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紅女傑伝  作者: nagi
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 「貴様ら! さっきから聞いていれば師父のことを弱いだの、才がないだの! 初めのうちはまだ良かったものの他の名が上がるにつれて……なんという言い草だ! 許さんぞ!」


 少し離れた卓で席を取っていた四人組、その中で一番若い男が声を上げて立ち上がった。年の頃は趙風と同じくらいであるが幼さの抜け切れない風であり、負けん気の強さが態度や表情から滲み出ていた。


 「おい、周四師弟よしておけ」

   

  後ろの男が諌めるように周四師弟と呼ばれた男の肩に手置く。


   「今のお言葉からして老正狭殿、架泉派かせんは門弟の方とお見受けいたしますがいかに?」


  近衛兵の二人が席を立ち包拳の礼をとる。急に佇まいを直した二人の姿は威風堂々という様であり。先程までの頼りなさが嘘のようである。ただの不良官軍と思っていたところで、この変わりように虚を突かれた四人組はつい言われるままに自己紹介をしてしまう。


 「いかにも、架泉派、周雁泰しゅうがんたいと申します」


 先程声を荒げた青年である。怒りの程はまだ消えていないようだが、今すぐ飛び掛かってくるほどのものではない。


 「同じく架泉派、緑碌りょくりょくです」


 先程周雁泰を諌めた男である。20代前半の精悍な男前で、体付きでいうのならこの場の男たちの中で一番大きく圧倒感がある。しかし柔和な目や表情からどことなく争いごとに向かない印象を受け、それ故にか気苦労が口元から漏れ出ている。どこの村にも一人はいる気の良い力持ちといった雰囲気に、近衛兵2人も遠く離れた田舎を思い出し少し懐かしい気分にさせられた。


 「渾諭こんろん


 その無愛想な態度に近衛兵2人は眉を寄せる。が、そこで気づく。この男、そこにいるのを知ってはいたが声を発して初めて意識の内側へと入ってきたのだ。不思議な男だ。歳のころは30近いと見えるが、緑碌とは違い美丈夫であることが一目で分かるうえに、口元を布で隠しているため実際のところの年齢は分かりづらい。口元を隠しては怪しいことこの上ないのだが、どこかそれを許さない幻想的なものをもっている。


 「渾三師弟は寡黙な男故許していただきたい。それがし尹広波いんこうはと申します」


 最後、30を過ぎた年頃の男である。陰日向のない者であることが一目で分かる人物で、師弟たちに比べてこれといった特徴はないものの武術の腕は1人だけ飛び抜けているだろうことが、近衛兵2人、様子見をする趙風共に、ある程度武術の心得が有るために余計に理解してしまう。その武人を絵に描いたような質実剛健な様に向き合えば大抵の男が気後れしてしまうことだろう。


 男達のことなど気にも留めないといった体で酒を飲んでいる趙風は思う。


 (実際手合せしないと分からないが、少なくとも上2人は俺より格段に腕が立つぞ。しかし尹広波はさすが老正狭の弟子といったところだが渾諭はいけ好かない男だな。)


 そこで近衛兵2人の変わり様につい名を名乗ってしまった周雁泰が気を取り直して2人に聞き返す。


 「して、貴様らも名を名乗らんか!」


 (はっ! 気の荒い奴だ)


  趙風は心の内で周雁泰を罵る。


 名を聞き返された近衛兵2人は趙風と同じように思い、怪訝な表情になる。確かに老正狭を弱いだなんだの言ってしまったことに非はあるだろうが。まさかその弟子が聞いているとは思ってもみなかったのだ。このくらいの批評は酒を飲んでの会話としてはどこでも聞かれるもので、一々腹を立てていては国中の飲み屋で憤慨することになるだろう。むしろ名が出るということはそれだけ老正狭の名が知れ渡っているということである。決して悪名で名が通っているわけでもないのだから誇りに思っていればいいではないか。

 そう思ってはいたが名を返さなければ礼に反する。


 「愈三紋ゆさんもんと申します」

 「弟の愈連叙ゆれんじょと申します」


 (兄弟だったのか!)


 この場にいる者全員が内心驚いた。

 兄の方は背が高く弟の方は背が低い。身長の差もあれど顔つきも似ているところはなく年齢も30頃と大して変りないところを見ると、血はつながっていないのだろうかと思われた。


 「似てない兄弟だな! しかしそれよりもまずは師父を罵ったことをこの場で叩頭して謝罪してもらおうか!」


 またも血気盛んな若者、周雁泰である。

 愈兄弟の話は老正狭を多少悪く言ってしまったかもしれないが、決して罵ったと言われるような程ではない。愈兄弟に非はあろうが周雁泰の言いようはあまりにもである。しかも今度は緑碌を始め誰も止めようとしない。これには礼をもって謝罪しようと当初思っていた愈兄弟もさすがに腹を立てた。


 「罵ったとは酷い言いようですな。しかも叩頭を強要するとは……老正狭殿の弟子であらせられるからどれ程のお人達かと思いましたが、その様子では武術は習っても世の中の心構えまでは教えてもらえなかったと見えますな」

