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8

挿絵(By みてみん)


8、

 神殿に連れてこられて二日ばかりは、身体に力が入らなくて歩くことさえままならなかった。どうなっちゃうんだろう…と、心細くて毛布にくるまって泣いていたら、「許容範囲を超えた魔力を使った所為で、エネルギーが空っぽになっているから、しばらく休めば元に戻る」と、アーシュに慰められた。

 三日目には嘘のように身体が軽くなり、走る事も難なくできるようになった俺はすっかり気を良くしてしまった。

 死んだ母や祖父、俺が殺してしまった盗賊たちの事を考えると暢気に笑っていられるものでもないと思うんだけど、周りのみんなの明るさの所為であまり落ち込むこともなかった。

 なんというか…心の傷は消えないけれど、アーシュとイールの傍にいるだけで、尖った傷で自らを傷つけることなく、傷口が柔らかいベールで覆われているみたいで痛まないんだ。

 アーシュは「魔力で心の傷を消すのは難しい事じゃないんだけど、耐えられる過去は捨てない方がこの先レイの役に立つのさ」と、自信を持って言う。

 神様の言うことだ。きっとその通りなのだろう…あんまり信用してないけど…。


 十日後には年に一度の収穫祭が始まる。

 クナーアンの民衆がイールとアスタロトに拝謁する為に神殿へと集まってくる。その民衆をもてなす準備で神官たちは毎日忙しく働いている。

 お世話になっている手前、俺も何か手伝おうとするけれど、子供は遊ぶのが仕事だと言ってほったらかしにされる。

 仕方がないから神殿の中をうろついていると、神官長であるヨキに出会った。

 ヨキはちょうど休み時間だからと言って、自ら神殿の案内をしてくれた。

 祭りの飾りつけで慌ただしい大広間や神殿の裏にある田畑を回り、神殿の隣に立つ子供達を保護する施設と学校へ見学に行く。

「ここに住む子供たちはそれぞれに事情を持っているんだよ。どこ子も面倒を見る親が居ないんだ。居ても虐待や捨てられたり…大事な人を守る為に罪を犯した子どももいる。最初は誰だって心を閉ざしているんだけど、ここで暮らし始めると心穏やかになるんだ。イールさまとアスタロトさまの加護のお蔭だよ」

「そう…」

 俺も同じだからわかる気がした。

「私もね、ここに来た頃は手も付けられないほど悪党だったんだ」

「神官長が?」

「父が罪人だったからすっかり捻くれて、悪さばかりしていた。でも、アーシュさまに拾われて…生きる意味を知ったのだよ」

「生きる意味?」

「クナーアンの二神の為に懸命に働くことが、私の喜びとなった。一度味わうと病み付きになるから、ちょっと困りものなんだけどね」

 困ったものだと言いながらも、ヨキの顔は至福に満たされている。

 …羨ましい。俺もやり甲斐を感じたい。ここに居れば…アーシュやイールの傍に居ればそれが得られるんだろうか…


 夜、ひとりで寝るのが怖くなった。

 今夜、アーシュ達は出かけてて、この神殿にはいない。

 ここに来てから、何故か俺はアーシュの寝室で過ごしていた。そして、ベッドは別だったけれどアーシュとイールが、俺と一緒の部屋で寝ていたんだ。

 夜中に目が覚めてアーシュ達の寝ているベッドに目を向けると、ふたりが裸になって抱き合っているのが暗闇の中でふんわりと浮かび上がって見えた。

 取り立てていかがわしいとも神聖なものとも感じなかった。

 ふたりの営みはお互いを求め与え、喜びや快楽に満ち溢れ、言いようのない高揚感に満たされていくものだった。あれが愛し合うと言う行為ならば、俺もいつか誰かを愛し、彼らのように慈しみ努めようと願わずにはいられない程の憧憬だった。

 ふたりの愛の波動は俺だけではなく、神殿やこのクナーアンの地に浸透するのだろう。彼らにより近いものが、優しくも信頼の情を他人に与えられるのはふたりの影響なのだ。

 それが今夜は無い。

 ふたりが居ないことでこんなにも不安になる自分がもどかしい。

 依存しているだけでは誰かを愛することなんて一生できない気がした。


「結局、俺はひとりなんだな…」

 

 翌日、姿を見せたアーシュとイールに、この神殿の施設へ入れてくれと頼んだ。

 これ以上彼らに甘えてしまっても、自分が情けないだけだと感じたからだ。

「レイはこの神殿の施設では暮らせないよ」と、アーシュがあっさりと否定した。

「どうして?」

「だって、おまえ普通の子じゃないじゃん。いいか、ほとんどのクナーアンの民は魔力を持たない。レイは極めて稀な子供なんだ。しかも力も強い。にも関わらず、その使い方を学んでいない。先日のように、感情にまかせて魔力を放出させてしまったら、他の子供たちに災いが起きかねないからね」

「…」

「アーシュ、もう少し柔らかい言い方をなさい。レイが泣きそうだ」

「レイはこのくらいで捻くれたりしない不屈の男子だよ。類まれな魔力を持って生まれたんだ。レイには素晴らしい未来が待っている。だから今はその魔力を使いこなせるための環境が必要だ」

