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7

挿絵(By みてみん)


7、


 それから先の事ははっきりとは覚えていないけれど、俺は山小屋の裏の空き地に穴を掘り、母と祖父を埋め、墓を作り、それから俺が殺した盗賊たちの死体を客人用のロッジに運び火を点けた。そして俺自身を殺す為に、母と祖父と暮らした山小屋を燃やすことにしたんだ。

 まだ燃えていた居間の暖炉の焚き木を持ち、カーテンやカーペットに火を点け、俺は床に寝転がった。

 すべてを失った俺に、未来を生きる気力はゼロだと思った。

 死ぬ事が怖いとも思わなかった。ただ独りで死ぬのが寂しくて、母と良く唄ったわらべ歌を口ずさんだ。

 部屋の中には煙が充満し、パチパチと火の粉が飛び散り、夜の暗さとは反対に炎は明るく燃え盛っていた。

 俺は暑さと息苦しさに、口を覆い目を瞑った。この苦しさを乗り越えれば、死ぬ事ができる。お母さんの元に行けるんだ。

 だけど…さ…

 

 誰かが俺の名を呼んだ。俺は息苦しさに喘ぎながら、少しだけ目を開けた。

 燃えさかる火の中に涼しげに微笑みながら、俺に手を伸ばす美しい黒髪の少年が居た。

「さあ、俺と一緒に行こうぜ。銀色のレイ」

 と、少年は言い、床に横たわる俺の腕を引き上げた。

 抵抗する気力もない俺は、少年の腕に抱えられた時には意識を失っていた。



「あ、目を覚ましたよ、イール」

「ホントだ。良かったね、目覚めてくれて」

「うん、丸二日眠ったままだったから心配したよ。じゃあ早速、ヨキに食事を用意するように伝えてくる」

「うん、それがいいね」

「…」

 目を覚ました時、俺はとうに死んでここは天国なのかと思った。

 何故なら母は良き人は死んだら夢のように美しく清浄な天上に行けるのだと、俺に教えてくれたからだ。人殺しの俺が良き人とは思えないが、この時の俺はあまりの寝心地の良いベッドと、澄んだ空気と見たことのない美しい少年たちの明るい笑顔に、自分が生きているとは思えなかった。

 黒髪の少年の姿はすでになく、残った少年は椅子に座ったまま、俺をじっと見つめている。光に反射したキラキラ銀色の巻き毛と見惚れる程に美しい少年。天才画家でもこんなに精巧な美を集めた姿は描けないじゃないだろうか…。絵を見る趣味はこの頃の俺には無かったのだが…


 俺は恐る恐る尋ねた。

「ここは…天上?俺、死んだの?」

「いいや、ここは天上ではないし、おまえは生きているよ、レイ・ブラッドリー」

「…」

 自分の名を知っていることに驚くよりも、なんだかこんな綺麗な人に呼ばれることが気恥ずかしくて仕方がなかった。

「クナーアンの二神は知っているかい?」

「うん、イールとアスタロトだよ。そんな当たり前の事を知らない奴なんて、このクナーアンにいるはずないよ」

「ここはその二神が住む神殿であり、私はイール。さっき走り去った彼が私の半身であるアスタロトだ」

「…ウソだあ~…そんなの信じられるもんか!イールとアスタロトは神さまなんだぜ?そりゃ神殿に行けば、会えるかもしれないって聞いたことあるけど…本当に見たって人に合ったことないし…」

「信じるも信じないもおまえ次第だよ」

「…ホント?…本当に、あのイールとアスタロト?…クナーアンの神さまなの?」

 銀色の巻き毛の少年は穏やかな笑みを湛えたまま、黙って頷いた。

 どこまでも澄み切った青空みたいな瞳に見つめられ、俺はなんだかたまらなく胸が高鳴ってしまい、落ち着かなくてベッドに寝たまま毛布を頭から被ってしまった。

 

 この少年が話していることが信じられずにいるのに、俺の心はすでに彼らがクナーアンの二神であるのだと信じているのだ。

 じゃあ、何故、自分がどんな状況でここに居るのだろうか…。全くわけが判らない。


 …そうか、あの時、俺に手を差し出した黒髪の少年がきっとアスタロトなんだ。それで俺を彼らの住処である神殿へ連れてきてくれたんだ。

 長い時を生きる神々は気まぐれに地上へ赴き、気まぐれに幸運や不幸を民衆に齎すと聞いたことがある。もしかしたら、俺は彼らの気まぐれで、ここに連れ込まれたのかもしれない。


