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12

挿絵(By みてみん)


12、


 セシルの一週間の外出届は学生係が正式に受け取ったものだった。

 他の生徒たちは休日になれば、自分の家へ帰省するのが当然だが、俺達のような孤児は帰る家がない。だから、せっかくの長期休暇でも学園内で過ごすことが多い。

 セシルは日頃から真面目で問題のない生徒で、休日さえも外出することがほとんど無かったからだろうか、修学中のこの時期のセシルの一週間の欠席は、生徒の親、親類の祝い事か葬儀と同等の異例の許可だった。


 俺はセシルをこのままほおってはおけなかった。

 セシルがどこへ行ったのを知りたくて、学生係の先生に問いただした。

 セシルは今まで居所が判らなかった遠縁の叔父の行方がわかったから、どうしても会いに行きたいと、外出の理由を述べたらしい。

 セシルに遠縁の叔父が居たことも疑問だが、それを鵜呑みにしてしまうこの学園の緩さにも呆れてしまう。

 本当は相談したくはなかったけれど(また甘ったれだと言われるに決まっているから)アーシュを尋ねた。


 面会の許可を取り、学長室を尋ねてみるとアーシュは学園一立派なデスクに積み重ねられた書類を前にして、真面目そうに目を通していた。

 必要のない伊達眼鏡もストライプのシャツに青磁色のネクタイも、紺のベストも普通の大人を演じるには良く似合っている。

 だが、この人の存在感、とりわけ醸し出す金色の輝くオーラ、そして尊大な態度は、大方の人間は近づき難いものであろう。

 勿論アーシュはこの地上では自分を「魔王」と自己紹介しているぐらいだから、他者がどう思おうと構わないんだろうけれど、俺はアーシュ程には強くない。

 好きな相手にどう思われているかとか、嫌いになって欲しくないとか、どうすれば心を掴めるんだろうとか…

そうなんだ。

 俺は初めてセシルにこんな想いを抱いていることを知ったんだ。

 これは恋なんだろうか?


「は?セシルに恋をしてるかって?…おまえねえ、自分の気持ちもよくわからないのか?」

「だって…俺はいつかクナーアンに戻るつもりだったし、この天の王で誰かを好きになっても不毛なだけな気がしていたから…」

「だから自分に魔法をかけていたわけか…」

「え?」

「魔術師が自分の術で罠に嵌るなんて二流もいいとこだが…まあ、レイはまだ子供だから仕方ないね」

「…」

 ぐうの音もでねえ…確かに俺は自分の気持ちに気づかない様に、自分に暗示をかけていたのかもしれない。

 でも何故今になってそれが解けたんだろう…。


「神也の存在が、おまえの魔術のベールを剥した…と、言えるかもしれない。神也は特別な魔力は持たないけれど、人の心をあからさまにすると言うか…。誰もあの子の前では嘘はつけないんだ。だから俗な人間はあの子を怖がる。見たくない自分の醜さを目の前に差し出されるからね」

「神也の力だったのか…」

「神也も己の力には気づいていないだろうね。はっきりと見える魔力でもないし、もっともそれぞれの心の問題だとも言えるだろうしね。アルトを惹きつけるイルトのカリスマ性と似ている特質なのだよ。だけどさあ…」

アーシュは少しだけ頭を捻り、眼鏡越しに俺を睨んだ。

「おまえ、ホントにセシルに恋してるの?セックスとかしたいとか思っちゃってるわけ?」

「…そりゃ…。セシルに会ってみなきゃ欲情するかどうかわかんねえけどさ…。セシルが何かを悩んでいるのなら力になりたいって…。それはセシルを愛していることにならないのかな…」