 「たしかに、飲み屋で喧嘩を吹っ掛けるのは、やくざ者の十八番だが、やくざ者に武術が出来ないと決まっているわけでもない」


 老正狭の弟子である4人はこの嫌味に雰囲気を変える。周雁泰の顔など怒りで真っ赤である。

本来は師匠の教えを守り義侠に生きる好漢である4人だが、昨今の国の情勢に憤りを感じ、そんな中で尊敬する師父が王宮へ出頭し自分たちが付いていくこともできない。今の武林主だった流派は国府とは対立しているので、我らが師父も敵と思われ殺されてしまうのではないかという、苛立ちと不安を抱えていたところで官軍と思しき2人組が師父を愚弄するではないか。元から官軍に良い印象を持っていなかった上に今の心情では腹立たしさも数倍である。血気盛んな周雁泰が一人我慢出来ず声を荒げるを緑碌が止めるも、気持ちは皆同じだったのだ。その為2度目は緑力も止めはしなかった。だがそれでもこれで愈兄弟が謝ればそれでよしと、老正狭の弟子たちの心はまとまっていたのだ。そこでこの嫌味である。もはや穏便には済ませられない。

 しかし愈兄弟からしてみれば周雁泰らの心情など知るはずもなし、この礼を反する行動に怒りを覚えないわけがない。素直に謝るなどもってのほかだ。

 様子見をしている趙風にとっても架泉派の主張には怒りを覚えた。


 (なんだこいつらは! 愈兄弟の嫌味ももっともだ。尹広波までも止めようとしないとは……)


 質実剛健の尹広波ではあるが師父のこととなれば気が揺らぐ、一番弟子でこれなのだから他の師弟は言うまでもない。


 「やくざ者だと! ならば天下の官軍様に一手ご教授願おうか」

 

 周雁泰が前にでる。

 ここで騒ぎを聞きつけた番頭が裏から出てきたが、喧嘩しているのが官軍と知ってすごすごと裏へともどる。去り際に趙風へと早くこの場を去った方がいいぞ、というような目配せをしてきたが、趙風はそれには応えない。


 「二人同時に掛かってこい!」


 周雁泰はそう言うが真に受けることもない。


 「では天下の架泉派の技。ご指導願おうか!」


 兄、愈三紋はそう言うと同時にはっと気合一閃、両手で「槍撃手」を繰り出し、周雁泰の「気海穴」と「閑元穴」を同時に狙う。初手から必殺の一撃である。この二つの点穴を突かれては内力が暴走し重傷は免れない。幸い命があったとしても武術家としての生命は絶たれるだろう。この非情な一撃に周りの者は息を飲んだ。しかし相手する周雁泰は冷静に捌き「槍撃手」を左右に逸らす。そこですかさず空いた腹へと拳を叩き込もうとするも、愈三紋は間一髪のところで後ろに飛び退きそれを躱す。

が、そこで躊躇する周雁泰ではない。

 先程初手で急所を狙われたことも怒りに乗せての猛攻である。架泉派の「撃手」だ。右の拳が迫ってきたと思ったら次の瞬間には左の拳が襲ってくるそれは単純な連撃ではあるがそれ故に圧倒感があり、機先を制したと思われた愈三紋も防御に回らざるおえない。隙を見て反撃するも周雁泰は「撃手」の勢いを殺さず巧みに避けてみせる。一手の速度は愈三紋に軍配が上がるが何分手数が違いすぎる為、みるみる内に愈三紋は劣勢となっていく。


 (愈三紋の兄さんも軍派を使うようだが、近衛兵でも軍派なのか? 細かいことは分からんが、軍派を使って負けてくれるなよ。しかし腕前は周雁泰が上、20手もしないうちに防戦一方じゃあ勝敗は見えたも同然)


 趙風は気が気ではない。ここで愈三紋が負けると軍派は架泉派に負けたことになるのだ。趙風にはそれが許せないし、言いたい放題の周雁泰に勝たれるのはもっと許せない。

そう思う間にも愈三紋は壁にまで追い詰められ逃げ場をなくす。

 だがそのまま終わる愈三紋ではない。

 身を撓らせ素早く屈むと上手へ救い上げるように右手で一撃、下段へも左の拳で払うように責め立てる。鋭いその反撃に急に目標をなくした周雁泰は焦らずに数歩下がってやり過ごす。その機を見逃さず愈三紋は低い姿勢のままに壁を蹴り、自身を矢のように押し出し周雁泰へと迫る。

 この突撃には然しもの周雁泰も驚き身を捻り躱す。


 「お見事!」


 声をあげた愈三紋は「槍撃手短槍型」で責め立てる。先程までの周雁泰程ではないが素早い連撃である。

 この時点で愈三紋と周雁泰の位置は入れ替わっており逃げ場をなくしたのは周雁泰となった。しかしやはり周雁泰の方が一枚上手だ。的確に愈三紋の「槍撃手」を弾いたかと思うと次の瞬間には愈三紋の顎元に爪先が迫っていた。これは避けきれないと見た愈三紋は両の掌でそれを受ける。しかし受けて気づく。


 (なんという内力だ!)


 今までの拳と違い、蹴りに込められた内力は比ではない。架泉派の武芸は連撃の拳と必殺の蹴りにあるのだ。受けたからといって受けきれるものではない。勢いのまま愈三紋は飛び退こうとするも内力によって吸い寄せられるようで身動きが取れない。

 これは危ないと見た弟の愈連叙がたまらずに飛び出した。


 「では同時に相手していただこうか!」


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