「おまたせ~」

 あの黒髪の少年の声だ。俺は毛布をかぶったままじっと動ないでいた。

「そろそろ目覚める頃合いだと思って、ヨキがちゃんと用意してくれてたんだ。さすがにヨキは勘が良いね…え?また寝ちゃったの?」

「いや、起きていると思うが…。どうも私達がクナーアンの神だと信じられないらしいね。まあ、トレイを抱えてるからって、足でドアを開ける神さまもどうかと思うけど」

「この際大目に見てくれよ、イール。とにかく…さあ、起き上がってお食べよ、レイ」

 頭から被った毛布を大げさに剥ぎ取ったアスタロトは、縮こまった哀れな俺の姿を見て大いに笑った。

 その態度にムカついた俺は、目の前のテーブルに用意された料理を黙って食べ始めるのだった。

 すでに緊張も恥じらいも無くなっていて、料理を味わう余裕すらあった。

 母が料理人だったから俺は幼い頃から美味いものしか食っていない。アスタロトの持ってきた料理は母の味とはかなり違って、味付けは薄いんだけどなんだか…色んな味がした。

 見たことも無い色の野菜やらソース。それにすごく優しい味のリゾット。


「美味しいかい?レイ」

 食べている俺を見て、楽しそうな黒髪の方…アスタロトにちらりと目をやった。

 そうだった…。まだ、助けてもらったお礼も言っていない。

「なんで…」

「なに?」

「なんで俺を助けたんだよ」

 お礼を言うつもりだったけれど、天邪鬼の俺の口からは、助けてくれたことを責める言葉が出てしまったんだ。

「俺、死にたかったのに…。俺…」…人を殺してしまったのに…。

「助けてくれって、おまえの声が聞こえたから、燃えさかる火の中からおまえを見つけ出したんだよ」

「嘘だ!助けてくれなんて、言ってない!」

「でも俺にもイールにもおまえの精神こころの叫びが聞こえたし、本当に死にたかったのなら、俺達に救いの声など届いちゃいないさ。…おまえはもっと生きたかったんだよ、レイ」

「…」

 そうなんだろうか…でも…

「俺、人を殺したんだ」

「うん、わかってる。おまえの大事な家族を破壊した盗賊だ。これについてはクナーアンの法の神でもあるイールに裁きを委ねよう」

 アスタロトは隣に座るイールに顔を向けて、「頼んだよ」と、手を差し出した。


「そうだね。…レイ・ブラッドリーは目の前で家族の幸せを破壊した三人の盗賊たちを、己の魔力により命を奪った。その罪は断じて許されるものじゃない。けれど、あの場に居て、力を持った者であるなら、己の大事な者たちへの復讐を諌める判事はいないだろう。レイ・ブラッドリーに刑罰は与えない。ただ、死んでいった男たちにも家族が居ることを忘れないようにしなさい。おまえはおまえと関係ない場所で生きている妻や子供の父親を奪ったのだよ」

「…」

 イールの言葉は優しかったけれど、とても重くて、でももうどうしようもなくて、八歳の俺には後悔と懺悔に泣くしかできなかった。


「イール。レイはまだ子供だぜ?苛めんなよ」

「苛めてはいない。どんな理由にせよ、人の命を殺めるのは罪だと教えているのだ」

「それって状況によるだろ。俺は今回のレイの行動に罪は無いと思う。正当防衛だし、人殺しは罪だからって、こちらが殺されても意味ねえじゃん。俺もレイの立場だったら、あいつらを殺してただろうね。もっとめちゃくちゃにいたぶりながらさ」

「…アーシュ、君ねえ、子供の前で話すことじゃない。大人の建前ってものを少しは考えろよ。っていうか、神の自覚が足りない」

「神さまだからこそ、悪者を殺すのは当然の権利だって言ってるんだよ。俺にその権利を教えてくれたのはイールだろ?」

「…ったく、困った神さまだよ、君は」

「あの…」

「なんだ?レイ」

「神様でもケンカするの?」

「するさ。つまんねえことでしょっちゅうだよ。なあ、イール」

「大方の原因は君の方にあるけどね」

「でもイールは優しいから、いつも俺を許してくれるんだ」

「仕方ないじゃない。ケンカしたまま時間を無駄にしたくないもの」

「そうだね、お互いを傷つける言い合いよりも愛してるって囁く方が、幸福になれるもの」

「幸…福…?」

「そうだよ、レイ。誰かと愛しあうことは相手を幸せにするし、自分も幸せになれるものなんだ」

「俺は…誰かを愛してもいいの?」

「もちろんだよ。私がおまえに言ったことは辛かったかもしれないけれど、人の心の痛みを知ることも、愛を知るには大切な経験なんだ。失った家族の分も君は幸せになる権利がある。乗り越える力を得て、頑張りなさい」

「はい、イールさま」

「しばらく神殿で暮らすといいさ。この先の身の振り方をゆっくり考えるといいよ」

「うん、そうするよ、アーシュ」

「…」


 アーシュは変な顔で俺を見た。

「なんでイールに対する言い方と、俺に対する言い方が違うんだ?同じ神さまなのにさ。レイ、おまえ俺に対する尊敬の念が足りねえんじゃねえのか?」

「え?…そんなことは…ありません…たぶん…」

「アーシュ。子供のレイを責めるより、自身を見直すことだよ。馴れ馴れしいのもいいが、神の尊厳を保ちたまえ」

「だって、神さまって言ったって、俺、二十歳にもなんねえし、威厳もクソもあるものかよ」

「…アーシュ、子供の前で下品な言葉使いは…こらっ!逃げるなっ!」

 風のようにバルコニーまで走り去ったアーシュは、追いかけるイールと笑いあい、そしてお互いを抱きしめ合い、何度もキスを繰り返した。


 幻想のような空間だった。

 幸福と言う言葉を具象化したふたりの姿に、俺はただ見惚れていた。

 そして一番肝心なのは…俺はあの時あのまま死ななくて良かったかもしれないと…思わせてくれたことだった。



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