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挿絵(By みてみん)


10、


「あのさ、山野」

「なに?」

 夜、いつものようにスバル先生への手紙を書くために机に向かう山野神也の背中に、俺は問いただした。

「おまえからもらったこのペンダントってさ…どんな力があるのか知ってる?」

「…」

 山野は黙って俺の方へ身体を向け、そして頭を捻った。

「あのペンダントに魔力があるのか?スバルからは何も聞いてはいないが…」

「…」

 スバル先生が知らないはずはない。だとしたら…

「このペンダントの種…つまりマナの実って強力な催淫剤だそうだ。アーシュが教えてくれた。マナの実を食べるとすげえセックスしたくなるそうだ。だからその種にもその魔力が残っているわけだ」

「そうなのか…。スバルは時々、私にこの実を舐めてごらんって言ってた」

「な、舐めて…たんだ…」

「そういう晩に限ってスバルも私もなんだか夢中で過激に抱き合っていた…気がする」

「そう…ですか…」

「スバルがそんな風に私を抱きたいと思っていたなんて…。変態じゃないか…。バカスバル!あんな恥ずかしいことをさせる為にこのような魔法の力に頼っていたなんて…。文句を言ってやるっ!」

「え?」

 山野は憤慨した顔で机に向かい、手紙を書き始めたが、ふいにペンを止めて顔を上げた。

「ん?…でも、よく考えたら、めちゃくちゃにしたい程、私はスバルに愛されてるってことだから怒る程でもない。…そう思わないか?レイ」

 こちらに向き直って真面目な顔で俺に同意を求める山野が、えらくかわいい。しかしこの気持ちにやましい気持ちは一切ないと、断言できる。

 俺は山野をかわいいと思うが、それは一生懸命に恋人を想う山野が愛おしく感じるだけで、彼を恋人にしたいとか抱きたいとか思う気持ちには遠いのだ。


「…はいはい、おまえはスバル先生に愛されて幸せですよ。そんで俺は誰も愛してくれないかわいそうな少年ってわけだ」

「それはおまえが本気で人を愛そうとしないからだ」

「…」

 するどい…。こいつそういうセクションには鈍感だと思っていたけど、意外と勘が鋭いのか?

「山野は簡単に言うけれどさ。…もし、もしだよ。愛したくても…好きな奴に、恋人が居たとしたら、本気になるわけにもいくまい?」

「報われなくても、愛し続ける事は悪いとは思わない。勿論、横恋慕はいけない事だが、…人の想いや愛情は季節のように、移り変わるものじゃないのだろうか?」

「それって、山野ももしかしたらスバル先生への恋慕が変わるって意味なのか?」

「今は感じない。だがこの世に永遠という何かがあるのだろうか。すべては時間と共に少しずつでも変わりゆくものなのだ。それは良い悪いではなく、自然の摂理というものだ」

「俺は…いつかクナーアンに戻るつもりなんだ。だから、この地で誰かを本気で愛したりしたら…お互いが悲しい思いをする」

 誰にも話した事のない悩みを、まだ知り合って間もない山野に打ち明けている自分が不思議だった。

「では、レイには心に決めた人がいるのだな」

「…」

 俺は「そんな奴はいない」と笑い飛ばすつもりでいた。だが出来なかった。代わりに歪んだ笑いで山野に答えた。


「もしレイの想いが運命に逆らう覚悟があるのなら、おまえの悩みなど些細なことだ。私も一度は自分の運命を捨てた男だ。そして新たな運命を掴み取った。私だけの想いではなくスバルが私を選んでくれなければ、私には選べない運命だった。レイの想い人がレイを心から欲してくれるなら、運命は開かれる」

「…」

 山野に魔力があるわけでもない。それなのに俺は山野の言葉を信じたくなる。

 なんだか心が軽くなった気がするんだ。

 確かにアーシュが選んだ者は、魔法使いの俺よりもずっと賢く潔い。



 新学期の試験が一通り終わると、寄宿舎の生徒たちもやっと談話室で過ごす余裕が出来る。

 高等科の談話室は中等科と違い、部屋数も多く、ビリヤードやダーツ、チェスなどの娯楽施設も整っている。

 男女は別棟になっているから女生徒は見当たらないが、一年から三年まで上下関係なく懇談や勉強を教えあいながら楽しめるし、恋の出会いも生まれる場だ。


 山野神也がイルミナティバビロンのメンバーだと知ったのは、三年のリーダーのギルバート・クローリーが談話室に居た山野に声を掛けたからだ。

「山野もメンバーだったの?同室なのになんで俺に一言言わないんだよ!」

「何を怒っているのだ。おまえは私にメンバーなのか?と聞かなかっただろう?」

「…」

 確かに聞いちゃいないけど…

 ギルバードは山野が気になるらしく、ゆっくり話をしたいからと別室の小さい談話室に山野を誘っている。

「俺は君みたいなストイックな変わり者に興味があるんだ」と、ギルは目を細めて笑った。

「ストイックって何だ?…」

 山野は手に持った辞書で単語を調べ始めた。

「山野、いちいち調べなくてもいいから」

「禁欲主義…いや、私は禁欲主義ではないぞ。スバルが居る時は一週間に二回以上はセックスをしている。だから禁欲ではないはずだが…。なぜ私を禁欲主義だと思うのだ?」

「…」

「……面白いね、君。気に入ったよ」

 ギルは朗らかに笑い飛ばして、山野の頭を撫でた。

 その後ろでセシルは不機嫌に口唇を尖らしている。

 俺は慌ててセシルの耳元に近づいた。

「セシル、山野の事は気にするなよ。あいつはスバルしか愛してないって…俺に宣言したんだから…な!」

「別に…気にしてないよ。僕だってギルを信用してるもん」

「そうか…それなら良かった」


 そうしている内にギルバートは山野を小さな丸テーブルのある個室に案内し、用意した紅茶とクッキーを薦めていた。

 俺とセシルもあわてて同じテーブルに座った。

 ギルの旺盛な好奇心は知っているけれど、恋人のセシルの気持ちも汲んで欲しいものだ。

 ギルは山野に過分の興味を抱いたらしく、「山の神」の話を聞かせてくれないか、と、頼んでいた。

「神也は『山の神』と言う役目をしていたそうだが、具体的にどんな生活をしていたの?」

「役目というか、私は物心ついた時から山の神だったのだ。親の顔も知らなければ、どういうえにしで山の神にさせられたのかもわからない。外の世界がいかなるものか全く知らずに、小さいやしろの中だけで過ごしていたのだ…」

