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20

挿絵(By みてみん)


20、


「あ、あの…」

 セシルはアーシュの被り物に慄きながらも、精一杯に謝罪の姿勢を示そうとしていた。

「あ?ああ、そうか、セシルもこれ被りたいんだな。じゃあ、遠慮せず被りたまえよ」

「え?…」

 アーシュは派手な羽の飾りを頭から外し、有無も言わさずセシルの頭に被せた。

「うんうん、髪も切って一段と男前になったセシルに良く似合うぜ。見てみろよ」


 アーシュに誘導されたセシルは、壁際の等身大の鏡に映った自分を見て、目をぱちくりとさせている。

「どうだ?違う自分になった気になるだろう。この羽根飾りは勇者の印でもあるんだぜ」

「…なんだか…強い自分になれそうな気がします…。学長…アーシュ、今まで本当に僕を支えて下さって…ありがとうございます」

「お礼を言われるもんでもないさ。一時的だとは言えセシルの記憶を隠したのは俺だ。君が成長していつか記憶を取り戻した時、動揺することはわかっていた。それに打ち勝ってここに戻ってくれたセシルを歓迎するよ。おかえり、セシル」

「…でも、僕は…僕の父は…」

「知っている。以前ハールートにキスした時、俺はあの男の過去をスキャンしたからね。でも奴は自分に子供がいるとは知らない」

「え?」

「まあ、話は長くなるから、二人ともソファに座ってくれよ。ホットココアでも入れよう」

 俺達はアーシュの勧めに従った。

 勿論、俺も羽根飾りを頭に付けて鏡の前で自分の姿を眺めてみた。成程、確かになんだか別な自分になれる気がして、とても新鮮だった。


「どうだ?満足したか?」

 アーシュは鏡に映る羽飾りを被った俺を見て、勝ち誇った笑みを返す。少しムカつくけど、ホントの事だから反論しない。

「あ、そうだ!山野神也はちゃんと戻ってきた?」

 羽根飾りをアーシュに返しながら、すっかり忘れていたことを問うた。

「その事だが…昨日、ひと騒ぎがあったんだ」

「え?」

「神也の奴、汽車の中で寝過ごしたらしく、目覚めた時は全く知らない場所に降り立って、帰る汽車賃も無くてねえ…。電話代を借りて学園へ連絡したらしくって。で、慌てたスバルが彼を迎えに行ったんだが…それっきり連絡もないし、帰っても来ない。あいつらの事だ。これ幸いとばかりに蜜月旅行でもしているんだろう」

「…」

 一寸俺は頭を抱えた。

 でもスバル先生とふたりきりになれて、良かったなあ、神也。

 きっとふたりであのクロワッサンを食べたんだろうなあ。俺達みたいに。


 アーシュの淹れたホットココアは俺とセシルの旅の疲れを十分に癒した。

 テーブルの真向かいに座るアーシュも満足そうに俺達を眺め、そして本題に入るからと、腕を組む。

「さてと…セシルの父親であるハールート・リダ・アズラエルの事だが…彼に関する本は至る所で出版されている。彼を知るには一番手っ取り早い方法なんだが…彼がどういう環境で育ったとか、彼の理想とする社会論、正義の主張やら…まあ、色々と面白おかしく書かれている。だが、どれも奴の本質とは異なる、いわば宣伝本みたいなもんだな。簡単に言えば、貴族社会で生きてきたハールートは常に差別主義に苛まされていて、両親の愛も十分に得られなかった恨みとか僻みとかで歪んじゃった可哀想なお坊ちゃまなんだとよ。で、人々が自由に生きる楽園を思い描くようになった。よく聞く革命家の伝記だが…。セシルの母はハールートの屋敷で働いていたメイドだったが、ハールートにとっては…セシルには耳が痛いだろうけれど…、一時的な火遊びみたいなもんらしく、詳しい記述はない。だが、母親は本気でハールートを愛していたんだろう。身ごもった事を誰にも言わないで、屋敷から離れたんだ。逆算すると、ハールートはまだこの『天の王』学園の高等部の三年だ。一時的だとは言えハールートにとっても、セシルの母親は安らぎだったのかもしれないが、知らないうちに黙って消えてしまったセシルの母親に対し、若かったハールートは傷ついたのかもなあ。十年前に彼の心の内を覗いた時には、母親の情報は見事に何も残ってはいなかったのだからね」

