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紅女傑伝  作者: nagi
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 「愈の兄さん方、この趙風、不肖ながら加勢させていただく!」


 はっ、と掛け声一閃、愈兄弟の背を守るため飛び出した趙風は剛の突きを正面から渾論へ突き出す。「撃手」の連撃をものともしない力強い拳の強襲に手を止め、ひらりと躱した渾論は直様、右足で蹴り上げる。先程から散々蹴りの威力を見ていた趙風は、まともに受けても愈三紋の二の舞だと知っている。趙風は剣先を逸らす要領で、蹴り上げてくる力に逆らわず、撫でるように左拳を蹴りの側面に滑らせグッと一息、趙風の顔すぐ横を豪風と成った爪先が通り過ぎた。空を切った渾論が態勢を立て直すより早く趙風の右の拳が突っ込む。しかし渾論も流石なもので崩れた姿勢のまま重心を逸らし滑るように身を拳から外す。渾論が躱したとおもいきや、ふいに趙風の右拳が、パっと開いて渾論の腕を捉え、思い切り引き倒した。たたらを踏んだ渾論の後頭部に、趙風は手刀を振り下ろす。抜群の軽身功けいしんこうの使い手である渾論はその身の軽さを発揮し、トンと一踏み、身を捩じるように回転させ、手刀を避けようとするが間に合わず、とうとう右肩に一打受ける。思わず鈍い痛みに口元が引き攣ったが布で隠している為、趙風には悟られない。

 一連の手合いで相手が若くとも手練れだと認めた渾論は追撃の拳を放ってくる趙風から、ふわりと2尺半あまり飛び退き卓に着地したかと思うと、次の瞬間には卓を蹴って飛び出しながらの横蹴りである。進退巧みな動きに趙風は驚嘆しながらも冷静に力を逸らし、間一髪の距離で蹴りを避けて見せる。

しかしバンッという音がすると逸らした蹴りが返ってくるではないか。音は近くの卓が壊れたもので、逸らされた蹴りで近くの卓を蹴りつけた渾論は巧みに力を制御し、卓を壊した勢いで予想外の蹴りを返してきたのだ。

 これは受けるしかないと趙風は咄嗟に両腕で左半身を守ったがその勢い凄まじい蹴りに卓や椅子を蹴散らしながら壁際まで吹き飛ばされた。

 しかし渾論の蹴りは地に足の着いた蹴りでもなく、返す力にその威力の半分程は殺されたものであったためか衝撃のわりに、威力はそれ程でもなかった。

 趙風は直様立ち上がって愈兄弟の背を守りにかかる。だが趙風は内心冷や汗が止まらない。


 (あの態勢からの蹴りであの威力だぞ……両腕で受けたから良かったものの、まともに食らったとら思うと流石に震えるな……)


 跳ねるように復帰した趙風を警戒して、またも軽功を使い飛び退いた渾論も今回はすぐに技を繰り出さない。


 (周四師弟とたいして歳も変わらないだろうに……油断できない相手だ)


 数手の内に相手の強さを読み取った渾論だが、まだ趙風の流派までは見えてこない。趙風が何者であるかが気になった。

 趙風と渾論が牽制と警戒を持って静かな読み合いをしているのに対し周贋泰、緑碌と愈兄弟は未だに激しい打ち合いをしている。


 「恐れ入った! 架泉派と武派どちらが優れているか一概には言えまいが、少なくとも愈の兄さん方も架泉派の皆様方も英雄好漢には違いない!」


 叫んだのは趙風である。両方を褒め称える言葉ではあるが、その話ようからして趙風も官であり武派なのだろうと尹広波達は直に理解した。また英雄好漢と言われてはもはや尹広波が助太刀して4人で攻めるなどできようはずもない。趙風の言葉は暗に尹広波に対して釘を刺していた。

 元から多勢で攻めるに内心よく思ってなかった尹広波は、当然だと思い、一切手出ししないことを内心誓った。


 (趙殿も武派だったか……周4師弟に負けず劣らずの負けん気と見える。此方が優勢確かな時をみて引き分けに持ち込むしか、丸く収まる方法がないのは変わりはしないが、果たして受け入れてくれるか)


 しかし目下の問題はその確かな優勢まで、勝負を制すことが出きるかどうかだ。尹広波が見るに愈兄弟と周贋泰、緑碌では愈兄弟が勝つだろう。趙風と渾論では渾論が一枚上手だ。では予想が確かとして愈兄弟と渾論が拳を合わせればどちらが勝つか。


 (消耗激しい愈兄弟に渾二師弟が負けることはないだろ。そこで止めればいい)