 俺は山野の隣に座り、セシルはギルバートの隣に座った。

 山野の話を聞き始めて間も無く、俺は自然と山野の話に感応していた。

「山の神」として過ごしてきた山野の日々のヴィジョンが、目の前のテーブルにホログラフのように映し出さるのだ。

 これは山野の記憶がとても鮮明であり、一切の嘘がない証拠だ。


 まだヨチヨチ歩きの山野は白と紫の着物を着せられ、傅く大人たちに促されて狭くて暗い祠へ入っていく。少し大きくなった山野の姿は少女にしかみえない。腰まで届く黒髪に雅やかな衣装を着け、儀式か何かだろうか、高い段に座らされている。そして山野の生活のほとんどが、ただ一日じっと暗い祠の中に座って、格子から見える僅かな外の様子を眺めているだけなのだ。山野には話をする相手も同じ年頃の友人も居ず、毎日ひとりぼっちで「山の神」として勤めるしかなかった。読み書きも誰一人教えない。素朴な疑問も質問も答えを知る事も出来ず、我儘さえ言う相手も居ず、ただ傅かれて生きてきたのだ。

 俺の知っている神さまは、アーシュやイールさまのような偉大な力をもった万能者であり、人々を畏怖させつつも祝福を与え、誰もが崇める存在だ。だが「山の神」は、なにひとつ自由にできない囚われの神子でしかない。


「スバルと出会わなかったら、私は十二歳で死んでいたのだ」

「え?…どういうこと?」

「『山の神』の役目は無垢な子供でしか許されない。性別がはっきりと表に出始める第二次性徴の兆しが表れる前に『山の神』は次の幼子に引き継がれ、役目の終わった『山の神』は人柱として死ななければならないのだ。だが私はそんなことに全く気がつかずに十二歳になれば、社を出て自由に外で暮らすことができると思っていた。…事前にそれを知っていたスバルが私を助けてくれなければ、私は土に埋められたまま死んでいただろう…」

「…」

 十二歳の山野が白木の棺桶に寝かされ、そして土深く埋められる様子が、俺の目にははっきりと映った。そして暗闇の棺桶の中で目覚めた山野の恐怖に戦く心。死を覚悟し一度は絶望しながらも、必死でスバル先生の名を叫び、そしてやっと救われた山野の泣きじゃくる声が、俺の胸に突き刺さる。

 

「レイ、大丈夫か?」

 山野の手がテーブルに置いた俺の腕を掴んだ。

「…」

 大丈夫かなんて…こっちが聞きたいくらいだ。あんな非道な目に合って、おまえの心はどうしてこんなに清浄なんだ。どうして何ひとつ傷ついていないんだよ。


「…レイ、私なら大丈夫だ。今はもう怖くない。私はもう『山の神』ではなく、山野神也というひとりの人間なのだ。だからおまえが哀しむことはない。だが、私の為に泣いてくれるレイの思いが嬉しい。…ありがとう」

「…」

 山野に言われて初めて気がついた。

 俺は無意識のままに泣いていた。

 涙の意味を一言では言葉に表せないけれど、山野の生きてきた過去に比べて(比べるものじゃないことはわかっている)自分はなんて恵まれていたのだろうと思わずにはいられなかった。確かに母と祖父の死は悲しみと憎悪に満ちたものだ。だが、それはそれまで俺が家族に愛された故の想いがあるからだ。

 山野にはスバル先生に出会うまで家族も友人も誰一人として、彼を愛しむものは居なかったのだ。

 

「山野は強いんだな」

 俺は涙を拭き、出来るだけ明るく山野に言った。

「私が特別ではない。ただ私は運が良かったのだ。私以前に『山の神』だった者たちの無念を思うと…私も心が痛む。だから彼らの分も強く生きなければと、心に誓うのだ」

「…」

 

 アーシュは山野神也のすべてを知って自分の後継者に据えようと決めたのだろうか。それとも彼の魂のパワーを信じたのだろうか。


「ゴメン。僕ちょっと…、先に…失礼するよ」

 俺の隣に座るセシルがいきなり席を立ち、慌てた様子で部屋を出ていった。

 俺は急いでセシルの後を追いかけた。

 セシルはもう談話室を出て、廊下まで走り去っていた。

「待ってくれ!セシルっ!」

 俺の声にセシルは立ち止まった。

「…なんでもない。ちょっと気分が悪くなっただけだよ」

「もしかしたらセシルも山野の過去に感応したのか?」

「…違う…」

 近寄ろうとする俺に、セシルは一定の距離を取っていた。俺はその意味をすぐに理解した。

「セシルに触れても絶対におまえの頭の中を覗いたりしないから。気分が悪いのなら、助けてやりたいだけなんだ。俺達親友だろ?」

「レイ、ゴメン。悪いけど…少しひとりになりたいんだ。もう部屋に帰って寝るから……気にしないでくれ」

 セシルは一度も俺の顔を見る事もなく、急いで階段を駆け上がって行った。



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