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18

挿絵(By みてみん)


18、


「セシルっ!…セシル…死ぬなっ!」

 大声でセシルの名を呼び、横たわる身体を揺さぶった。

見慣れた制服の背に、セシルの長い金髪がキラキラと揺らめいた。俺は華奢なセシルの背中を抱いた。

「セシル…お願いだから…俺を独りにしないでくれ…」

「…レイ…?どうしたの?」

 セシルの背中に寄り掛かるように顔を埋めて泣いていた俺に、セシルは寝ぼけた顔を少しだけ上げ振り向きながら俺を見る。

「……どうって…」

「ちょっと…重いよ、レイ」

「ごめん」

 俺は慌ててセシルの背中から身体をずらした。

 セシルはゆっくりと手足を伸ばし、深呼吸をする。そのあまりののんびりした様子に、こちらも呆気に取られる。

「あんまり天気が良いから、なんだかポカポカして良い気持ちになっちゃって…寝ちゃってた。ゴメン、驚かせた?」

「…」

 神也も天然キャラだが、こいつも相当じゃないのか…?

 でも、良かった。本当に良かった。セシルが無事で…。


「探したんだ。おまえ、急に居なくなるから…」

「自殺でもするんじゃないかって思ったの?」

「……少しだけ…考えた」

「僕ってそんなに弱い男に見えたんだ。ちょっとショックかな~」

「弱いとか…思ってない。ただ…」

「記憶が戻った所為で、思い出したくない過去を思い出して、落ち込んで死んじゃうかもって?」

「…ごめん…でも、心配だったんだ…」

「レイはあの時の僕の姿を知っているから、心配してくれたんだね」

「うん…」

「今までさ、自分の過去の記憶って霧がかかっているみたいではっきりみえなかったんだけどね、でも、なんとなくは気づいてた。レイが僕を恋人にしないのもきっと僕が汚い身体だったからだろう…とかさ」

「そんなこと、一度も思ったことないっ!」

「わかってる。君はそんな男じゃない。でもさ…わかっててもさ、こちらに後ろめたさがあると、そういう理由をつけて、自分を納得させなきゃ…なんで僕じゃ駄目なのか…わからないじゃない」

「…それは…」

 その時セシルの腹の虫がグーと鳴った。二人は顔を合わせ、学園に居た頃と同じ顔で笑った。

「昨日は教会にお世話になったんだけど、朝の奉仕を済ませて、すぐにここに来て、お母さんに色んな話をしてて…何も食べてなかったんだ」

 セシルは墓に向って膝を立てて座り直し、母親の魂に祈りを捧げた。俺もセシルに習って、セシルが見つかった事を感謝した。


「美味いパンがあるんだ。神也がおまえに食べさせろって持たされた」

「…山野くんが?」

「うん。実は…」

 俺は神也と来た成り行きとウルトの町中の変化をできるだけ詳しく話した。今のセシルならすべてを話しても大丈夫だろうと思ったからだ。


「そうだったの。…ごめんね、心配かけさせてしまって…。うん、ホント、このクロワッサン美味しい!」

「だろ?焼きたてはもっと美味かったんだけどね」

「充分だよ。それにこの桃のジュースも美味しいね」

「ここに来る途中で農家の方に教会の道のりを聞いてね。それで貰ったんだ。聞けばこの辺りは桃の産地だそうだね」

「そうなんだ。春になると桃の花がこの島中に咲き乱れる。それが散っていく様は今でもはっきり記憶に残っているんだ。お母さんと手を繋いで歩いた並木道やらね…」

「レイ…」

「僕は幸せだったんだ。母が死ぬまでは。だから…嫌な思い出も沢山あるけれど、過去の記憶を思い出して良かったと思うんだ」

「うん」

 セシルの言葉に嘘はなく、その表情も学園で別れた時よりも随分と明るかった。


 パンとジュースを食した後、ふたりは岬の先に並んで座り、遠い海に繋がる大河の流れを見つめた。


「…あの時、レイとギルと三人で山野くんの話を聞いていた時…なぜだかそれまではっきり思い出せなかった自分の過去のすべてがだんだんと見えてきたんだ。…あの夜あの町で…君と学長が僕を助けてくれた時のすべてを…。あんな惨めな姿を君に見られていたなんて…僕は恥ずかしさのあまり、あの場から消えてしまいたかったよ。君に投げかけた酷い言葉さえ、僕は一寸も悪びれなあった。…あの晩は眠れなかったんだ。後悔と怒りでね。…身体を売って生きていた僕なんかを助けて、そして惨めな記憶を忘れてしまった僕を、きっと君たちは心のどこかで憐れみながら、嗤っていたんだろう。なんであのままほっといてくれなかったんだろう。憐みなんかまっぴらだ…って。許せなくて…レイと顔を合わせるのも嫌で、学校を休んだんだ」

「セシル、俺は…」

「わかっているよ。僕を魔窟から救ってくれた君と学長…アーシュに感謝こそすれ、怒るなんてお門違いだし、冷静になって考えたら、僕は幸運だったんだ。でも、まだレイの前に立つ勇気はなかった。今まで通り親友でいようなんて…どのツラ下げてさあ…」

「ゴメン、セシル。おまえをそんな気持ちにさせたりしたくなかったから…今まで秘密にしていた。でもいつかは…いつかおまえの記憶が戻った時、セシルの傍に俺は居たいって…ずっと願っていた。俺はおまえをずっと守るってあの夜、自分に誓ったんだ」