「俺は…ここには邪魔な存在なんだね」

「邪魔じゃねえよ。今のままじゃ災いの種になるって言ってるのっ!」

「ちょっと、アーシュは黙ってくれ。…ったく、子供のレイにもわかるように話してくれたまえ。ねえ、レイ。私はクナーアンの神として、レイを大事な民のひとりだと思っているのだよ。だから本当はどこにも行かせたくないのだが…。アーシュはね、クナーアンの神でもあるけれど、異次元の星の住民でもあるのだ。そこではアーシュは神ではなく、ひとりの魔法使いとして沢山の仲間たちと良い未来を作ろうと頑張っている」

「魔法…使い?」

「そうだ。レイのような力を持った人間が沢山いる星も、この宇宙には存在するのだ。レイがクナーアンにこのまま居ても、他の者とは違う力をもてあましてしまうだろう。のけ者と感じたり孤独に苛まされたりする未来が私には見えるのだよ。それよりもおまえのように魔力を持った仲間と学びながら暮らす方がレイには生きやすいだろう。勿論、充分に魔力を使いこなせるようになったら、クナーアンに戻って欲しい。あちらがどんなに居心地のいい場所であっても、レイの生まれ故郷はここなのだからね」

「…沢山の仲間?俺みたいな?」

「そうだ。アースという星のサマシティって街で俺は暮らしている。二十年前にアスタロトは人間として生まれ変わったんだ。能力はそのままでな。残念ながら生まれ変わる前の記憶は失くしているから、俺にはこのクナーアンで過ごした一千年の記憶はない。…俺はクナーアンとサマシティのふたつの故郷を持っている。どちらも大切な星だ。もっとも俺が一番大事なのはイールだけどな」

「子供の前で惚気ても、私は喜ばない」

「…いいか、レイ。イールがむくれているのはな、俺がおまえを連れてしまうからだ。たったひとりでも、クナーアンの民を旅立たせるのは…この星の主として、滅茶苦茶プライドに傷が付くからな」

「当然だ。クナーアンの民はすべて私たちが守っていくべきものなのだから。だから…私は待っているよ、レイ」

「本当ですか?俺…帰ってきてもいいの?」

「勿論だよ、レイ。良い魔法使いになって、クナーアンの未来に尽くして欲しい」

「…できるかどうかわかんないけど…頑張ってみる。イールさまをがっかりさせないように…頑張る」

「それじゃあ決まりだな。収穫祭が終わったら、レイは俺と一緒にサマシティに旅発つんだ。いいね、レイ」

「はい、わかりました」


 こうして俺はアーシュと共に、クナーアンを旅立ち、異次元であるアースのサマシティと言う国の「天の王」学園で暮らすことになった。

 夢のような神殿の祭りが終わった後の旅立ちは、本当に辛くて寂しくて別れがたく、泣きじゃくる俺に見送る神官たちも涙ぐんでくれた。

 そして新しい住処での生活はなんというか…筆舌に尽くしがたい経験の連続だ。

 だって、それまで俺はクナーアン以外の世界があるなんて、想像だにしなかったのだもの。

 当初はなにもかもすべてが違う異国の生活に圧倒されて、何が何だかわからずに日々を過ごしていたけれど、俺の傍にはアーシュが必ず居てくれた。

 そしてアーシュが言う通りに、「天の王」学園には俺と同じような魔力を持った生徒が沢山居た。彼らはクナーアンの民とは違い、計算高く、ずる賢く、我慢強く、真面目だった。彼らの頭の中を魔力で覗こうとすると、あまりの複雑さに気分が悪くなる。アーシュは「クナーアンの民が珍しいのさ。あんなに単純に美しい人間ばかりだと、統治するのには楽なんだけど、こちらの面倒臭さも慣れてしまえば愛おしくなる」

「そういうもんなの?」

「そういうもんなのさ」


 アーシュは学園を卒業した後、この「天の王」の学長代理に就任していた。

 二年前に突発的に発生した聖光革命の折、首謀者により殺されてしまった前学長の後を継ぐ形となっていたが、二十歳になったら正式に学長を名乗るらしい。

 クナーアンでは神さまなのに、こんな小さな学校の学長なんかやっているアーシュが、俺には信じられない。いや、アースそのものが神さまという概念がクナーアンとは大きく違っていて、「神さま」と言う形を信仰していても、その実在などは誰も信じてはいない。

 ハーラル系の星々は天の皇尊ハーラルが創りあそばされたという事実だけが存在するのに、この星ではそういうものはお伽話と笑うだけなのだ。

 だが人間には信仰というものは必要らしく、それぞれの場所で違った神さまを生み出し、傾倒していく。それは善悪に関係なく広がるものだから、アーシュは自分の価値感により、悪と思ったものを壊滅させるのだ。

 よって、このアースでは人々はアーシュを「魔王」と呼ぶ。

 

 クナーアンの神さまが、この世界では魔王だなんて、すごく変な気分だけれど、どこにいたってアーシュはちっとも変わりないから、俺はいつだってアーシュの傍にいられる幸運に感謝して今を生きているんだ。



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