第七写:蒼雷
模擬戦ルール
25m×25mのエリアで戦う。
勝利条件
戦乙女の盾が破壊されるか、場外に出た場合。
ブソウ学園では、戦闘着と呼ばれる運動ジャージで行う
「紅蓮の焔、我が鎌を喰らい、我が力に宿れ。『喰い破る焔の鎌』。」
タグモの呪文に応え、タグモの鎌の刃が紅蓮の焔に包まれる。俺はまだ抜刀もせず、突っ立っている。
「ッチ………なめやがって。」
タグモの小さな呟きは、俺の耳に届いていた。俺は別になめている訳ではない。ただ集中しているだけだ。
「全てを飲み込む爆炎よ、大地を喰い破る牙と混ざり、全てを無へと回帰させよ。『餓えた大地の焔』!!」
先程どうよう、タグモは地面に鎌を振り下ろす。すると、地面が鋭く隆起し、小さな山を形成する。その隆起が連鎖し、連なる小さな山が俺に襲い掛かる。
「まぁ、直進しか進まない上に遅けりゃ、歩いててもかわせる。」
という訳で、迫り来る山を難なく回避する。しかし問題は次、ミニチュアの山の頭が弾け飛び、中から溶岩が溢れだす。そして、やはり一つになって襲い掛かって来る。
しかし、これは溶岩とミニチュアの山ごと反対側に飛び越えて避ける。着地したところは、前の対戦でユジンが作った氷の波のオブジェクトだ。
「千を貫く力を、万を切り伏せる力を、我が剣に。『雷神の剣』。」
呪文を唱えながら、腰の日本刀を鞘から抜き、魔法名を告げた瞬間、日本刀の潰れた刃に蒼い電気が、バリッと音と共に現れた。
「蒼い稲妻?」
タグモが少々不思議そうに呟く。ある意味当然かもしれない、雷とか電気のイメージは黄色が一般的だからな。しかし、雷を撮影すると、青白いことが多いから、別段蒼い雷も不思議じゃない気がする。しかし、俺が出した電気は、完全な蒼。例えるなら快晴の空の色だ。そして蒼雷の最大の特徴は、
「速さだ。」
「っ!?」
俺の言葉に呟きに反応したタグモが鎌を構え、俺の上段を防ぐ。すると、甲高い音を上げ、鎌の柄が斬れる。
「そして、鋭さ。」
「ぐぅ!?」
振り下ろした刃は、タグモに届くことはなく、眼前で止める。
「……なっ、なめやがってぇ!?」
タグモは、俺のその態度が気に入らなかったのか、刃がついている部分の鎌で斬りかかってくる。しかし、タグモが鎌を振り切った時には、俺は反対側のコーナーにいた。
「……!?」
俺を見失ったタグモは、辺りを見回す。
この蒼雷の特長は、第一に、爆発的な運動能力の増加。おそらく神経の電気信号に干渉し、筋肉に電気ショックを与え、筋力を増加させているのではないだろうか。そのため、蒼雷の後は酷い筋肉痛に襲われてしまう。しかし、この一週間のナナクツさんとの練習のおかげで、筋肉痛は前ほど酷く感じなくなったが。
次に異常な斬れ味。コレは多分斬るというか、電気分解ではないだろうか。鉄すらすんなり斬れるなど、いくらなんでもおかしい。ましてや、少しかじった程度の剣術では鉄なんか斬れる訳がない。ましてや潰れた刃だ、物が斬れるわけがない。となれば、蒼雷による恩恵と考えるのが妥当ではないだろうか?