「…レイの気持ちは嬉しいよ。でもね、レイに頼ってばかりじゃ嫌なんだ」

「セシル」

「僕はひとりで生きていける強さを持ちたい。自分の過去に向かい合いたいって…。それでお母さんと暮らしていた頃の事を思い出して…その場所へ行ってみようと思った。学園の図書館で色々と調べていくうちに、母の自殺の原因が…なんとなくだけど…わかる気がして。…それもはっきりさせたくて、旅に出る事にしたんだ。少し時間がかかったけれど、僕の父親のこともわかったよ…」

「父親?セシルのお父さんが?今、生きているのか?」

「多分ね…。多分、彼の居場所は…学長の方が詳しいだろう」

「学長…アーシュが?なんで?」

「…僕の父親は…ハールート・リダ・アズラエルと言う革命主義者だよ」

「ハールー…ト」


 自らをイルトの聖職者と名乗るハールート・リダ・アズラエルは、世に知られた革命家だ。そして、誰もが畏れる魔王アスタロト・レヴィ・クレメントを、心から憎悪する者だと自ら公言しているのも彼だ。

 だが、俺は彼の事を良く知らなかった。彼の名前を世界に広めたと言われる「聖光革命」の時には、俺はこのアースではなく、クナーアンで生きていた。

 

「確か彼は聖光革命でアーシュと戦ったんだよね」

「うん…。僕は八歳だったから…覚えてないけれど…あの船での事件…前の学長が処刑されたって…それがテレビやラジオで流れて…。母はその映像を観たんだ。それに衝撃を受けて…殺人者をずっと愛していた事を悔やんだんだ…」

「まさか…」

「母は自殺する前に、この教会の神父充てに手紙を出していたんだ。自分が死んだ後、僕の事を頼んだり、…僕が大人になるまで父親の正体を秘密にして欲しいって…。結局その手紙は僕がこの島を出てから届いたんだって…。残念だけど、父がハールート・リダ・アズラエルって事は間違いがない」

「…」

 俺は自分とセシルの境遇がこんなに似通っていることに驚いた。

「俺も…同じだよ、セシル」

「え?」

「俺の父親は…変わり者の伝道師で…民衆に異端者と言われて処刑されたんだ…」

「…」

「俺はね、このアースの星ではない、遠い…異次元のクナーアンって星で生まれ育ったんだよ…」

「…」

 言葉もなく驚いているセシルに、俺はすべてを話した。

 俺とアーシュはクナーアンから来た異星人で、アーシュはクナーアンの神さま。そして俺は出来そこないの魔法使いだってことを…。

 父や母や祖父の事。母が自殺した理由。死のうと思った俺を助けてくれたアーシュとイールさまの事…


「…不思議だね…。なんだか御伽話を聞いているようだよ。でも…確かに学長は人間離れをしているし…レイも他のアルトとは全然違うオーラをしているものね…。言われてみれば納得するかも…。それにサマシティは次元の狭間を行き交う場所とも語り継がれているから、この星以外の別な星への航法もあってもおかしくないよね」

「…ごめん、今まで黙っていて…」

「僕だって…気づかずにレイを傷つけることもあっただろうに…ゴメンね」

「…天の王に来る時にイールさまにね、学園を卒業したらクナーアンの星に戻るって約束したんだ。だから、俺は誰かを本気で愛したりしないって…自分に言い聞かせてきた。…ずっとセシルが好きだったけれど、いつか来る別れを思うと、言いだせなかった。親友でいる方が楽だと思っていたよ。…おまえがギルバートと付き合うことになった時も…随分落ち込んだよ。セシルに気づかれない様に必死だったけど…。でも俺と恋人になるよりもマシだと思うようにしたんだ」

「…ギルは恋人じゃない。そういう風にしてくれって、僕が頼んだんだ。…レイに嫉妬させたかったから…」

「うん、ギルもそう言ってたよ。…俺もおまえも随分と捻くれてるよな」

「…怖がりなんだ。嫌われたらって思うと、身体が竦んじゃう」

「俺もだ」

 顔を見合わせて、ふたり一緒に微笑んだ。

 太陽は西に傾き始め、金色のセシルの髪を少しずつ赤く染めはじめた。


「レイ、君の髪、とても美しい銀色の輝いているよ」

「そう?…別に魔法は使ってないけど」

「じゃあ、どうしてだろうね。瞳の色もきれいな黄金色だよ」

「きっと…セシルに高揚しているからかもね」

「え?」

「セシルが欲しいって…俺だけのものにしたいって。そういう魔法があるのなら…」

「それはきっと…恋の魔法って言う奴だよ、レイ」

「ホントに?」

「うん。間違いなく僕は今、君のその魔法にかかっているのだから…」

「キスしてもいい?君が欲しいってキス…」

「うん、僕もレイが欲しいな…」


 先の事なんて、なにもわからなかった。

 就中セシルの父親の事とか、俺が下すべき未来の事とか、これからの不安は満載だ。

 それでも今は幸せだと感じた。

 セシルの口唇は柔らかくて中はあったかいし、バターと桃の香りに溢れ、極上の味だったし、少しだけ口唇を離して互いに囁く「好きだよ」の言葉は、実に心地良かった。

 何よりも…俺のセシルは、クナーアンの神殿に飾られたイールさまの肖像画のひとつに似て、とても美しかったんだ。

 それを言うと「君はコンプレックスの塊だね」と、セシルは軽やかに笑うのだった。

 




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