「同情ならセシルは喜ばない」

「そうじゃないと…思う。でも同情が混ざっているからって、真の愛情を否定できるわけじゃないだろう?」

「勿論だよ、レイ!それがわかっているのなら行って来いよ。セシルがどこに行ったのか、おまえにはわかっているのだろう?」

「…俺達が初めて会った街…だと思う」

 アーシュは伊達眼鏡を外し、机に置いた。そして椅子から立ち上がると、俺の前に立って、俺の両肩を掴んだ。


「俺はあの時セシルを一時的な記憶喪失にさせた。生きる気力を捨てていたセシルに、現実を抱える力は無かったからだ。おまえと同じような立場ではあっても、あの時のセシルには耐えられないと俺は判断した。だが記憶は自分の生きた証でもある。セシルが神也の傍にいたことをきっかけに、思い出したとしても何の不思議もない。それに立ち向かうために旅に出たのなら、セシルの成長を歓迎しよう。だがセシルの過去はセシルのものだ。たったそれだけの事だと他者が思おうとも、セシルがそれを許せないのなら、自分を殺してしまうかもしれない。だからセシルには愛が必要だ。誰かの為に生きようとする慰め、救いがあれば、過去への見方も変わってくるだろう。レイがセシルの『それ』になる覚悟があるなら…俺は喜んで送り出すよ。行って来いよ、レイ」

「…うん、絶対にセシルと一緒にここに帰ってくるよ」

 アーシュは旅費や宿代などのお金を自分の財布から俺に渡した。

 勿論それは無くてはならないありがたいものだ。日頃、余分な金銭を持っていない俺にとって、汽車代すら危うくなる状況なのだから。


 保証人にアーシュの名前を書いた外出届を学生係に出した俺は、一旦部屋に帰って神也に事の次第を話すことにした。

 神也は神妙な顔で俺の話を聞き、「わかった」と頷くと、自分のクロゼットからコートと帽子を取り出し「さあ、行こう」と、俺に言った。

「は?なんで?」

「レイと一緒にセシルを探す旅に出る。私はスバルとよく旅に出るから慣れているのだ。きっとレイの役に立つ」

「いや…あの…有難いけれど、気持ちだけ受け取っておくよ」

「遠慮はいらない。レイは私の初めての親友だ。親友の為に骨を折るのは当然の友情の証だ。さあ、行こうか。今からなら、夕方の寝台列車に間に合うはずだ」

 そう言って俺より意気揚々と部屋を飛び出す神也を止める術もなく、俺も取り敢えずコートを掴むと、慌てて神也の後を追いかけた。


 サマシティのグランドターミナル駅には五面のプラットホームが並んでいる。

 その一番奥のターミナルには線路が無い。

 そこはここからどこか違う次元行きの列車が入り、そして旅立つホームだと言う。もし、それが本当なら、クナーアン行きの列車が欲しいな。それがあれば、いつでも行き来できるのに…と、想像する。

 俺と神也は三番線の北行きの寝台列車を待った。

 二人用のコンパートメントにはベッドも用意され、すぐに休むこともできたけれど、腹が減った俺達は車内販売のベーグルとホットミルクで夕食を取った。

 燻製ハムが挟まれたベーグルに満足した俺に、神也はデザートだと言って、貝の形をしたマドレーヌを差し出した。

「昨日、リリから貰ったものだ。私の好物だからと、学園に来るたびに私に届けてくれるのだ」

「おまえ、愛されてるな」

「私もそう思う。時々彼らの期待に応えることができるのだろうかと、不安に思うこともある。私が山の神だった頃、私はただ狭い祠の中で、村人たちの祈りや苦しみ、悩みを聞くだけの存在だった。誰かの病気を治したり、死んでいく者を助けたり、貧しさや飢えを救う力など私には無かったのだ。だが、誰も私を恨んだり罵ったりはしなかった。彼らは何があっても私に感謝の祈りを捧げてくれたのだ。私が居ても居なくても彼らは祈りを止めなかっただろう。だが私は彼らの祈りを聞くことができた。そして彼らの祈りが叶うように、天に祈った。…私は彼らの救いに、少しはなったのだろうと信じている」

「うん」

「だから、私はレイの傍にいる。力はなくても、レイの言葉を聞くことはできる」

「…神也」

「人の心とは、話すことで少しずつ明快になっていくものなのだ」


 俺は神也から貰ったマドレーヌを口にした。

 舌の上で溶けるバターと甘い香りが、俺の心を優しくしていった。

 魔力なんかでは生まれない本当の人の優しさなのだと、俺は頭を垂れたのだ。




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