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紅女傑伝  作者: nagi
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 趙風ちょうふうは飲み屋で1人、安酒を不味そうに口へと運ぶ。見た目は小奇麗な青年だ。一般的な町人の服装をしてはいるが、使い古された物を何度も縫い直して着ている他の男共と違い、解れ一つない趙風の姿は商屋の一人息子といったとこだろう。顔立ちも十分に二枚目と言えるもので、趙風を見た番頭などは趙風の容姿ならば嫁には困らんだろうが、ただ昼間から酒を飲んでいるようでは嫁さんは苦労するだろうなと心の内で評価し、自分の仕事を忘れた上に面を比べて溜息をつい吐いてしまったくらいだ。

 今年で19に成った趙風も別に昼間から飲み屋に入り浸る趣味を持っているわけではないし、ましてや商屋の一人息子でもない。実のところは都に駐屯する官軍の『戦列歩兵中隊長』であり125名の部下を持つ。同じ年頃の者たちに比べれば随分と出世しているほうだろう。

そんな趙風も今日は暇をもらったので城下町に目的もなく出てきたのだったが、なにぶん周りの目が気になって仕方がなかった。戦続きの毎日で周りの目など今まで気にしなかった趙風も都へと所属を移動し、やることと言えば訓練くらいであり、せっかく暇をもらったのだからと町へ出てみたものの、知ってはいたが町民の目が冷たい。服など支給された軍服ぐらいしか持っていない趙風はそのまま町に出てみたが、人々は愛想こそいいものの、嫌われているのは丸分かりであり気分の良いものではなかった。

さて、どうしたものかと思った趙風は即座に仕立て屋で町民の服を買いその場で着替えたのだ。

これで周りの目も気にすることはあるまいと思っていたところで先ほどまでの自分と同じ、軍服でぶらつく二人組を見つけた趙風はふと思った。


 (俺があんな目で見られたのも、普段町で遊んでいる奴らの態度が悪いから余計に悪く見られるに違いない。ここはどうせやることもないし、あの二人を付けて行って悪さをするようであれば懲らしめてやろう)


 半ば本気で半ば面白がって趙風は二人を付けて行った。

その後飲み屋で昼間から酒を飲む二人組から二席ほど離れた席を取って様子を伺っているというわけである。客は趙風と二人組を除いては男四人で何やら話し合っている一組しかいないようだが、客の数が多いのか少ないのか趙風に分からない。


 「しかしだ。俺たちはなんだったんだ……国の為に戦ったのにその国王が俺たちを裏切るのか?」


 官軍の二人組のうち背の低い方がそう話し出した。

 先程まで女がどうだ酒はどうだという趙風には興味のない話ばかりしていたので聞き流していたのだが、国や戦いと聞けば官軍に属する趙風はつい耳を傾けてしまう。


 「なにだからこそだろうよ。ここ数十年ほどは戦いっぱなしだ。武国も疲弊しきってんのさ。そんなところで同盟国が攻めてきやがったんだ」

 「ならばこそ最後の一人になるまで戦うべきだろうよ。裏切ったのは賽国の馬鹿野郎だ。有徳はこちらにある。負ける道理はないだろう」


 ここ十年それまで牽制し合っていた周辺国へと強引とも言うべき戦いを武国は行ってきた。その結果領土は多少なりとも広がりはしたが国の疲弊はそれどころではなくなり、都はいいが田舎に行けば飢餓が覆い監査機能も低下し州官の悪政が蔓延るようになっていた。それでも王の勅令のもと戦い続けてきたところで今まで同盟を結んでいた北の大国『賽国』が突然の同盟破棄。武国への進軍。東と南を攻めていた武国は3方からの進撃に抗いようもない。もともと2方向だけでも無理をしていたところに北からの攻撃に恐れをなした王は、即座に再度同盟の旨を賽国に送ったところ、返答は条件付きと言うものである。

 いわくその条件と言うものが武国を実質上の属国とするものであったが王はそれを承知した。

しかし武王赤映姫のもと武力をもって国を築いた国の民である。おおいに反発し各地で義勇軍が立ち上がり武術各流派豪傑達もそれに加わり、内乱の体となった。それを機に今まで攻め込まれていた国々は武国へ侵攻し、広がっていた領土も奪われた。

 武国はその戦力を守りに固め内乱を治めることに今は必至なのだ。

 平和なのは都くらいなものだが、それでも何処に敵が潜んでいるのかは分からないのである。


 「勝てない道理はないか……たしかにな。しかし王は国を既に売ったのだ。反徒の気持ちもわからんでもないさ」

 「おい……」


 背の高い方の言葉に先程までの勢いはどこへやら小さい方は周りを見回す。

 趙風は不味そうに酒を飲んでるだけで二人には興味もない風である。しかし聞き耳はしっかりと立てている。趙風の内力は決して多い方ではないがこの距離ならば小声で話そうがはっきりと聞こえる。