 そこまで予測を立てた尹広波であったがそれが間違いであると次の瞬間には思い知る。


 「うおぉおお!!」


 雄叫びを上げて周贋泰が愈兄弟相手に一度は破られた『飛瀑明脚』を打ち出したのだ。一番消耗激しいはずの周贋泰だが蹴りに乗せる気合と内力の程は目を見張るものがあり、一度目と同じく受けようとした愈兄弟の方は消耗も相まって直撃を受けないまでも両腕を弾き飛ばされ大きく隙ができてしまった。その隙を見逃さず空かさず緑碌が愈兄弟へと接近し、腰、脇の各所を点穴し身動きを封じる。

 愈兄弟が負けたと知って趙風は大いに焦った。勝負は決着が付くまで分からないというが、周贋泰の気合には驚かされたというものだ。こうなってしまっては趙風に勝ち目はない。

 

 (悔しいが負けを認めるしかないか……)


 と思った矢先に周贋泰が趙風へと襲い掛かってきた。それに続いて緑碌も襲い掛かる。調子を合わせて渾論も飛び掛かってきた。

 瞬時に三方から襲われた趙風はふと戦場を思い出し、命の危機を感じる。架泉派の三人はあくまで勝負に勝とうとしているのであって、命はとりに来ていない。それでも趙風には敵に囲まれるという状況が命の危機を感じさせるのだ。


 そう思うと体は勝手に動くもので、丹田に貯められた陰寒の気がうねりを持って継絡けいらくを通り掌へと突き進む。

 体の中を蛇が這っていく様なその感覚に、ジワリと汗をかくも、趙風の掌打はしっかりと周贋泰を捉えていた。この『蛇功』は亡き父から授かった魔教の秘儀である。毒を持った内力は相手を蝕み、熟練の猛者であろうと死に至る。江湖で使うには外道の技であるが、戦場ならば自らを守る柱となる技なのだ。

 咄嗟に『蛇功』を繰り出した趙風だが一瞬の間に、はたと気づく。


 (まずい! このままでは周贋泰を殺してしまうぞ!)


 しかしここで無理に掌打を戻せば内力が逆流して趙風自身が毒を受けてしまう。


 その時、尹広波の声が部屋中に響いた。


 「そこまで!」


 ガッと尹広波に腕を掴まれた趙風は助かったと思いながらも即座に真気を巡らせ蛇功を霧散させた。途端に冷や汗が全身をじっとりと濡らし先程の行動を後悔する。

 もう少しのところで趙風は周贋泰を殺すところであったのだ。周贋泰は気性のほどは少々荒いがその武芸は素晴らしく、特に愈兄弟を倒した時などは感嘆に値するものだった。それを不注意で殺してしまったとあっては重大な罪となるところだったのだ。

 しかしそんな趙風の心内など誰も知りはしない、まさか先程の趙風の一撃が、江湖でかつて恐れられた魔教の技だとは誰が思うものか。


 「我々も感情的に成り過ぎました。ここは引き分けということでどうかな?」


 尹広波が趙風、渾論によって点穴を解かれた愈兄弟を見回して言った。

 決着は趙風の『蛇功』を除けば客観的にどう見ても架泉派の勝利であり、尹広波はあえてここは引き分けにしてくれるというのだ。いつもの趙風であれば、そのような情けは受けないと突っぱねるところだが、今は周贋泰を殺しかけた負い目がある為、しぶしぶながらも頷く。愈兄弟に関しては流石に世渡りに関しては趙風の何枚も上手である。尹広波の穏便にことを収めようとする意図に理解を示し、むしろ友好的に引き分けとした。

 

 「師兄! しかし勝ったのは!」

 「私の言うことが間違っているというのか周四師弟!」

 「とんでもないです!」


 一番に反発した周贋泰は師兄の一喝に、身を震わせて押し黙った。これにはその場の誰もが苦笑いであった。純粋に師父の悪口を言われて怒っていたのはまさに周贋泰一人であり、師兄達にしても趙風にしても成り行きで戦った感が大きかったため、周贋泰がここで反発する様にはみな密かに心打たれたのだ。

 愈兄弟もとうに周贋泰に対しての見方を改めている。


 「周殿。貴殿の武芸に我ら兄弟大いに驚かされた。このような良き弟子を育てるとは老正狭殿は噂に違わぬお人とお見受けした。弟子でこれ程なのだから師父殿の腕は我らでは想像もつかない域でしょう。先刻は架泉派の皆様にも老正教殿にも失礼なことを言ってしまい大変申し訳なかった。どうか許してくだされ」


 愈三紋がそう言って頭を下げると、周贋泰はばつが悪そうな顔になって恭しく頭を下げた。


 「いえ、私の方こそ御先輩方に失礼をしてしまいまして申し訳ない……です」


 うむ、と尹広波は小僧を呼びつける。


 「ではここは愈三紋殿。愈連叙殿、趙風殿も交えて飲もうではないか! いざこざを忘れて、友となるのもまた江湖の醍醐味! 」


 小僧に酒と料理を頼む尹広波は皆に笑いかける。

 趙風、愈兄弟もこの尹広波の豪快さには爽快感が胸を抜け、笑みを浮かべた。


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