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挿絵(By みてみん)


6、


 俺はクナーアンと言う惑星で生まれた。

 現在いまの俺はクナーアンとは異次元のこの星で暮らしているけれど、幼い頃はクナーアン以外の世界が存在するなんて想像もできなかった。

 だけど、世界は無限にある。

 俺が生まれるずっと、ずっと昔から。

 誰もが一度は聞いたことのある御伽話のように…。


 天の皇尊すめらみことが生み出したハーラル系には十二の惑星があり、それぞれについの二神が惑星を守り、人々は二神の加護の元に日々の生活を営んでいるのだった。

 星に住む民は朝に夜に二神への崇敬と感謝の祈りを絶やさない。

 勿論、俺も天の皇尊ハーラル様の輝きを持つ太陽と、イールとアスタロトの名を持つ夜天に輝くふたつの月に毎日手を合わせて祈った。


 今日一日をつつがなく過ごせますように…

 今日の恵みを感謝いたします…


 幼かった俺の知識のすべては母が教えてくれたものだ。

 母、エイダ・ブラッドリーは若くて綺麗で賢い人だった。

 奥深い山で生まれ育った母は知る事を求め、若くして村へ出た。

 村の食堂で働き、料理の腕を磨くと今度は街へ出た。

 都会とまでは行かないまでも、充分に文明の育った街のレストランで母は腕の良い料理人として評判だった。


 クナーアンの文明と言っても、現代のサマシティと比べてもらっては困る。

 サマシティのような電気、ガス、汽車や自動車といった産業文明は栄えておらず、灯りは都会ではガス灯を見る事はあるが、ほとんどの家庭では灯油ランプや蝋燭のカンテラだし、遠出の移動には馬車ぐらいしかない。

 クナーアンの神であるイールとアスタロト(アーシュ)は、様々な進んだ文明を知っていたけれど、彼らは敢えて文明の進化を抑え、人々の暮らしが便利さに狂うことを避けたのだ。

 アーシュは言う。

「人間は己に都合良い進化を目指していく。この都合の良さは堕落にも繋がるからね。アースの文明の発達には恐れ参るが、クナーアンの神として俺はそれは選ばないよ。何も知らないさいわいってものがあっても良いからね。まあ、確かに住めば都っていうけど、サマシティ(ここ)は利便性は良い所だよねえ。めんどくさがりの俺には楽でいいわ」

 クナーアンで見ることのない堕落した人間を装うアーシュは、クナーアンの民であった俺にしてみれば複雑だけど、完璧じゃないアーシュが好きだから許してしまう。

 きっとイールさまも粗雑な欠点もあるアーシュを愛してやまないのだろう。

 それに、アーシュはクナーアンでの神の役目と、アース(サマシティ)での人間としての役目をきっちりと分けている。誰もが称賛する行動で。

 アーシュはそれを「能力がある者がその役割を果たさなきゃ、宝の持ち腐れって言うんだよ」と、俺に皮肉めいた口ぶりで言うのだが…

 

 俺に魔力があることを知ったのは、三歳になったばかりの頃。

 近所の子供とケンカをして相手を傷つけたことを知った母は、真っ青になった。

 何も触れずに地面に落ちていた石を相手の子の頭にぶつけた…らしいのだ。

 俺はよく覚えていない。

 だが母は俺に「レイ!絶対に魔法は使っちゃ駄目よ。約束して頂戴!二度と使わないって!」

 俺は母の青ざめた形相が恐ろしくて、ただ頷くばかりだった。

 

 父の事はほとんど記憶にない。 

 父について詳しく知ったのは、アーシュに命を救われた後、しばらくの間、神殿で生活していた時だ。俺がしつこく聞くから、アーシュは神官に命じて父の詳細を調べてくれたのだ。


 父、ジーン・ブラッドリーは伝道師だった。

 彼は若い頃、自らの意志でハーラル系第二惑星リギニアからこのクナーアンに移住した。

 彼には近未来を透視するという生まれ持った能力が備わっており、古い惑星リギニアから若さみなぎるクナーアンに希望を見出し、この星を讃える為に謳い、時には説教をし、クナーアンの至るところを旅した。

