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店内に入ってすぐ左側に、受付のカウンターがあった。その先は暗くて様子はうかがえない。奥への入り口の両開きのドアの横には用心棒だろうか、ライフル銃を抱えた強面の男がぞんざいに足を組み椅子に座っていた。
アーシュはそいつに一瞥もせず、窓口の中年の男に「こんばんは~」と、にこやかな挨拶をする。
受付の男は座ったままアーシュの顔を下から覗きこむ。
アーシュは紺のキャスケット帽をかぶり黒縁眼鏡でいつもの高慢なオーラを隠していた。けれど男はアーシュをひとめ見て怪訝そうな顔をした。
「ここは子供の来るところじゃねえぞ」
「おいら、ちょうとばかり若く見えるけど子供じゃねえのよ。これでも二十七。マジだぜ。証明書見せようか?」
「…」
「なあ、ここには良い子が居るって噂を聞いたんだけど…。若くて可愛い男の子がいいんだ。連れと3Pでめちゃくちゃ楽しみたいのさ。わかるだろ?昨夜、この港に外国船で着いたばかりなんで色々と溜まってんのさ。こいつをそこで拾って、で、もう一人は慣れた子とさ…ねえ、そういう子、居るんだろ?」
アーシュは窓口に小さく畳んだお札を差し出し、受付の男に黙ってそれを握らせる。
椅子に座る用心棒の男は俺とアーシュを見てせせら笑う。
「どういう子がいいんだい?」と、受付の男がアーシュを見てニタニタと笑う。
「そうだな…」と、アーシュは言いながら、俺の手をしっかりと握った。
その途端、俺の身体中の血液が逆流するみたいにざわめく。思わず「うっ…」と、声が漏れた。
アーシュは魔力で俺の頭をスキャンして、あの子の情報を得ているのだ。
「…そうそう、綺麗な金髪で、目は濃いグリーン。…こいつと同じ年頃で、名前はセシルって奴がいい」
アーシュの言葉に驚いた。確かにあの子の声は俺の耳にも残っているけれど、姿形、それに名前なんて…知るわけもない。
…あの子の名前は本当に「セシル」って言うのだろうか。と、言うより、アーシュの言う事が真実なら、アーシュって…マジすげえ…。
「ア…シュ…」
恐々と見上げる俺に、アーシュは「心配するな」とでもいう様な穏やかな笑みを返した。
「はあ?」
受付の男はアーシュをまじまじと見つめた。
「居るだろ?セシルって言うかわいい子」
「おめえ誰だ?ここに着いたばかりの奴が、なんで売り子の名前を知ってるんだ?」
「…いいからさあ、セシルはどこに居るんだ?早く言えよ」
「…」
アーシュの暗示はすでに男にかけられてた。
受付の男は瞬きを何度もしながら、手元の書類を調べ始めている。
「セシルは…ただ今、客を取っておりますので…」
「で、何号室?」
「え~と、八号室…です」
「じゃあ、マスターキー、貸してくれる?」
「…はい」
アーシュは男からマスターキーを受け取ると、俺に渡した。
「先に行ってろ。部屋は地下室にある。レイ、おまえがあの子を見つけるんだ」
「うん」
「一応公安に連絡しとくか。取締り強化月間に協力してやろうじゃねえか、なあ」
なんで俺に向かって、ピースサインで可愛くウインクするんだよ。二十七のおっさんが。それより…
「公安?」
ほうら…座っていた用心棒が早速立ち上がり、銃を構えて俺とアーシュを睨んだ。
「レイ、こちらは俺に任せて、さっさと行きな」
「う、うん」
「おい、ガキ、ちょっと待てっ!」
男の手を掻い潜って俺は、店の中に飛び込み、右手の階段を走って降りた。
ばかデカい用心棒をアーシュがどう叩きのめすのかを見たかったけれど、今はセシルを探すことが先決だ。
「待て、クソガキッ!止まらんと撃つぞっ!」と、後ろから男の叫ぶ声が聞こえたけれど、俺は足を止めなかったし、それっきり男の声も銃を発砲する音も聞こえてこなかった。
きっとアーシュがやっつけてくれたんだ。
階段を降りた地下の廊下は狭く、片側の壁にはそれぞれの部屋の扉が並んでいる。その奥から、まだ年若いすすり泣く声や喘ぎ声が漏れ聞こえていた。
品の無い天井の赤いランプが俺の影を赤黒く照らす。
八号室の部屋の前に立った。
ここにあの子が居る。俺に助けを求めたセシルと言う少年が居る。
俺はドアを開けるのが怖かった。この部屋の中であの子がどんな姿をしているのか、俺にだって想像できる話だ。
だけどあの子をこのままほっておけるわけがない。
マスターキーを使って、俺は部屋の鍵を開け、ドアを開いた。
狭い部屋にきつめのムスクとアルコールの匂いが立ち込めていた。
寝台に蹲る金髪の少年は両腕を縛られうつ伏せになっている。その子に馬乗りになった男は、腰を振りながら酒を煽っていた。
「なんだ?おまえ…。店の者じゃねえな…」
「…」
あの子が俺に助けを求めた少年なのか?