「…じゃあ、お母さんは…父には何も知らせなかったんですね」

「初めから身分違いの恋だと諦めてしまっていたのだろうね」

「でも、僕にはいつだって父の写真を見せて、うれしそうに話してくれてました…」

「誰かを愛するってことは、そういうものかもしれない。愛する父親の血を受け継いだセシルを君のお母さんは、ひとりで大切に育ててきたんだ」

「でも母は…父の所為で…自殺したんです」

「それも愛だよ。あの事件は確かにハールートの過激な残虐性を演出したものだけど、ハールート側にしてみりゃ、抑圧されていたイルト達が解放の狼煙を上げた瞬間だった。あれを観た者の多くは、ハールートを怖れ、同時に崇める者もいたのも確かだ。勿論、俺の方も同様だ。あの時、俺の魔術を観た多くの奴らが俺を『魔王』と呼んだ。…俺とハールート、どちらが正しいか間違っているかなんて、勝手に言わせてやりゃいいんだ。だがセシルの母親は、自分の愛する者が自ら血を求めるのが絶えられなかったんだろう。…当然と言えば当然の混乱さ。…セシルも母親を責めたりしないでくれ。彼女は自分の正義を貫いたんだ」

「はい…わかりました」

 セシルは寂しげに俯き、口唇を噛んだ。俺はセシルの手を取り、大丈夫かと宥めた。セシルは俺に少しだけ微笑みながら頷き返してくれた。


「それから、…セシルの事は、確かに今まではハールートに勘付かれてはいないと思うが、すべてが繋がった今、情報は容易く奴らにも伝わるだろう。そうなればセシル自身が利用されかねない。俺はこの『天の王』学長として、生徒たちを守る義務がある。ハールートにとって俺は天敵みたいなもんになっちまってるし、セシルの身の安全の為に卒業まではこの学園で暮らす事が、学長としての俺の命令だ。わかったかい?」

「…いいんですか?僕の父はアーシュの大切な師を殺した罪人ですよ?」

「そりゃあねえ…、あん時は俺もトゥエの敵を討ちたかったけど…けど、トゥエが言うんだ。この学園で暮らした生徒たちは皆私の『愛し子』だって…。俺はそうは思わないけど、トゥエ・イェタルの遺言なら仕方ないじゃない。だから、俺からはハールートに手を出さないつもりさ」

「…」

「だがセシルにとっては父親だから、ここを卒業した後は、自分の責任で奴に会おうと構わない。まあ、いっぺん会ってみるのも悪くないさ。やっこさん、魔術師ではないが、自尊心が高いのなんのって…おっかねえぜ。ファンレター出してやっても返事は『死ね』とか『消え失せろ』『殺す』とか、呪いの言霊だらけの返事しかよこさねえんだから…」

「ちょ…手紙とか出してんのかよっ!」

「うん、こっちは居所わかってるぜって言う嫌がらせのつもりだったんだが、面白いから続けてるんだ」

「…」

 そりゃ、恨みも募るしかないんじゃないのか?確かに本気でアーシュは魔力を使えば、敵の居場所ぐらいわかるだろうけど…

 俺はハールートとか言う革命家が哀れに思えてならない。


「ハールートはただのイルトでしかないが、彼を取り巻く魔術師は一流だからなあ。面白いだろ?イルトが自由に生きられる世界を作る為に必死になり、世界を変える為に魔力を持ったアルトの力を欲している…この矛盾こそが、ハールート・リダ・アズラエルの歪みでもあるんだ。で、俺はそれを愛おしいと思う。まさに人間の葛藤を世界に知らしめてくれているじゃないか」

「…僕は父の事を全く知りません。好きだとか嫌いだとか…そんな感情も浮かんで来ない位知らなすぎるから…。でも僕は僕の正義を貫きたいから、今の父には賛同できません」

「…いいんじゃねえの。セシルがそう思うんなら。俺は君を洗脳しようだなんて思わないし、自分で決めた道を歩けばいい」

 ふとセシルは顔を上げ、目の前のアーシュを見つめ、そして微笑んだ。


「今の僕には…レイいてくれる…。今はそれが良いんです。それが…一番幸せだと感じるから…」

「そうか…うん、いいね。俺もセシルを祝福するよ」

「ありがとうございます」

「レイ、頑張ったなあ~。おまえの初恋、見事に成就したじゃねえか」

「なんとかね」

「で、セシル。レイとは上手くいったのか?あいつ初めてで下手だったろ?」

「ア、アーシュ!余計な事言うなっ!」

「レイは…とっても素敵でした。僕は幸せ者です」


 セシルは春に咲くカディンヂュラの花のような鮮やかな微笑みを俺とアーシュに返してくれるのだった。



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