 母、エイダと出会ったのはその旅路の最中だ。

 好奇心の強いエイダは、人とはなにかしら違うジーンの見かけや快活な話しぶりと博識にすっかり魅了され、求婚したと言う。

 放浪の身であることを承知した上で、ふたりは結婚し家庭を持った。

 伝道師のジーンは旅を続け、エイダは料理人として家庭を守り、俺を生み育てた。

 小さい頃、周りの子供たちが父親と楽しそうに遊ぶ光景を見て、俺も羨ましく思ったのだろうか、何度か「ぼくのお父さんはどこにいるの?」と、尋ねたことがある。

 母は「おまえのお父さんは、このクナーアンを守る為の大事なお仕事をなさっているのだよ。だから少しぐらい寂しくても我慢しなさい」と、言った。

 母は寂しかったのだろう。

 時折、俺を力一杯に抱きしめ「レイの髪はシンの穂の様な銀色、瞳の色は朝日に染まった空の金…本当にあの人にそっくりなのね…」と、涙ぐむのだ。


 ある時ジーンは予感したのだ。このクナーアンにとんでもない災厄が広がりつつあることを。

 彼はそれを確かめに収穫祭で賑わう神殿へ向かった。

 年に一度の収穫祭の三日間は、クナーアンの二神が揃って神殿の玉座で参詣者に姿を見せる習わしだ。そしてジーンはその目ではっきりと確信した。

 ふたつの玉座のひとつに神の姿が見当たらないことを。

 だが他の民衆は何一つ違和感もなく、ホログラムで映し出されたアスタロトの姿に頭を垂れる。

 片割れのイールは不安と孤独を湛えた面持ちで民衆を眺めているのだが、それさえ誰も気がつかない。

 ジーンはこの事実に驚愕し、絶望した。

 クナーアンを愛するが故に、彼はこの星の未来を探ろうと考え抜いた。

 二神のひとつが欠けることは絶対にない。なぜならば、どちらかの神が居なくなれば、もう片方の神も消滅するのがこのハーラルの惑星の運命なのだ。

 ではアスタロトの姿が見えないのは何故だろうか…

 イールの憔悴しきった表情は何故だ…。


 この時、アスタロト…つまりアーシュはサマシティにおいて己を人間に生まれ変わらせ、記憶を失くしており、クナーアンには存在していなかった。

 ジーンはアーシュの不在を見抜いていた稀有な能力の持ち主だった。


 考え抜いた末、ジーンはある結論に至った。

 このクナーアンを守る為には、新しい二神を生まれさせるべきだと。

 そしてジーンはクナーアンの天災を二神の責任だと叫び、新しい神を求めるようと、あらゆる場で民衆に訴えたのだが、民衆はイールとアスタロトへの冒涜だと詰り、その怒りはジーンを破滅に導いた。

 彼は民衆の手によって、無残に撃殺されたのだ。


 ジーンの死は遠く離れて暮らすエイダにも知ることになった。

 気の荒い民衆はジーンの家族を探し、害を負わせるかもしれない。エイダは友人たちの助言で身を隠すことになった。

そして、エイダは俺を連れて祖父の元へ戻ろうと決心した。


 山暮らしが嫌で飛び出した母だった。すでに母親は死んでおり、父親のユングは決して母と俺を快くは迎えてくれなかった。

 母は俺達親子を置いてくれるように何度も頭を下げ、やっと住むことを許されたのだ。


 祖父は山の番人だった。木こりや猟師で日々の生活を営んでいた。

 辺鄙な山の暮らしは確かに不便だったが、未知に溢れた森の生活を俺は楽しんだ。

 山は冬には人気はないが、夏が来ると町の者たちが狩りを楽しむために山へ登ってくるのだった。

 母は彼らを手料理でもてなし、生活費を得ることを考えた。祖父に頼んで自宅の脇に小さな山小屋を建て、山に来るの客を泊まらせた。

 この山小屋は祖父が思うよりもずっと繁盛し、母は自慢の腕を揮った。

 父が死んだ後、悲嘆にくれていた母もやっと生き甲斐を見つけたようだった。

 母は二週間に一度、村へ買い出しの為に山を下りる。

 普段俺とはめったに話さない祖父は、ふたりきりになると俺を山に連れ、山に関する様々な事を教えてくれる。

 木や植物の種類や鳥や動物の名前。何が危険で大丈夫なのか。移ろう季節の美しさなど…


 或る日、地盤の悪い崖で足が滑り落ちかけた俺を助ける為に、祖父は身を挺して俺の身体を掴み引き上げようとした。だが足場が悪く、ふたりとも崖の下へ真っ逆さまに落ちかけたんだ。

 俺は魔力を使って、ふたりの身体を浮き上がらせ、危険を凌いだ。

 当然祖父は俺の魔力に驚いた。俺は「もう二度と使わないから、お母さんには絶対に言わないで」と、泣いて頼んだ。

祖父は笑って言った。

「俺を助けてくれたおまえに礼を言うことはあっても、文句は言えまい。凄いもんだなあ、レイ。その力、大事な人を守る為に神さまから与えられたものだと思っていいんじゃないか?」

