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13、


 俺がセシルと出会ったのは、十二の頃だ。

 クナーアンからこのアースに移り住んで四年が過ぎていた。

 「天の王」学園での生活にも、魔力の扱いにも少しずつ慣れてはいたけれど、心の内を曝け出せるような友人にはまだ出会わないままだった。

 原因は俺の性格だと判っている。他者よりも優れた魔術師だと自惚れた上目線の俺に、真の友情を捧げる者は居ない。

 俺は自ら孤独な為政者を気取っていただけなんだ。本当は俺だって、気の置けない親友が欲しかった。


 休暇になれば、ほとんどの生徒たちが帰省し、学園には僅かな先生と施設育ちの孤児しか残らない。俺にとっては何よりも滅入る原因のひとつだった。

 だって俺には帰る家も家族も無い。

 誰も居ない食堂で食べる飯ほど不味い物はない。居る時はくだらないことで騒いでいるあいつらをとことん馬鹿にしているのにさ…本当に馬鹿なのは俺の方なんだ。

 だから一人になって初めて、惨めな自分に泣けてしまうんだ。

 そんな俺にアーシュは大いに呆れ、そして少々の同情をくれた。

 彼は気が向くと出張先の仕事場へと、俺を誘ってくれた。

「レイ、暇なら一緒にくるか?」

 俺は少しだけ面倒臭そうに、でも大きく頷いて子犬のように走ってアーシュの後に付いていくのだった。


 建前は「天の王」の学長であるアーシュの裏の仕事は、世界各地で起こる暴動やテロや犯罪事件の制圧だった。治安を守るのは「公安警察」の仕事だが、犯罪に力を持った「魔術師」が絡むことになると、偉大な「魔王」であるアーシュの魔力ちからに頼るざるないらしい。

 アーシュは世界中の「公安」からのリクエストを、好みで選ぶ権利を固持している。

「俺が関われば、大抵の事件は惨事になるからね。まあ、やるからは徹底的に根絶やしてやりてえだろ?」と、悪党の顔で笑う。

 実際、公にはなっていないけれど、様々な惨劇をアーシュは悉く片づけている。

「血は見ない方がいいに決まっているさ。話が通じる相手は未来が見えるもんだからね。だが頭がイカレた奴らは自ら死神を呼ぶんだ。俺は迷わぬ様に奴らの道案内をしてるだけさ」

 アーシュはそういう現場を俺には見せない。

「人の生き死に関わる者は、冷酷な覚悟が必要だし、おまえのような子供にはまだ必要は薄いのさ」と、俺に言う。だけどいつか俺が大人になったらその覚悟は必要なの?と、問うと、アーシュは「レイがクナーアンで生きるのなら必要はないだろうがね」と、ニヤリと笑うんだ。

 そのニヤリがどんな意味なのか、あの頃は判らなかったけれど、今は少しだけわかりかけている。

 きっとアーシュは、どんな場所でも、生きていく意義を見つければ、そこが自分の居場所だと、教えていたのではないだろうか…。


 アーシュの仕事の現場にはアーシュだけじゃなく、多くの仲間が居た。

 プロの魔術師や、カリスマ性を持つイルト達だったけれど、彼らはアーシュを信頼し、そしてなによりもアーシュの良き友人達だった。

 俺はアーシュが心から信頼し合う仲間に囲まれている姿を見るのが好きだったし、何より誰からも頼られているアーシュが誇らしくて堪らなかった。


 俺もいつかアーシュのように、誰からも信頼され、そして信頼を寄せる仲間と共に生きてみたい。


 アーシュは時々俺に仕事をくれた。

 目くらましとか、仲間との連絡のテレパシーとか簡単な魔法を使っただけのものだったけれど、少しでも彼らの役に立つようにと、懸命に使命を果たすことを覚えた。

 大人に囲まれてはいたけれど、孤独よりも人の温もりの大切さを学んだ。

 どんな微力な魔力でも人を助ける事はできるし、魔法の有る無しには関係なく、魅力ある人間は大切な隣人となれるものだと理解できた。


 そして、俺はかけがえのない大切な人に出会えたんだ。


 セシルと出会った街は、北海の古びた港町ルオトだった。

 数十年前までは賑わいのある港湾都市だったと聞く。

 だが疲弊しきった薄汚い街並からは、かつての繁栄は見る影もなかった。

 勤労への活気も充実した人々の姿も無く、住民たちは褪せた日々の生活を仕方なく受け入れている様だった。だが、夜になると沖合の水上に浮かぶ船の派手なイルミネーションが、どこからともなく集まった退廃に慣れた人々を惹き寄せるのだった。