「でも、瞬間的に物質を電解させるなんて出来るのかなぁ?」
科学に強くない俺は、首を傾げながら呟く。
「そこかぁぁぁ!!」
「っ!?」
俺の呟きが聞こえたのか、タグモは刃がついていない方の柄を投げる。とんでもない縦回転をしながら俺の方に飛んでくるそれは、一瞬俺の視界を塞いだ。蒼雷の補助を受けた筋力で、上空に避けることでその攻撃を避ける。視線をステージの中央に向けが、ソコにタグモはいない。
してやられた。
そう気付いたときには手遅れだった。彼は俺の行動を読んでいたのだろう、空中でタグモを見失ったのは非常に不味い。彼の魔法には遠距離系の攻撃があるのは、対ユジン戦で理解している。対して俺には、悲しいことに遠距離魔法を会得していない。一重に、俺が遠距離魔との相性が悪かったのだ。だから機動力と威力に優れた雷系の強化魔法と、補助魔法しか会得しなかった。つまり、今の俺は良い的状態なわけで。
「業火よ、我が道を邪魔する者を飲み込み、燃やし尽くせ!『喰い荒らす焔』!!」
タグモの絶叫が俺の後ろ下から響く。その声に反応し、日本刀を振るって体制を入れ替える。すると、もう眼前に渦巻く爆炎が迫っていた。
「っち!?」
漫画やアニメのヒーローだったら、ここで剣一振りで焔を斬り裂いたりするんだろうが、これはリアルで、いくら筋力強化がされてもそれは無理だ。まずそれをするには人間を止めねばならん。この筋力強化は『人体が耐えうる強化』であるし、速さも同じで、加速度が凄まじいから相手が一瞬見失うだけだ。慣れてしまえば、追跡なんか余裕だろう。話が脱線してしまった。まぁ要するに、俺は人間であるからこの『喰い荒らす焔』を回避する手段は無いわけだ。故に防御する。
「ユウスケ!?」
幸が血相を変え、俺の名前を呼ぶ。それに俺はグッと親指を立てるサイン、サムズアップを見せる。幸に対しての大丈夫の合図は、気付けばサムズアップになっていた。プラスの意思表示が分かりやすい動作といえば、笑顔とサムズアップが頭に浮かぶが、どうやら、幸の中でもそうであるらしい。
「あつっ!?」
なんて思考を余所に、喰い荒らす焔が俺を襲う。多少は熱いが、耐えられない熱量ではない。防御魔法である戦乙女の盾を発動しているからである。盾の上位互換である戦乙女の盾は、盾が防げない魔法も、ある程度防げるため、こう言った対人戦では重宝する。
「戦乙女の盾が持つか、お前の焔が勝るか……。二つに一つ!」
戦乙女の盾に守られながら、渦巻く爆炎を足場にタグモに向かい駆ける。
何故走れるのか。それは、ナナクツさんとの修行中に教えられた事なのだが。ナナクツさん曰く、魔法で引き起こした現象や、事象は実際のそれとは少し違い、魔力により形成されるため魔力を帯びた状態であれば、ある程度の非現実的な干渉が出来るらしい。
「なっ!?」
タグモの驚愕の声が聞こえた気がしたが、俺の周りをぐるぐる廻る爆炎の、ゴウゴウと燃える音が、そのタグモの声をかき消す。
ピシッ!
不意に、何か亀裂の入ったような音が、俺の頭の中で響く。コレは、俺を薄く包む戦乙女の盾が損傷してきた証だ。
「構うかぁぁ!!」
しかし、気にしない。気にして足を止めれば、戦乙女の盾が破れ、俺が焔に焼かれることになる。それに、
もう出る!!
「っ!?」
眼前に、飛び出んばかりに目を見開いたタグモの顔が現れた。そんなタグモの表情など無視して、蒼雷を纏う日本刀を焔の中から引っ張り出す。すると、喰い荒らす焔の紅蓮の焔も捲き込んでタグモに斬りかかる。言うなれば、擬似的な融合魔法。俺の雷神の剣の蒼雷と、喰い荒らす焔の紅蓮の焔が混ざった斬撃は、凄まじい爆音を上げながら、その刃がタグモに迫る。
「せいやぁぁぁ!!」
「うわぁぁ!?」
刀は確実にタグモに迫る。今からでは、防御魔法の詠唱は無理なハズ。つまり、俺が勝てる。
「『閃光の光輪』」
どこからか、魔法名を言い放つ透き通る静かな声が響くと、俺とタグモの間に光の歯車が現れる。
「なっ!?」
蒼雷と紅蓮の焔を纏う刃を、光の歯車は止める。魔法で構成された物質は、特別な元素結合をしているのか、電解することが出来ない。つまり、蒼雷を纏う空滅丸では斬れない。この事は、この一週間の間の修行で検証済みだ。
「……。」
「ハァ、ハァ、ハァ。」
歯車に止められた空滅丸を下げる。すると、歯車はスウと消え去る。そして、消えた歯車の先には、尻餅をついたタグモが焦点の合わない目で俺を見上げていた。やはりというか、死にかける体験をしていなかったのだと分かった。
「……先生、もう良いでしょう?明らかにタグモ君の敗北です。今の攻撃は、タグモ君の命にも関わりますよ?」
「ん?……あぁ……そうだな。」
観客席の中から、一人の金髪碧眼の少女が立ち上がり、先生に忠告する。しかし、先生は生返事といった調子である。
「……貴方……確か転校生の雄輔 水池ね?」
「……そうだけど?」
「力は加減して使うことね。貴方の力は戦乙女の盾なんて簡単に砕いてしまうわ。人殺しになりたくかなければ、全力は出さないことをお勧めするわ。」
金髪碧眼の少女は、やけに高圧的な物言いをする。面倒ごとが嫌いな俺は、「あぁ……、ご忠告ありがとう、肝に命じておくよ。」と、返した。俺の返しが気に入らなかったのか、少ししかめっ面になった彼女は、「フン。」と鼻で笑い、着席した。なんとまぁベタなお嬢様だよ。
「ユウゥスケェ!!」
刃に纏わせていた蒼雷と焔を、横凪ぎに振るい散らせる。そして日本刀を鞘に納めると、幸が入場口から出てきて、俺の名を呼びながら俺の元へ駆け寄ってきた。
「ユウスケ凄い!強い!」
「応、サンキュー。」
俺に称賛の言葉を送る幸に、笑顔を向けながら答える。
「次、私が頑張る!」
しかし、次の幸の発言は、俺の笑顔を氷付けにさせる程の十二分な威力があった。
その衝撃と言えば、我が耳を疑う程である。何故なら、あの幸が、模擬戦とは言え戦うと言うのだから。確かに、魔法に関して言えば、俺よりも優れている。呪文が、日本語ではない何か変な言語であるが。まぁそれは良いとして、問題は近接戦だ。もとより、武器が鉤爪なんてネタ武器である時点でアウトであるし、本の一ヶ月前まで、ガリガリに痩せていた少女に、戦闘など出来るハズもない。審判役の、あの先生も信頼出来ないし、ココは幸をなだめて辞退させた方が得策では無いだろうか?