「ホント?…気持ち悪くない?」

「ああ、凄い孫を持って、嬉しいさ。…ま、この事はエイダには黙っておこう。あれは母親に似て口五月蠅いからな」

 そう言って笑ってくれた祖父が、俺は大好きだった。


 冬は厳しく、夏は寝る間もない程に忙しい。裕福とは程遠い生活だったが、母の明るさと優しさ、祖父の頼りになる背中に守られた俺は幸福だった。

 だが幸せは長くは続かなかった。


 八歳になったばかりの夏の終わり。

 その夜は泊り客もおらず、母は俺が眠りにつくまで添い寝をしながら、クナーアンに語られるイールとアスタロトの物語を話してくれた。

 千年の長い時を生きるイールとアスタロトの二神には、数え切れない伝説が語り継がれ、子供の誰もがその物語を輝ける英雄譚として胸躍らせて聞き入るのだ。

 癒しと智慧の神であるイールは物静かな佇まいから主に女の子に人気があったが、男の子のヒーローはいつだって何をしでかすか見当もつかないアスタロトに惹きつけられ、その冒険物語に心奪われるのだ。


「さあ、今夜はここで終わりよ、レイ」

「え~、もうちょっと…アスタロトさまが海龍に食べられちゃってそれから先が知りたいのに~」

「じゃあ、明日もいい子にしていたら、続きを話してあげるわ」

「ずるいなあ~」

「ふふ…良い子ね、レイ。大好きよ。おやすみなさい」

「おやすみ、お母さん」

 母は俺の額におやすみのキスをして、階下へ降りて行った。

 それが母の笑顔を見た最後だった。


 その夜…母も祖父もまだ起きていたのだろう。

 突然の母の叫び声に驚いて飛び起きた俺は、異様な感覚がまとわりつくのを感じた。

起き上がり階段を降りようとした時、祖父の怒鳴り声が聞こえ、聞いたことのない男と争う声がした。

 俺は恐々と階段を降りた。

 そして目の前に映し出されたのは、信じられない凄惨な光景だった。

 知らない男たちに羽交い絞めにされた母と、それを止めようと必死に抵抗する祖父に振り下ろされる斧。祖父の呻き声と倒れ行く無残な姿。母の悲鳴。そして、倒れた祖父を一瞥もせずに母に襲い掛かる三人の男たち。

 そいつらは凶暴な山賊だった。


 母の服は破られ、そいつらは泣き叫ぶ母を凌辱した。

 俺は階段を降りるとそいつらに向かって叫んだ。

「母さんから離れろっ!さもないと…」

 そいつらは俺を振り返り、嗤った。

「さもないと?どうするんだ、小僧」

「おまえらを…殺す」

「ほほう、どうやってだ?まさか素手で立ち向かうつもりじゃないんだろうなあ。まあ、そこで母親が手籠めになってるのを見てるといい。それが済んだら遊んでやるよ。手ごたえのあるガキなら仲間にしてやってもいいぜ」


 俺は倒れた祖父に近づいた。祖父はすでに息絶えていた。

 俺は床に捨てられた血塗れになった斧の柄をゆっくりと掴んだ。

 その時、母が俺の名を呼んだ。

「駄目よ!レイ!駄目っ!」

 俺は母を見つめた。男たちに犯されながらも母は俺に人殺しをさせたくないと願っているのだ。

 母の言葉の意味は理解できたが、俺はそれに応える気は毛頭なかった。

 

 手に持った斧を母の身体に覆いかぶさった男の背中目がけて思い切り放った。鈍い音をさせ斧は男の背に突き刺さる。

 間髪おかずに壁際に並べられた祖父の手入れが行き届いた斧を魔力を使い、残りの男たちの頭と胸に突き刺した。

 山賊どもは呻きながら倒れ、そして時待たずに死んでいった。

 人を殺した罪の意識は全くといい程無かった。

 だが祖父の無残な死に様と辱めを受けた母の姿に気が動転した俺は、血塗れの部屋に呆然と立ち尽くしていた。


 気がつくと、母の姿は見えなくなっていた。

「…母さん…。お母さんっ!」

 俺は叫びながら外に飛び出した。

 暗闇の森に向かって母の名を呼んだ。

 その時、暗がりから母の声が聞こえたんだ。


「もう、なにもかも終わりなのだもの。ジーン、あなたの言うとおりなのね…。レイ、ごめんなさい。そんな魔の力を持ったあなたを産んだ私が…。…さようなら…」

 暗闇に母の白い身体がゆっくりと倒れていく。

 母は喉元をナイフで切り裂き、自殺したのだった。

 


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