あんな惨めな恰好をさせられた子が…
俺はもっと冷静になるべきだった。だけど男とセシルの姿が、山賊らに無残に凌辱された母の姿と重なり、怒りを抑えることができなかった。
「その子から…離れろ。今すぐにだ…」
「はあ?」
「死にたくなかったら、その子からどけって言ってるんだっ!」
俺はその男の身体をベッドから引きずり下ろそうと、そいつの腕を引っ張った。けれど、そいつは俺を片手で床にたたきつけ、どこから出したのか短銃を取り出し、俺に向かって銃口を突きつけた。
「おい、ガキ。金を払って気持ちよく遊んでいる所に、勝手に入り込んで何言ってやがる。死にてえのか?…もしかして、こいつの知り合いか?一緒に楽しみたいのか?」
「早く…その子から離れろ…。じゃないと…俺はおまえを殺す…」
「なにとち狂ってるんだ?」
「どちみちすぐに公安が来る。おまえなんか公安に掴まっちまえ!」
「公安ねえ…。おまえ馬鹿か、公安が取り締まれるわけねえ。ここは街公認の売春宿だ」
「五月蠅いっ!今すぐその子からどけって!」
ベッドに倒れたままのセシルに近づこうとした俺の耳に引鉄の音が鳴り響き、俺の足元の床に銃痕と煙が舞う。
「勝手に動くな、ガキ。俺はガキでも躊躇なく殺す。一歩でも動いたら撃つ。そこでこいつで遊んでいるのを見てろよ。こいつはこの店で一番高い、とっておきの男娼だからな…なあ、セシル」
いやらしい男の顔がセシルの顔に近づく。いやだ…我慢ならない。
「やめろっ!セシルに触るなっ!」
撃たれてもいい。そのまま死んでも構わない。
俺はセシルに走り寄った。
ズギャンと鈍い音と「ギャッ」と、男の短い声がした。
目の前でセシルに跨った男の身体がスローモーションのように寝台から転げ落ちていく…
男はこめかみから血を流して、死んでいた。手に持った短銃の銃口からは、硝煙が流れている。
自分で自分を撃った…のか?
「間に合って良かったな」
後ろからアーシュの声が聞こえた。
「…」
「俺はおまえにセシルを助けろとは言ったが、命を捨てろとは言ってない」
「…」
「あの男の銃口はおまえの眉間を狙っていた。わかってるな。俺の魔法でも時間は戻せねえぜ」
「…ご…めんなさい」
アーシュは俺の横を抜け、裸のままベッドに横たわるセシルを抱き起こした。
「…意識が朦朧としている。薬を飲まされたな。このままホテルに連れて行くしかなさそうだ。公安が来てからじゃ、説明やらなんやらでうるせーからな。行くぞ、レイ」
「う…ん」
俺は床に転がった男を振り返り、そして毛布にくるんだセシルを抱えて部屋を出ていくアーシュの後を追った。