 アーシュたちの仕事は、武器や麻薬の密輸貿易に関わるもので、その主犯の潜伏先を見つけ、捕獲することだった。比較的簡単な仕事をアーシュが請け負ったのは、不思議だったけれど、アーシュは「気が向いたからさ」と、答えた。

 アーシュは嘘つきだから、本当の意味はきっと他にあるに違いない。


 アーシュの活躍で珍しく秘密裡に密輸組織の首領も荷物も拘束し、街での大方の仕事は無事片付いた夜、休もうとベッドに潜り込んだ俺の頭に微かな声が、突然響いた。

「誰か…助けて…」と、弱々しい子供の声が何度も聞こえてくる。

 俺は起き上がって、隣りのベッドで休もうとしているアーシュに声を掛けた。

「アーシュ、子供の声が聞こえるんだ。助けてって…」

 アーシュは俺の言葉を受け、目を閉じて耳を澄ませた。勿論、魔力を使ってテレパシーを試みているのだ。

「いや、俺には聞こえないが…」

「本当だよ。…今は止んだけど、助けてって…悲鳴みたいな声だった…」

「そうか…。じゃあ、おまえがその子を助けてやらなきゃな」

「え?」

「さっさと着替えて靴を履けよ。おまえが道案内しなきゃ、俺にはわからねえんだからな」

「うん!」

 アーシュの言う通りに急いで服を着替え、靴を履き、俺は部屋を出た。

 通りに飛び出し、声のした方角を指差す。するとアーシュは俺の身体を抱えて、安ホテルの屋上へ軽々と飛翔した。

「道を走るより、屋根伝いに飛んだ方が早いだろ?さあ、行こうぜ。俺はレイの後を付いていくよ」

「うん。…こっちだ!」

 アーシュの言葉に勇気をもらい、俺は月明かりに淡く光る屋根の峰を軽々と飛んでいく。

 あのかよわい声の主を救いたい。

 俺にも誰かを救える力があることを証明したいんだ。



 波止場に並ぶ倉庫群の横を走る貨車の線路を飛び跳ねながら伝って走ると、街外れの飲み屋街に出た。

 俺は立ち止まって耳を澄ませた。まだ微かに残るあの子の声を頼りに、その場所を探り当てる。

 曲がりくねった細い石畳の一番奥の、暗いイミテーションを掲げた酒場の前で俺は足を止めた。

 扉の上に飾られた彫金のガーゴイルが俺を睨んでいる。


「あの子の声、ここから聞こえてきた気がするんだけど…」

「へえ~。レイ、ここがどんなとこかわかるか?」

アーシュは意味深な笑みを俺に投げかけた。

「大人が愉快にお酒を飲むところだろ」

「表向きはね。ここは娼館だぜ。それも相当怪しい…」

「…」

「おまえ、娼館って何するとこか知ってる?」

「…知ってる」

「子供はまだまだ出入り禁止だね」

「十二歳は子供じゃないし」

「おまえは子供だろ?セックスしたことねえじゃん」

「うるせえよ。絶対にあの子はここに居るんだから、俺は入る」

「わかってる。もし子供相手の娼館ならば公安の管轄だ。ほっておくわけにもいくまい」

「…」

 俺はあの声の子供が、こんなところで商売をやっているとは思いたくなかった。けれど、段々と嫌な予感が込み上げてきて…


「俺の傍から離れるなよ」

「うん…」

 アーシュは店の扉を開け、足を踏み入れた。

 俺はアーシュのコートの裾を握りしめ、その影に隠れながら、あの声の主の姿を必死で探した。




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