の体に直接命中。服も体も貫通し、鮮やかな赤色が飛び出た。
バリエは鼻を鳴らすと、後方に追手がいないかどうか確認する。後ろには先ほどのバイクの二人を除けば穏やかな山道広がっている。とりあえず今は大丈夫だと判断したバリエは、鈴人と美鈴に向き直った。
「大丈夫二人共?」
身体的な怪我の心配をしているのではなく、少しスプラッタな光景を見せたことを案じているようだった。
「だ、大丈夫です……」
幸いにも二人とも高速の運転のおかげで周囲を見る余裕がなかったらしい。ふらふらした目でその質問にどうにか答える。
彼らを乗せた車はさらに舗装されていない道へ入り始める。相変わらずの超スピードで、バキバキと道にそりだした枝をなぎ倒し、車は奥へと進んでいく。
十数秒そんな道を走ると、車は少し開けた場所に出た。その空間を利用して、大きな音も立てずに車をひねって停止させた。
車が停止するとシュヴァルツ、エリックは素早く車体から降りると周囲への警戒を始める。
「ここに来てどうするですか……?」
鈴人が口を開く。美鈴は鈴人の体にしがみついていた。かすかだが、体の震えが感じられる。学校の惨劇の恐怖が、よみがえったのだろうか。
「まだここでは安心できないから、ここから更に逃げないとね」
「そ、そうですか……」
まださっきまでの高速運転による車酔いが抜けてないのか、ふらふらしながら鈴人が答える。
「ええ、だからさっさと逃げるわよ。--でも、その前に」
「え?」
バリエの両手には注射器のようなものが握られていた。彼女はそれを二人が反応する隙も与えず、彼らの腕に刺す。
「少し、眠ってもらうわね」
妖艶にほほ笑んだバリエを記憶の最後に、美鈴と鈴人は人工的な眠りに落ちた。