 「なに、城下の者とて皆そう思っている。今更だ」

 「うぅうむ……」

 「武国の者にとって王が誰かが問題じゃない。武王赤映姫様は自らの強さと行動でして国を築いたのだ。王が何をするかが問題なのだ」


 その高い方の言葉に小さい方は畏れを含ませて言う。


 「では誰が王なら良いのだ? 要するに武国を立ち直らせるだけの行動を起こせる者が王になればいいと言っているんだろ? 息子は馬鹿だし上の娘は病弱、下は子供だ、唯一の武赤麗真人ぶせきれいしんじんは聡明な上天下一ではあるが世俗には興味がないお人だぞ?」


 それすなわち今の王家以外の者と言うことになる。不敬にも程があるが今の世の中、王家を本気で敬っている者はいない。それほどまでに国を売ったという事実は武国の民の思想として衝撃的かつ最悪の事態なのだ。


 「うぅうむ……俺には何ともいえんなぁ」


 今度は背の高い方が勢いを落す番だった。


 趙風は彼らの話を聞いて


 (ふんっ! 無能な王家に代わって国を治めるのであれば義父上ちちうえ以外にはおられまい! 俺達の上官じゃあないか、なぜすぐに名を出さない!)


 趙風の義理の父である趙蒼正ちょうそうせいこそ三公の一人、軍部の最高責任者、将軍である。兵法はもとより武術の腕も天下一を争う腕前であるが、特筆すべきはその流派が「軍派」と呼ばれる軍で使われる流派であることだ。「軍派」とは本来兵士は武術よりも馬術や弓術、陣法を訓練するものであるが、武王赤映姫が武術でもって道を示したことにより建国以来軍でも何人かの武術家が先頭に立ち、武術を取り入れた。その後それが戦場で集団戦として機能するように調整され、一流派としてまとまったものが「軍派」である。

 軍派を扱うことがなぜ特筆すべきことか? それはどうあっても軍派とは集団戦の中で生きるものであり、個人の強さとしてみた場合、流派としてどうしても他流派に比べ見劣りしてしまう。しかしそれを磨き上げ至高の武術にまで押し上げたのが将軍趙蒼正であるのだ。

 行き倒れていたところを将軍に拾われた趙風は将軍を義父としたことを誇りに持ち、恩に思ってはいるが我が身に将軍の子という地位は不相応であると強く思っている。その為、趙の姓は名乗っても将軍の子ということは常に隠し、将軍の子という力を借りず今の地位へと登ってきたのだ。これからも義父に報いるために切磋琢磨し義父を支えられるだけの地位に登りつめることこそが趙風の目標の一つである。


 「そう言えば知っているか? 今王宮に老正狭が来ているらしいぞ?」


 小さい方が話題を変える。


 (音に聞こえた老正狭が王宮に? なぜまた? しかしそれよりもこの二人……衛尉の部下だったのか、であれば地位は低い方でも俺と同等か上だぞ。こりゃ懲らしめるなんて出来ないな。あとが面倒だ、それにしては頼りなさげだがな)


 要するに彼らは近衛兵であり。王宮を多少なりとも任されているのだから選ばれた人間ではあるはずなのだ。確かによく見てみれば2人とも体つきはよく鍛えているのが分かる。


 「老正狭といえば義侠のお人じゃあないか、そんな方が王宮ですることなどないだろう?」

 「何いつものだよ。赤華様の我儘だ。趣味で武術をやるような人間に老正狭の技が理解できると思わんがな」

 「しかしどうなんだ? 実際盗賊を倒し村を救ったといった話は聞くが、誰か名のある武術家に勝ったという話は聞かないぞ? その救った話にしても昔話の類だろう?」

 「うん? そう言えばそうだな師兄たちと比べて才はなかったとも聞くし、実際武芸の腕はそれ程でもないのかもしれん」


 2人はそう言って誰が強い、誰が弱いと、武国の男ならだれでも酒の肴にする話題で盛り上がる。 

 

 (はっ! 天下一は武赤儒真人ではあるが、実際の最強など父上がこの世にいない今、義父上以外にいないだろう! 2秒で終わる話題でここまで盛り上がれるとは馬鹿馬鹿しい)


 趙風にとってこの手の話題は答えが決まっていて話の種にすらならないのである。

 もうこの二人に付いていても面白いことはなさそうだなと、当初の目的も忘れ趙風が席を立とうとしたその時である。


 「貴様ら! さっきから聞いていれば師父のことを弱いだの、才がないだの! 初めのうちはまだ良かったものの他の名が上がるにつれて……なんという言い草だ! 許さんぞ!」



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