「んじゃ次、希望者江夏の相手をしたい奴は来い。それからリョウ!タグモの奴を医務室に連れてけ。」
しかし、ココは妥協ではあるが、親代わり的な立場からするなら、幸が独立しようと頑張っているのを、影ながら応援するのが正解なのか?
「んじゃぁ、江夏 幸対九島=リ=時雨戦、開始!」
「ゲルズ ティール マフティマス『アグライト』!!」
「寒っ!?」
思考の海に没していた俺を突然の冷気が襲う。冷気の元に視線を向けると、両腕に鉤爪を装備した幸が、模擬戦上で右腕を上に掲げていて、その右の鉤爪に黒い冷気を纏わりつかせている幸が居た。
「あっ……し、しまった。」
俺が思考に没頭している間に、幸の模擬戦が開始してしまったようだ。
「ゲルズ ティール マフティマス エリ ルルグ『アグミーティリア』」
幸がワードを唱えると、黒い冷気が集まり、黒い氷塊を作り出す。すると、その氷塊はだんだんと形を変え、巨大な氷の杭になった。そして、幸が静かに魔法名を言い放つ。
「え!?」
対戦相手の少女が、驚愕の声を上げた。その声に反応したように、黒い氷の杭が、だんだんと回転を開始しだした。その回転は、周りを漂う黒い冷気がギュルギュルと巻き込みながら、回転数をドンドン上げていく。
「せぇの!!」
上に掲げていた右腕を、野球のボールを投げるような形で、振るう。その右腕の動きに合うように、黒い氷の杭が、対戦相手の少女に向かい吹っ飛ぶ。
「ふ、風壁よ、我が身を包め!!『風鱗壁』!!」
対戦相手の少女は、早口に唱え、防御魔法の藍色の竜巻を展開する。
その竜巻と、黒い冷気の渦を纏い進む、黒い氷の杭が衝突する。前に進む運動は、前以外からの運動の影響を酷く受けやすい、物理の法則に従い、下から吹き飛ばすされるかと思ったが、回転が加わっている黒い冷気の杭は、竜巻の回転に抗い、空中で止まるが、やがて運動エネルギーを失った黒い氷の杭は、竜巻に巻き込まれ、吹き飛ばされた。
「あぁ!」
自分の杭が、大きく吹き飛ばされたことに驚いた幸は、目を見開き、遥か上空を舞う黒い氷の杭を見つめる。
「この〜!ゲルズ ティール マフティマス エリ ゲ ルルグ『アグミィーティリス』」
悔しかったのか、今度は両手を前方にかがげ、ワードを唱えると、その両手の前に黒い冷気が漂う。そしてワードを言い放った瞬間、その黒い冷気が沢山の黒い氷の杭を産み出す。そして、
「せぇ………の!?」
「藍廻の渦よ、襲い来る邪悪から私を護って!!『藍風鱗』!!」
圧倒的質量の黒い氷の杭が、対戦相手の少女に迫るが、今度は先程の竜巻よりも、広範囲の藍色の竜巻に、大量の黒い氷の杭は巻き上げられる。
「ゲルズ ティール マフティマス ウル リディック『アグウィーリー』!!」
幸は、追撃と言わんばかりに、黒い冷気の奔流を、藍色の竜巻に撃ち放つ。しかし、その奔流でさえも、竜巻に巻き込まれ大きく上空に掬い飛ばされる。
ギャン!
突然、模擬戦場に巨大な黒い氷の杭が突き刺さる。その大きさは、最初に幸が放った黒い氷の杭の約1.5倍である。
「「え?」」
対戦相手の少女と俺は同時に呟くと、上空を見上げる。すると、大量の黒い氷の杭が降って来た。
「なぁっ!?」
俺はその情景に、思わず変な声を上げてしまった。
「面倒!!旋風よ、無数の矢となりて、我が敵を穿ち砕け!!『藍千嵐刃』!!」
対戦相手の少女は、迫り来る無数の杭を、魔法で生み出した無数の風の矢で、撃ち落とす。しかし、吹き飛ばされた杭が落ちてくるだけならまだしも、何故巨大化しているのか。その理由は、存外すぐに分かった。幸が放った氷の杭は、風の魔法で遥か上空に飛ばされた。そして次に幸が放った黒い冷気の奔流。それも上空に巻き上げられ、上空の空気を冷したのであろう。その温度の低下の影響で、落下中であった杭が空気中の水分や、同属性の魔法のマナを吸収して巨大化したのではないだろうか?
と、そんな思案の間に少女が撃ち出した風の矢が、襲いかかる杭を相殺し、黒い氷の粒子を辺りに撒き散らした。その情景は余りにも美しく、感嘆の声が漏れた。
「す、すげぇ。」
俺の声に反応してか、観客席にいた生徒達も口々に、その美しい景色に各々が、称賛を贈る。
「てぇい!!」
しかし、そんな空気をぶち壊す可愛らしい声が響き渡る。見ると、幸があの馬鹿デカイ杭を槍みたいに持って、少女に襲いかかる。鉤爪の意味ねぇ。
「っ!?」
少女は突然の急襲に面食らったのか、防御の詠唱を行えない。
「キャァ!?」
巨大な杭を、左フルスイングで叩き付けられた少女は、戦乙女の盾が視認出来るほどの出力で防御し、戦乙女の盾ごと、模擬戦場の外壁に叩き付けられた。
「うぐっ!?」
叩き付けられ彼女は、軽く呻き声を上げる。
「はい、九島さん場外だから江夏さんの勝利ね。」
そして先生が、また適当に試合終了を告げる。
「ユウスケ!勝った!」
「いや、まぁそうなんだけど………良いのか、アレで?」
「良いと思いますよ。アテテッ…」
誰も答えないだろうと思っていた俺の問いに答る者が居た。驚いて、その声がした方を見ると、さっきまで幸と模擬戦を演じていた茶色い髪を腰まで伸ばし、金と銀のオッドアイで、腰にレイピアを差した少女が、頭をさすりながらこっちに歩いてきた。並んでみて分かるが、この子、本当に小さい。これで中学3年か?と本気で疑ってしまう。たぶん、身長は150cm達していないだろう。
「試合開始の宣言で名前を呼ばれたので、ご存じかとは思いますが、私は九島=リ=時雨です。初めまして、雄輔さん。」
「あぁ、俺は水池 雄輔、初めまして。話を戻すけど、あんな不意打ちみたいな負け方で良いの?」
「構いません。結局私が隙を見せただけですから。」
ニコニコとした顔で、九島が喋る。良い子やぁ、この子めっさ良い子やわぁ。
「せれにしても雄輔さん、蒼の雷属性なんて始めてみましたよ。」
と、九島が真剣な面持ちで、話す。
最初に説明しておくと、属性とは、色と現象の二つを指す。俺が蒼い雷なら、幸は黒い氷。ユジンは白い熱で、タグモは赤い炎。そして彼女は、藍色の風といった具合に、魔法には色のランクと、魔法により発生する現象の二つを統合し、魔法の属性とするのだ。故に、二つ名を持つ者の大半は、魔法の属性に由来する。現魔族の王は『城崩しの黒雷』という二つ名があるが、それが分かりやすい例であろう。
そして、話を戻すが、彼女の言う通り蒼雷を使う人間は余りいない。現存する史実でも二人しか、その属性の魔法を行使していない。だから蒼雷は珍しいと言われたのだろう。
「うん。まぁ珍しい部類だからね。」
「えぇ。まぁ幸さんの黒い氷なんて言うのも初めて見ましたけどね。」
九島の言う通り、黒い氷もなかなか珍しい部類の魔法らしい。
「正直、あんな大きな「はぁい全員注目。そろそろ時間終了だから全員教室に戻って。」……しょうがないですね、じゃぁ幸さん雄輔さん。また後で。」
「応。じゃぁまた。」
「バイバイ。」
九島は、俺と幸に見送られて、反対側の入場口に駆けて行った。その後、九島とユジン、それからあの金髪碧眼の少女と、俺と幸が放課後に大変な目に遭うのだが、それはまた次回。
幸「メリークリスマス!!次回はなんとクリスマス外伝!」
雄輔「とか言ってもななんか後半は伏線だらけ!」